21 / 45
21
しおりを挟むシェフたちは、エドガーがまとめている騎士団の厨房で、じっと監視している老婦人に萎縮しながら料理をしていた。騎士たちも集まると更に酷かった。まだ、一日目なのに朝と昼だけで、シェフたちの精神力は疲弊していた。
マリーヌも、宮廷のキッチンで、こんな思いをしていたのかも知れない。自分たちは、数人でやっているが、彼女は一人でやっていたのだ。それこそ、追い出すように夜中に作業させるまでになったのだが、彼女は不平不満など一言も言わなかったのだ。
それどころか、昼間は宮廷のメイドの失敗をフォローして頑張っていたのだ。それも料理長に聞いて、シェフたちは驚いていた。
あのメイド長が、大層気に入ったほどの娘なのだとか。メイドとしても優秀で、何より心優しいのだろう。知り合いでもない若いメイドに手を貸していたのだ。他のメイドたちは、見て見ぬふりをして、自分たちの仕事をこなして何もしようとしなかったというのに。
それこそ、手伝ったところで、フォローしきれないと思って、一緒に怒られるなんてしたくなかったのだろう。それどころか、その若いメイドが、それで追い出されて喜ぶ者もいたかも知れない。
どうも、それは嫌がらせの類だったようだし……。
まぁ、それはメイドの方の問題だ。
シェフたちは、自分たちのしてきたことを思い返して反省していた。
「酷いことしたんだよな」
「そうだな。それを謝るだけなら簡単だが、態度で示す場を与えられたんだ。3日間、私たちはローテーションでやれるが、彼女は一人っきりで成し遂げたんだ。音を上げるなよ」
シェフたちは、それぞれ頷いた。それこそ、料理だけでいいと言われても、掃除や洗濯もこなしていた。自分たちの仕事じゃないと文句も言わず頑張っていたが、老婦人と騎士たち……特に副団長の殺気にシェフたちは胃に穴が開きそうになっていた。
「副団長様?」
「っ、マリーヌさん」
「こんなところにいらっしゃるなんて、お腹空いてるんですか? 何かお作りしましょうか?」
テオドールは、マリーヌを見て嬉しそうにしつつ、明後日まで休みのはずたと思い出していたが、当たり障りのないことを言って誤魔化していた。
「団長のところにお茶を持って行こうかと思いまして」
「でしたら、準備しますね。お二人分で大丈夫ですか?」
「いえ、私がやります。マリーヌさんは、休んでいてください」
そんなやり取りを目撃したシェフたちは、女嫌いで有名なテオドールがマリーヌを気にかけていることに驚きつつ、先程までの殺気が無くなったことに感謝していた。
「一日、休めましたから、大丈夫です」
テオドールが、それでも心配だからと言うのを見かねて、老婦人がシェフに声をかけた。
三人分のお茶とお菓子を用意しろと言うのだ。シェフは、不思議そうにしながらも、老婦人を怒らせまいとすぐさま用意した。
「マリーヌや、これ持って、団長たちとお茶しといで」
「え?」
三人分用意されたそれに副団長は、老婦人を見た。
「三人で、お茶をして休憩でもすればいいさ。若い子とお茶しながら、休めるなんて贅沢だろ?」
テオドールは、目を輝かせて頷いた。
「マリーヌさん、せっかくですから、お茶にしましょう」
「えっ、でも……」
「団長も、詳しい話を聞きたがっていましたよ」
「あ、そっか。話をするって言ってましたよね。そうでした」
マリーヌは、ならばとお茶を持とうとしたが、テオドールがそれを持つ方が早かった。
「持ちます。行きましょう」
「あ、でも……」
それは、自分の仕事だと言いたがったが、テオドールは聞くより早く歩いていた。
「マリーヌや。ここは、大丈夫だよ。ゆっくりしといで」
そんなことを言われて、マリーヌは困惑しながら、老婦人とシェフたちを見て、何とも言えない顔をして、テオドールの後を追いかけて行った。
「見たか?」
「あぁ、あの女嫌いで有名な副団長がな」
「マリーヌちゃんには、感謝しかないな」
「そうだな。美味いもん作らないとな」
マリーヌの手料理を食べたがっている騎士たちに少しでも美味しいと思ってもらえるようにとシェフは、渾身の料理を作ることにした。
老婦人は、やれやれとシェフたちを見ながら、マリーヌが働きたいと騒ぎ立てそうだと思って、エドガーが新しい仕事を与えてくれることを願っていた。
26
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。
第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。
王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。
毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは…
どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!
さこの
恋愛
婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。
婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。
100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。
追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?
【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~
ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。
長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。
心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。
そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。
そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。
レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。
毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。
レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく――
これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。
※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる