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男性二人は、ゾクリとする殺気に肩をビクつかせて、そちらを見た。見たくはなかったが、見るしかなかった。
そこにいたのは……。
「っ、」
「ふ、副団長」
「お前たちが原因なんですか?」
とんでもない殺気を隠すことなく、騎士団の副団長が立っていた。それなら、それ相応な覚悟はできているだろうなと言いそうな彼にルドヴィクとオーギュストは、首がもげそうなほど横に振った。振るだけで、声が出なかった。
この副団長が、彼女をどれだけ大事にしているかをよく知っていた。半年前くらいにようやく溺愛してやまない彼女と婚約することになったのだ。
それこそ、泣かせたとわかったら、騎士団の面々がその人物をボコボコにしたがるだろう。
もっとも、ボコボコにする前にマリーヌをこよなく大事にしている彼女の婚約とようやくなれた彼が、血祭りにあげてしまって、他の出番など回って来ることは、早々ないだろうが。
違うのかとわかっても、殺気はおさまらなかったが、痛々しく泣いている愛してやまない婚約者を心配して、殺気を器用に引っ込めながら、マリーヌの側に近寄った。
ルドヴィクとオーギュストは、ピシッと固まったまま、動けなくなっていた。それは、彼らが幼い頃に害獣と対峙した時のようだった。怖すぎて、声も出せず、逃げることもできなかった。あの時と同じだった。
「マリーヌさん。そんなに泣いて、どうしたんですか?」
「ううっ、テオドール様~」
「っ、」
婚約しても、副団長と呼ぶことばかりのマリーヌが、泣き腫らした顔で名前を呼んで、しかも抱きついて来たことに驚きつつ、嬉しくてたまらなくなってしまったが、部下が二人側にいる手前、だらしない顔はできないと耐えていた。
婚約してからというもの彼は、マリーヌのことで何かと動揺するようになっていた。惚れた弱みというやつだろう。
「マリーヌちゃん、可愛いな」
「……」
「っ、」
「馬鹿だろ。お前」
副団長に睨まれて、可愛いと呟いたルドヴィクが震え上がることになり、それを見ていたオーギュストは、命知らずなことをよくすると思っていた。
それこそ、副団長にとっては至福の時だったはずだ。
そんな邪魔をして、命の終わりを迎えたくはないと二人の男は離れようとしたが、それより早く動いたのはマリーヌだった。
この雰囲気を見事なまでにぶち壊したのだ。
「あっ! 買い出ししてない!」
「……買い出し、ですか?」
「大変。すぐに行って来ないと夕食に間に合わなくなっちゃう!」
毎食は、大変だろうとなり、婚約してからのマリーヌは、朝と昼食を作っていない。別の人たちが、朝と昼食を作ってくれている。マリーヌは朝と昼の担当の人たちの分の買い出しをしていた。
それをせずに夕食が間に合わなくなりそうなことに焦っていた。そんなこと、マリーヌにしては珍しいことだった。
「は? 行って来たんじゃないのか?」
「話に夢中になって、忘れて帰って来てしまいました。すぐに行って来ますね」
テオドールは、笑顔になったマリーヌに喜びたいが、まだ泣き腫らしてまで泣いた理由を聞いていないことに複雑な顔をしていた。
「今日の夕食は、お義母様に教わったお料理にする予定なんです。楽しみにしててくださいね」
「そうします」
だが、仕事を疎かにすることを何より嫌うマリーヌにそう言われて、テオドールは笑顔になっていた。そのため、肝心なことを聞けずに駆け出す姿に涙の理由について声をかけられなかった。
止められないとわかって、部下二人を見た。きっと、いつも以上に何とも言えない顔をしていただろうが、それで伝わったようだ。
二人は、すぐに察して頭を下げて駆け出していた。
が、そのうちの一人、ルドヴィクの方は、振り返ってこう言った。
「あ、マリーヌちゃんが泣いてたの街で流行ってる客寄せの話のことですよ!」
「客寄せ……?」
「その辺の奴が、話を知ってるはずですから」
「……」
聞いて見ればわかると言いたいのだろうが、マリーヌが一人で出かけるのも心配で、副団長は頷いただけで見送ることにした。
こういう時、忙しいとマリーヌの側にいざという時にいられないものだ。忙しくなくとも、副団長が買い出しの手伝いをしていることを好まない者も多い。いくら、婚約者が担っている仕事だろうとも体面というものがある。何とも複雑なものがあった。
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