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第1章 果ての世界のマイナスナイフ
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ざあ、という潮騒の音。
寄せては返し、海岸の黒々とした岩肌を濡らすその波は、果ての海と称される、七つの大陸の外側すべてを囲って広がる無限大の海原から届くものだった。
太陽は天高く、幻のように遠くで浮かぶ。
青天の彼方から降ろされる光は、どこまでも続く海をまばゆい黄金色に煌めかせる。
ざあ——
ざあ——
海浜からやや離れた台地状の岩場の上で、水平線を眺める異形が佇んでいた。
いや、眺めるなどとは呼べないだろう。ただ金の眼を向けているだけで、その焦点はこの世のなにも捉えていない。
一言で表すのなら、それは紛れもなく怪物だった。
馬のような四肢に、胴体は体毛がなく握りこぶしほどのコブだらけで、背から巨大な腕が生え、首は不自然に二回転ほどねじれ、口は顎の下についているせいで涎を絶え間なく垂らしている。
異常なシルエット以上に印象的なのは、白と金の鮮烈なコントラスト。
胴体以外の全身を覆う体毛や皮膚は、色素が抜けきってしまったかのように真っ白で、馬に近い輪郭をした顔面に収まる眼球は、どれも金色に染まっている。
どれも。そう、三つの眼球のどれもがだ。
怪物に眼窩は三つ存在し、直線上に三つ並んだそのすべてに、陽光を照り返す海面よりもずっと濃く輝く黄金色が宿っていた。
ざあ——
ざあ——
……ふと、音が止む。
海の気まぐれか。しばしの間、波が穏やかになる。
そこへちょうど、内陸側から、自然の階段のようになった岩棚を上って一人の男性が訪れた。
「こいつか。……なるほど、協会の手には余る。まだ人気のない場所にいてよかったな……あんまり動き回らないタイプか?」
どちらかと言えば線の細い、あまり体格のがっしりとした男ではなかった。
顔立ちはまだ少しだけの幼さを秘め、十五から十六といったところだろうか? しかし弱い潮風に揺らされる、茶の前髪の合間から覗くその黒い目は、いとけなさからは決別して久しい確固とした意思に満ちていた。
「ァ——アァ、————ァ——」
現れた男に気づいたのか、怪物がぎこちない動作で振り向く。黄金の三つ眼は見るともなしにぼんやりと、だが確実に彼を視界に収める。ねじれた首の喉から漏れる声は、声だと判別するのが難しい、ノイズじみた音をしていた。
見るだに恐ろしい、それがなんなのかを知らない幼児であっても、本能的な恐怖に襲われるであろう異形。そんな目を向けられても、泣き出すでも立ちすくむでもなく、意にも介さず男は歩を進めた。
が、四歩ほど進み、怪物のひっきりなしに垂れる涎で濡れた場所からもう六歩といった地点で、男はなにかに気が付いたかのように突然足を止める。
「……そういえば、僕は考えてみれば葬送協会の仕事を奪ってることになるのか? うーん……でも腰重いしなぁ、あいつら。被害が出る前に僕が動くのは悪いことじゃない、はず」
しばらくぶつぶつとなにかを呟き、それから男はうつむきかけた顔を再び上げ、怪物へと向き直る。
「なあ、お前はどう思う? よければ教えてくれないか」
「ァ——ァァアアアアアアッ!」
「うん」
前触れなく、佇んでいただけの怪物が動き出した。耳を塞ぎたくなる叫びを上げ、弾かれたように地を蹴り、砕けた石を後方へと撒き散らしながら男へと突進する。
「三年付き合っても、未だになに言ってるのかはさっぱりだな」
離れて、潮騒の音が響く。風も強くなり、服の裾がぱたぱたとなびく。刹那の気まぐれが終わり、海が調子を取り戻した。
不自然に背中から生えた腕をでたらめに振り回し、向かってくる化け物を冷静に見据えながら、男は自身の腰へ手を伸ばす。背負った刀ではなく、腰に固定したケースから柄を引き抜いた。
収められていたのは、怪物の手ほどもない小さなナイフ。
それも、刃が水晶のような、半透明で薄い青色をした、奇妙なナイフだった。
小さな人間の小さな刃物。そんなものを恐れる道理もなく、そもそもそんな理性は存在しない。怪物は変わらず、雑音じみた声で石を散らす。
対し、一度、短く息を吐く。それから男は腰を落とし姿勢をやや低くしながら、引き抜いた勢いのまま、右手の中でナイフをくるりと半回転させた。
水晶の刃が逆手に収まる。その柄をいつものように強く握りしめ、黄金の狂気に臆することなく、自分から飛び込んだ。
