53 / 163
第3章 断裂眼球
第51話 凝華連氷
しおりを挟む
「お前のギフトは封じ切った。これで終わりだ、レツェリッ!」
いかに傷をつけられないマイナスナイフと言えど、首や心臓を斬れば無事では済まない。痛覚のフィードバックを受ければ平静ではいられず、大きな隙を生むだろう。
眼球の起動も間に合いはしない。イドラは躊躇なくマイナスナイフを振り放つ。
「なッ、防いだ!?」
「まさか。これを見せねばならないとはな」
キン、と硬質な感触をナイフ越しに感じ、イドラは瞠目した。
防いだのはレツェリの腕だ。だが、マイナスナイフは大抵のものは切り裂く。傷つけはしなくとも、刃自体は通すはず。それを防ぐのは——
(こいつ……袖の中になにか仕込んでやがる!)
息のかかるほど近い距離で、真っ赤な眼球がイドラを射抜く。
間違いなく彼の箱の範囲内だ。少しでも遅れれば体を切断される恐れから、背筋に冷たいものが走り抜けるのを覚えながらも、イドラは右手を引き戻しながら空間を斬る。
空間断裂の能力により、彼我の間にある空間が膨張し、イドラは離れた位置に現れる。するとイドラが遠のくのを確認したレツェリは、ローブの袖口から棒状のそれを取り出す。
杖。それがイドラが真っ先に覚えた率直な感想だ。
「フン。ソニアァ、さっきから隙を窺っているな? 気づかんとでも思ったかッ!」
イドラと入れ替わるようにして、今まさに距離を詰めようとしていたソニアに向け、レツェリはその杖を向ける。
杖の先には、開いた蓮の花のような意匠があった。
「あれは……まさか!」
「ハッ、年若い貴様も知っているようだなァ! ——凍結ッ!」
「え——きゃあっ!?」
杖先から突如、冷気をまとう塊が撃ち出される。それは礼拝室の硬質な床の表面に霜のようなものを生みながら、ソニアの脚へと命中する。
「氷が……わたしを固めて。そんな、二つ目のギフトなんてありえないはず……!」
パキンッ、と空気の凍結する音。ソニアの脚は一瞬にして、床に根を張るような氷の塊に呑まれていた。
レツェリが手にする杖は黄金色で、細身かつ長さも一メートルに満たない小ぶりなものだった。錫杖のようでもあるそれを、色さえ違えど、イドラは見たことがある。
デーグラムの入口、英雄の銅像が掲げるギフト。
「聖封印の英雄、ハブリの天恵アイスロータス……! どうしてレツェリに扱える!?」
515年前。ヴェートラルを氷漬けにする聖封印を施し、その後亡くなった英雄の天恵は、未だ協会に保管されているのだと聞いていた。
これがそうらしい。しかし、ギフトはそれを賜った本人にしか能力を行使できないのが大原則だ。
「祝福された天恵……そう名付けられている。協会の抱える機密だよ。英雄のギフトは、誰であれ扱うことができるのだ。フッ、私も司教の座に就き、これを知った時は大層驚いた」
「誰であれ……能力を」
「あ……」
それは。ひどく——身に覚えのある話だった。イドラとソニアは間違いなく、脳裏に同じものを思い浮かべた。
それを知らぬレツェリは、反転攻勢とばかりに今度はその杖をイドラへ向ける。
「空間を支配する能力はこの眼だけでいい。この、私の眼球だけでッ! 不死を断つ力が能力でないというのなら、貴様を殺してしまったとて問題はあるまい!」
「ギフトを二種……! なんてデタラメだ!」
「死ねィ! 不死殺しッ!! 凍結!」
アイスロータスを持っていたとして、当然眼球のギフトである万物停滞が使えなくなるわけでもない。二種のギフトを同時に使う常識破りの形式。
赤い眼球が起動し、同時に黄金の蓮の花の意匠が氷塊を放つ。
イドラは常にマイナスナイフの空間斬裂で座標を変え、レツェリの眼球の能力から逃れ続ける。しかし空間の膨張で逃げた先に氷を放たれると、再度の空間斬裂を強いられる。
「うっ……!」
「ククッ、段々と読めてきたぞ! やはり私の眼こそが最強の天恵! 手間をかけさせよって……ヒトとわからんくらいに寸断してくれるッ!!」
跳んだ先の座標に『箱』があったらしく、肘を抉られる。幸いまだ読みが甘かったようで、それで肘から先がちぎれ飛ぶことはなかったものの、左肘の関節が剥き出しになった。すぐにマイナスナイフで治すも、またすぐ氷塊が放たれ、息をつく間もなく回避に能力を使わされる。
