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しおりを挟むとある国の学園で、しばらく前から心労で倒れそうになっている1人の令嬢がいた。
顔色があまり良くないのをお化粧でうまく誤魔化しているせいで、それに気づく者はいなかった。その辺が器用すぎたのと心配かけてはいけないと思っての配慮のつもりが、あまりにも上手く誤魔化せているせいで、誰にも具合がよろしくないことを悟られることもなく、日々を過ごしていた。
誰かを頼るより、頼られることの多い彼女は、厄介事も自分1人でどうにかしなくてはならないため、気が休まらない日々を送っていた。
「ユルシュル。そんなところで、どうした?」
「殿下」
ユルシュル・バシュラールは、どうしたものかと学園の廊下で立ち尽くしていたところに声をかけられた。彼女は、バシュラール伯爵家の長女で、学園でも知らない者がいないほどになっている。
彼女のことでなく、もう1人いるバシュラール伯爵家の娘が一番有名だったりするのだが、今回はユルシュルの姿があまりにも情けなかったのか。それとも、怪しく見えたのか。いや、困って見えたのだろう。……そう思いたい。
不審者扱いされるのは嫌だ。まぁ、誰もが嫌だと思うはずだ。怪しいのもわかるが、声をかけて来た人物に誤解されたくはなかった。もっと面倒なことになるからだ。
王太子が心配そうにユルシュルを見ていた。だから少なくとも怪しくは見えていなかったようだ。そのことにユルシュルはちょっと安心した。……ほんのちょっとでしかなかったが。
彼に怪訝な顔をされたり、怪しいものを見る目をされていたら、ユルシュルは立ち直るのに時間がかかっていた。昔からよく知っていることが大きく関係している。いわゆる幼なじみという関係だ。
ただですら、色々とありすぎるユルシュルには、家族以外のゴタゴタまで起こったら、今のユルシュルの頭は軽くパンクしてしまいそうなまでになっていた。
ずっと、パンクしそうになっているが、それすらひた隠しにしていた。そのせいで、頼られると動いてしまっているから、なおさら頭の中が常に大変なことになっていて、本当にもう限界になっているというのに誰にも気づかれていなかった。
だが、目の前にいる彼はユルシュルの呼び方が気に入らなかったようで、彼はすぐに訂正させようとした。
「ユルシュル。名前でいい」
「……」
困ったことに誰もいない時に催促されるのみならず、王太子の心を許す側近がいても、名前で呼んでほしいと言われるのは、いつからだったろうか。このやり取りをかなりやっている。
ある意味、彼もしつこいが、ユルシュルも負けていないくらい同じことをしているのは確かだ。ユルシュルとしては、弁えているだけなのだが、彼は幼なじみであり続けたいようだ。
ユルシュルは、幼なじみのままでは彼が色々と困ると思っているのだが、何を考えているのやら。ユルシュルは困ったように彼の……王太子の後ろにいる側近を見た。
でも、側近の方は慣れたように自分のことは気にせずいないものとして扱ってくれと言わんばかりにされた。
これもいつものことだ。頼れない。彼を頼れば困らせるだけなのだ。王太子は、自分がいるのに他の者を頼るのが好きではない。これも前からだが、それでもユルシュルは側近を見てしまっていた。
王太子に頼りすぎる幼なじみなんて、お荷物でしかないはずなのに彼は、それをしてほしいようだ。なぜだか、わからない。いや、妹のように思っているだけかもしれない。
それに対して、ユルシュルはため息をつきたくなった。彼の妹になりたいと思ったことはない。彼みたいな兄がほしいと思ったことは一度もない。どう考えても、兄のやることではない。
こうなった王太子は名前を呼ぶまでは返事をしてはくれない。とても子供っぽいところがある。それは昔からだが、ユルシュルにしかしてはいないようだ。子供っぽくて思い通りにならないと昔はよく側にいる者に当たり散らしていたが、成長してからはなくなったようだ。
渋々であろうとも、納得いかずとも、心が何と言おうとも、ユルシュルは従うしかない。今は余計なことに頭を使いたくはなかった。
彼に婚約者ができるまでは、そうしても許されるはずだと自分に言い聞かせて、ユルシュルは言われた通りに従っているだけだと言わんばかりにした。
そうでなければ、この関係性がわからなくなる。幼なじみなだけなのだ。それ以上を期待なんてしてはいけない。する気もなくなってきているのは、疲れているからだ。何も考えずに休みたい。
