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しおりを挟むシャーリーを部屋で休ませてから、父親が戻るとジェレマイアが何があったかを話し始めた。
自分がいない時のことも一緒に帰って来た時にシャーリーから、ぽつりぽつりと聞いていたのもあり、そのまま伝えた。
それでも、馬車に揺られているのが辛そうに見えたが、あんな風に泣き始めるのを見ていて、ジェレマイアはいたたまれない気持ちが大きくなっていた。
「あの令嬢が、そんなことを……」
「昔から、親友だと何かにつけて周りに言っていた令嬢から、そんなことを思われていたなんて、あんまりだわ。あの子はあれだけのショックを受けるはずね。しかも、勘違いで平手打ちをして謝罪すらしないで開き直るなんて、あの令嬢の母親にそっくりね。私たちが学生の頃も、酷かったのよね」
「……」
両親は激怒していた。母親の方は、学生の頃を思い出して忌々しそうにしていたが、姉の方は静かに目を閉じていた。
「エイプリル」
ジェレマイアが心配げに呼ぶとエイプリルは、ゆっくりと瞳を開けてにっこりと笑ったが、すぐに彼女はその笑顔を凍てつく笑顔に変えた。
「っ、」
そんな笑顔を見たことない婚約者は、目を見開いて固まった。とても美しい笑顔だが、背筋が凍りつくような殺気を孕んでいた。
エイプリルがそんな風に殺気立つのは、初めてだった。ジェレマイアは公爵子息ということもあり、それなりの社交場で大人たちの腹の探りあいにも付き合いで見て来た。
だが、ここまでの殺気を醸し出す大人には会ったこたがなかった。父親ですら、母のことを侮辱されても、ここまでの殺気を醸し出したところを見たことがなかった。それどころか。エイプリルからそんな殺気が放たれるとは思いもしなかった。
エイプリルの両親は、それに驚いてはいないかのように見えていた。使用人たちも驚いてはいないように見えていたが、自分たちが怒られているわけでもないのに身を縮めて小さくなっていた。
この部屋の気温が1、2度下がった気すらした。
「お父様」
「なんだ?」
「容赦なさらないで」
凛とした声で発せられた。でも、エイプリルには似つかわしくない単語だった。そんなことを言うのを誰も聞いたことがなかった。
そのため、父親は……。
「エイプリル……?」
自分の耳を疑わずにはいられなかった。
「私の大事な妹を勘違いで叩いておいて、謝罪一つしないようなのに容赦しないでほしいんです。なさいませんよね?」
エイプリルが容赦するなと言うのを婚約者どころか。 両親もメイドたちも、聞いたことがなかった。両親とメイドたちは、驚きすぎて表情が変わらなかっただけだった。
「あの子をあそこまで悲しませる者を簡単に許さないでほしいんです」
「お前のことでも色々言っているような令嬢だ。きちんと謝罪させて、慰謝料を請求する」
「そうしてください。ジェレマイア様、妹を連れて帰って来てくださって、ありがとう」
ジェレマイアを見たエイプリルの笑顔は、温かな陽だまりのようで、実に彼女らしくてさっきまでのは見間違いなように思えてしまった。
「私の家からも、すぐに苦情と抗議をしてもらう。シャーリー嬢と君を悲しませて、傷つけたんだ。きちんと謝罪させる」
エイプリルは、色々と迷惑をかけたことを謝罪したかったが、それを言わずに頷いた。彼女は、謝罪させてとは一言も言わなかった。そんなことをする令嬢ではないと思っていたからだ。
そうではなくて、容赦しないでほしいのだが、それがまだ伝わりきっていないのに気づいても、それを重ねて頼む気はなかった。
ジェレマイアは、留学中に世話になっている叔父夫妻の屋敷に帰って行くのをエイプリルは、ただいつものように見送った。
何事もなかったような笑顔でエイプリルは婚約者を見送っていたが、その姿が見えなくなると笑顔は消えた。
「……シャーリーの様子を見て来ます」
母親は、エイプリルを心配して休んだ方がいいと娘に言いたかったが、それを夫が止めた。
「あぁ、先生が診てくれているから、先生の許可を取って側にいなさい。無理は禁物だ」
「わかりました」
エイプリルがゆっくり移動するのを見て他のメイドに先ほどのことを医者に伝えるように目で合図した。すぐにメイドは動いた。エイプリルは走ることも、早足もしない。
「エイプリルまで寝込んでしまったら……」
「わかっている。だが、部屋でおとなしくさせておいても気に病むだけだ」
「……そうですね」
「お前が、交代で代わってくれ」
「もちろんです」
エイプリルは、シャーリーの部屋で診察を受けながら妹を心配していた。
色々ありすぎたシャーリーが目を覚ましたのは、そんなことがあった3日後だった。
その間、エイプリルの具合まで悪くならないかとオールポート侯爵家の面々とジェレマイアは気が気ではなかったが、エイプリルの具合が悪くなることはなかった。
具合は悪くなることはなかったが、その表情はシャーリーを心配しつつ、こんなことになった元凶が来たら容赦しないと自分に言い聞かせているかのように見えた。
父や婚約者が、エイプリルが思っている通りに容赦しないでやってくれるのに不安があったのだ。
そう、シャーリーにとってエイプリルが心臓だと思っているのなら、姉からしたら妹は龍の逆鱗のようなものだった。不用意に触れて何かしたなら、エイプリルは己が何をしでかすかわからないほどに怒り狂う自信しかなかった。
自分の病弱さで妹を悲しませることに心を痛めていたが、それが他人から与えられ涙するのに血が沸騰しそうになった。何があったかを聞いてから、エイプリルは普段通りにしながら腸が煮えくり返っていた。
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