私が、全てにおいて完璧な幼なじみの婚約をわざと台無しにした悪女……?そんなこと知りません。ただ、誤解されたくない人がいるだけです

珠宮さくら

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「ジョヴァンナ嬢。君は、この男と付き合っていたのか?」


それまで聞いた王太子の声より、一段と低い声が聞こえた。明らかに不愉快だと言わんばかりの声音を発するのを初めて聞いた。王太子が怒る姿など見たことがなかった。

エルマンノとて見た目はいいが、王太子は見た目だけではない文武両道な方でジョヴァンナのように何でも卒なくできているが、努力を怠らないことで有名だった。

だが、誰もがそれに怖がる中でジョヴァンナは平然としていた。


「まさか。初めてお会いしました。名前も存じません」


ジョヴァンナは、誰よりも綺麗なカーテシーをして淡々と答えた。それは、ルチアがいつも一緒にいたからわかる。平静を装っているが、わけのわからない事が起きていると思っていて、迷惑だと思っている。そんな声だ。


(私なら、動揺しすぎてまともに答えられないところだわ)


ルチアは、その声だけで幼なじみの心情を察した。それはできるのに不発の時の方が多いせいで、


「そうだとしても、私と婚約して数日で、こんな場所で贈り物をされる仲のようだが?」
「身に覚えはありません。私より、こちらの方に聞いてください」
「……どういうことだ?」


ジョヴァンナにそう言われて苛立ちを募らせて、エルマンノを聞いた。

それは、この場にいる誰もが知りたいことだった。朝から、こんな場面に遭遇するとは誰も思っていなかった。とんでもない修羅場だ。

それこそ、エルマンノが聞き間違えたのではないかと思っているのは、ルチアくらいだろう。

他の者は、婚約したと聞いて、好きだと告げようとしたと思う者もいた。あのトンチンカンな授業での解答からして、ろくでもない答えを出したと思う者も多くいた。


「え、いや、その、私は、彼女と婚約が決まったと言われたので、贈り物をしただけですが」


それに王太子が、眉を顰めた。ジョヴァンナも同じだった。

いや、聞こえた者は同じ気持ちだろう。こいつ、何言ってるんだ?と思っていた。


「君とジョヴァンナが? 婚約するほどだったとは知らなかったな」
「王太子殿下。先程も申し上げましたが、この方とは初対面です」
「だとしても、婚約者の私より先に別の男が贈り物をしているのを見るのは不愉快だ。つまりは、私との婚約よりも、この男は自分と婚約した方がよいと言っていると思うのは、私だけか?」
「私は、この方を存じませんので」
「……そればかりだな」


王太子は冷めきった声で、それだけ言うとどういうことか調べることにして、その場を後にした。

本来なら、婚約者を連れ立って授業に出るはずだったのだろうが、そうはならなかったのは、疑わしい婚約者を連れ立って歩きたくなかったからだろう。


「あの子息、終わったな」
「あいつ、街で他の令嬢とあれ買ってたみたいだぞ」
「は? ジョヴァンナ嬢に渡すのを他の令嬢と選んだのか? どこのどいつだよ。そんなのを渡させるなんて、その令嬢もどうかしているだろ」


それが聞こえてルチアは、心臓を鷲掴みにされた気がした。


「姉さん……?」


弟が、いつになく心配そうにしていた。それに返事もできずにいたら……。


「お前!」
「っ、」
「お前のせいだぞ!」
「っ!?」


よりにも寄って青い顔をして固まっていたルチアをエルマンノが見つけて、鬼の形相で怒鳴りつけて、あろうことかこちらに来た。

アルドが、何だと言わんばかりに姉の前に立ちはだかろうとするより、エルマンノの方が速かった。鍛え方が違うのかも知れないが、それ以上に気持ち悪かった。

それは、アルドも同じようで姉の前に出るのが遅れたことで、ルチアはエルマンノに正面から怒鳴られることになった。


「お前、幼なじみなんだから知ってたんだろ! 彼女が、王太子と婚約したのを知っていて、私が選ぶのを滑稽に思っていたんだろ!」
「なっ、そんなことしてない! 私は……」
「そんなわけあるか! 幼なじみが、知らないわけがないだろ! なんて女だ。私に恥をかかせるだけでなくて、彼女にまで迷惑をかけるとわかっていて、黙っていたなんて」
「そんなことするわけない!」


(これじゃ、私が仕掛けたみたいじゃない。私は、本当に誰と婚約したかなんて聞いてないのに。幼なじみで、一番の友達で、親友だと思っていたのに。こんなのあんまりだわ)


ルチアは、周りがみんな知っていたのに。弟までも知っていたのに。自分がジョヴァンナから聞かされていなかったことにショックを受けていた。

更にとんでもない言いがかりをつけられて焦ってもいた。


「ルチア。どういうことなの?」


いつの間にか、ジョヴァンナが側に来ていた。その顔は、見たことがなかった。


「ジョヴァンナ。違うの。誤解なの。ちゃんと証明してくれる人たちがいるわ」
「証明……?」


それを聞いてジョヴァンナが、益々困惑した顔をした。隣にいる弟が、まずいという顔をしているのにもルチアは気づいていなかった。


「証明してもらうようなことがあったってことよね?」
「信じられない。一番の友達のようにしていて、ずっと婚約を台無しにしようとしてたんだわ」


そんなことを言う令嬢たちの声にルチアは、しまったと思った時には遅かった。

その後、側にいた弟が何かジョヴァンナと話していたが、ルチアは聞いていなかった。ただ、どうやって帰ったのかも覚えていない。

両親や弟にあったことを話せたはずだが、それもよく覚えていない。証明になるのを見せた時に怒られたような気がするが、それもよく覚えていない。

ルチアの中にあったのは、後悔のみだった。


(神さま。大事な友達の幸せを私が壊してしまったようです。どうしたら、償えますか?)


思わず、そんな風に願わずにはいられなかったが、その問いに神さまが応えてくれることはなかった。


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