「驕るなよ不死者。死なないつもりか知らないが、僕がきちんと殺しきってやる」
寄せては返し、海岸の黒々とした岩肌を濡らすその波は、果ての海と称される、七つの大陸の外側すべてを囲って広がる無限大の海原から届くものだった。
太陽は天高く、幻のように遠くで浮かぶ。
青天の彼方から降ろされる光は、どこまでも続く海をまばゆい黄金色に煌めかせる。
ざあ——
ざあ——
海浜からやや離れた台地状の岩場の上で、水平線を眺める異形が佇んでいた。
いや、眺めるなどとは呼べないだろう。ただ金の眼を向けているだけで、その焦点はこの世のなにも捉えていない。
一言で表すのなら、それは紛れもなく怪物だった。
馬のような四肢に、胴体は体毛がなく握りこぶしほどのコブだらけで、背から巨大な腕が生え、首は不自然に二回転ほどねじれ、口は顎の下についているせいで涎を絶え間なく垂らしている。
異常なシルエット以上に印象的なのは、白と金の鮮烈なコントラスト。
胴体以外の全身を覆う体毛や皮膚は、色素が抜けきってしまったかのように真っ白で、馬に近い輪郭をした顔面に収まる眼球は、どれも金色に染まっている。
どれも。そう、三つの眼球のどれもがだ。
怪物に眼窩は三つ存在し、直線上に三つ並んだそのすべてに、陽光を照り返す海面よりもずっと濃く輝く黄金色が宿っていた。
ざあ——
ざあ——
……ふと、音が止む。
海の気まぐれか。しばしの間、波が穏やかになる。
そこへちょうど、内陸側から、自然の階段のようになった岩棚を上って一人の男性が訪れた。
「こいつか。……なるほど、協会の手には余る。まだ人気のない場所にいてよかったな……あんまり動き回らないタイプか?」
どちらかと言えば線の細い、あまり体格のがっしりとした男ではなかった。
顔立ちはまだ少しだけの幼さを秘め、十五から十六といったところだろうか? しかし弱い潮風に揺らされる、茶の前髪の合間から覗くその黒い目は、いとけなさからは決別して久しい確固とした意思に満ちていた。
「ァ——アァ、————ァ——」
現れた男に気づいたのか、怪物がぎこちない動作で振り向く。黄金の三つ眼は見るともなしにぼんやりと、だが確実に彼を視界に収める。ねじれた首の喉から漏れる声は、声だと判別するのが難しい、ノイズじみた音をしていた。
見るだに恐ろしい、それがなんなのかを知らない幼児であっても、本能的な恐怖に襲われるであろう異形。そんな目を向けられても、泣き出すでも立ちすくむでもなく、意にも介さず男は歩を進めた。
が、四歩ほど進み、怪物のひっきりなしに垂れる涎で濡れた場所からもう六歩といった地点で、男はなにかに気が付いたかのように突然足を止める。
「……そういえば、僕は考えてみれば葬送協会の仕事を奪ってることになるのか? うーん……でも腰重いしなぁ、あいつら。被害が出る前に僕が動くのは悪いことじゃない、はず」
しばらくぶつぶつとなにかを呟き、それから男はうつむきかけた顔を再び上げ、怪物へと向き直る。
「なあ、お前はどう思う? よければ教えてくれないか」
「ァ——ァァアアアアアアッ!」
「うん」
前触れなく、佇んでいただけの怪物が動き出した。耳を塞ぎたくなる叫びを上げ、弾かれたように地を蹴り、砕けた石を後方へと撒き散らしながら男へと突進する。
「三年付き合っても、未だになに言ってるのかはさっぱりだな」
離れて、潮騒の音が響く。風も強くなり、服の裾がぱたぱたとなびく。刹那の気まぐれが終わり、海が調子を取り戻した。
不自然に背中から生えた腕をでたらめに振り回し、向かってくる化け物を冷静に見据えながら、男は自身の腰へ手を伸ばす。背負った刀ではなく、腰に固定したケースから柄を引き抜いた。
収められていたのは、怪物の手ほどもない小さなナイフ。
それも、刃が水晶のような、半透明で薄い青色をした、奇妙なナイフだった。
小さな人間の小さな刃物。そんなものを恐れる道理もなく、そもそもそんな理性は存在しない。怪物は変わらず、雑音じみた声で石を散らす。
対し、一度、短く息を吐く。それから男は腰を落とし姿勢をやや低くしながら、引き抜いた勢いのまま、右手の中でナイフをくるりと半回転させた。
水晶の刃が逆手に収まる。その柄をいつものように強く握りしめ、黄金の狂気に臆することなく、自分から飛び込んだ。
「驕るなよ不死者。死なないつもりか知らないが、僕がきちんと殺しきってやる」
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