そう思って、彼の名前を今日も呼んだ。いつもと同じように全てを包み隠して、ちゃんと何でもない顔がぇきているかもわからないが、この幼なじみにバレていないところを見るとユルシュルに代わり映えがないように見えるのだろう。
「マクシミリアン様。それが、妹がまた誰かのものを漁っていたようなんです」
幼なじみでもある王太子のマクシミリアンが、ユルシュルに声をかけて来たのは、ユルシュルの妹のベアトリス・バシュラールが怪しい行動をしているのを見かけた時だった。
そもそも、人のものを勝手に漁るということは普通はしないことだが、ユルシュルの妹はそれをいつからか始めてしまった。
現場を見たわけではないが、こそこそと誰もいない教室から出て来たから、やっていたのだと思う。……いや、現場を見ていないのだから、今回は違うのかもしれない。そう思いたいが、これまで、散々してきたのだから、やっていないとは思えない。
「また、やったのか」
「……」
そう、“また”なのだ。学園でも、有名になってきている。手癖が悪いわけではない。盗むわけではないのだ。中身を見るだけなのだ。その、“だけ”が大問題だったりする。
妹が平然と他人の物を漁るのは、昔からだった。最初は、ユルシュルの物だけだった。
その頃のことをマクシミリアンにだけ話していた。学園に入ってからも続いていることを唯一知っているのも、彼だけだ。他の人にはしていない。
その話をする相手を間違えた気がし始めていた。したところで、どうにかしてくれる気はない相手に話してしまったのだ。
いや、あてにして話したわけではないが、こうも聞くだけで、どうにかしようとする気もない王太子にそのことで話しかけられることが増えている現状に余計なことをした気がしてならなかった。……きっと色々と疲れているせいだ。
それよりも妹のことだ。それを最初に見た時も驚いたのを今もよく覚えている。
数年前のことだ。ユルシュルの部屋でベアトリスが、ごそごそと届いたばかりの箱の側にいた。最近は、何をしているかはわからなくて近づいて声をかけた。
「何してるの?」
「見てるだけよ」
慌てふためくでもなく、届いたものをベアトリスは開けて中を見ていたのだ。これで見ているだけなんて言えるはずがない。
確かにユルシュルが声をかけてからは見ていたが、その前に開けたのは明らかにベアトリスだ。
「……見てるって、それ、私宛よね? 勝手に開けたりしないで」
「だから、見てるだけだってば」
そこから、同じことを繰り返した。それを注意しても、見てるだけだと言うのをベアトリスは繰り返した。
それに段々と頭にきてしまい、頭ごなしに怒るようになった頃に母が何事だとばかりユルシュルの部屋にやって来た。
「ちょっと、何してるの?」
「それが……」
ユルシュルは、両親にこれまでの話をしてはいなかった。聞かれたから素直に答えようとしただけなのだが、ベアトリスの方が早かった。
「お母さん! お姉ちゃんが酷いのよ! 意地悪するの!」
「あら、駄目じゃない。あなたは、姉なのよ。妹をいじめないの」
「違っ、そんなんじゃなくて」
「違わないでしょ。全く、謝ることもできないのね」
「っ、!?」
ベアトリスは、すぐさま母を味方にした。いや、あまりにもあっさりと謝ることもできないと言われたことに言葉が出て来なかった。
その後は父がベアトリスの味方をして、すっかり姉のユルシュルが全て悪いことにされてしまった。あまりにもあっさりと悪いのはユルシュルとされた。
そのせいで、ユルシュルが叱られてばかりいるようになり、ベアトリスはどんどんエスカレートしていった。何をしても、いざとなれば姉に叱られたと両親に泣きつきさえすれば、怒られるのはユルシュルになる。それだけで終わるのだ。
姉というだけで、なぜ何もかもユルシュルのせいにされるのかがわからなかった。そもそも、両親はユルシュルの話など聞く気はないのだとわかったのは、それから間もなくだった。
その上、両親はユルシュルに謝りもしないとまで言うのだ。何もしていないのに謝る理由がないユルシュルは、それにいつも何とも言えない顔をしていた。そのせいで、益々両親はベアトリスの方を可愛がるようになった。
そして、いつの間にか、ベアトリスは味をしめてしまったかのように学園でもやるようになった。本当にわけがわからない。
ベアトリスは、中身が気になるというか。とにかく開けたがるのだ。
ユルシュルには全く理解できないことをベアトリスはひたすら繰り返すようになっていた。
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