この繰り返しは、飛んでくる矢を避け続けるようなものだ。
いずれ捉えられる。そして空間斬裂を繰り返せば繰り返すほど、レツェリの目はその空間を膨張させた跳躍に慣れていくだろう。
(くそ……手数が違いすぎる! どうすれば……)
アイスロータスで氷塊を飛ばすだけで、趨勢は簡単に傾いてしまった。眼球のギフトは起動に若干のタイムラグがあるとはいえ、ただ視るだけで起動する。ならば動作を必要とするほかのギフトと同時に使用するうえで、これほど相性のいいものもない。
仮想の箱による断裂。着弾と同時に炸裂し、周囲を巻き込んで凍結する氷塊。
イドラのマイナスナイフ一本でさばき切るのは限界がある。
「こんな、氷なんて……わたしは! もうなににも邪魔なんてされたくない!」
「——! なんだ貴様、その目の色は。イモータルの力を……自分の意思で引き出しているのか?」
「ソニア!」
突如、ソニアの脚を固めていた氷が木っ端みじんに砕け散る。ギフトの能力や、氷を解かす特別な方途のせいではない。ただの、純粋な力で強引に内側から破壊したのだ。
夜空に浮かぶ月は、その高度によって異なる色を見せる。今夜の月は張りぼてのように青白く、壁の一面を埋めるステンドグラスから粛々と光を注いでいる。
その冷たく無感情な月とは別種の——狂気を象徴するに相応しい満月の黄金が、ワダツミを構えるソニアの双眸に宿っていた。
「ヴェートラルの時と同じ……!」
白い災厄を正面から押しのけたあの力。リミッターの外れた、イドラのマイナスナイフを頼らねば、自分では止めることさえできない暴走だ。
「やぁっ!」
型もなにもない力任せの一刀。しかし不壊の刀で繰り出すそれは、人体を破壊するには十分すぎるほどのエネルギーが備わっている。不用心にもレツェリは咄嗟にアイスロータスの柄で受け、大きく数歩よろめいた。あまねくギフトに不壊の性質がなければ、杖ごと叩き折られそのうえで背骨まで断ち切られていただろう。
「好機……! はぁ——」
「待て、追うなソニア!」
「馬鹿力が……ッ! だが欲張ったな間抜け。不死に近づいていると言うのなら、胴を断たれても即死はすまい!」
「——っ」
体勢を崩したレツェリに、ここぞとばかりに追撃を叩きこもうとするソニアの表情が凍り付く。
尋常の相手ならいざ知らず。その深紅の眼が能力を行使するのに、体勢の悪さなどなんの障害にもならない。手も足も動かさずとも、仮想の箱は空間の中に配置され、動くすべてを断裂する。
イドラの呼びかけが耳に入ったのか、ソニアは振り上げたワダツミを下ろすことを放棄し、真横へ跳ぶ。それと同時に、レツェリにのみ視認できる存在しない箱の内側の時が遷延される。
赤い、鮮血の飛沫が上がった。
「うぅッ、ぁあああああああっ!」
「ちィ、少し『箱』がズレたか。すばしっこい小娘が……しかしその負傷では動けんだろう」
床に落ちる、血まみれの下ろした魚の身のようなものは、ソニアの腹部から腰にかけての肉だ。服もろとも、箱の範囲内に巻き込まれて切断された。
不死を宿した肉体の、敏捷な跳躍がなければ腹から上と下で真っ二つにされていただろう。胴もつながっているため、痕は残るかもしれないが、後でイドラのマイナスナイフで傷を塞げば命は助かるはずだ。
その『後で』があればだが。
「まだ……まだ、わたしはっ……、痛——ぅッ」
「ソニア! 無理するな……くそ、お前ぇ!」
なんとか立ち上がろうとするソニアだったが、床に手をついて体を起こそうと力を入れると、胴からぼたぼたと夥しい血液が流れ出す。肉を削ぎ落された傷口の赤く血をにじませる断面からは、剥き出しになった生白い骨盤の腸骨がちらりと覗いていた。
「いどら、さん……! づ、あぅっ」
「断じて体を起こせる傷ではない! ハハハッ、そこで這いつくばって見ていろソニアァ! 不死殺しがこの私の眼に寸断され、無様に絶命するところをなァ!!」
ソニアの体がべちゃりと自らの血の中へ沈む。血が出すぎたせいか、さっきのミロウのように顔も青白く、イドラを見つめる目からも生気が欠けていく。
もはや戦える体ではないと、レツェリはイドラへと視線を移す。イドラは怒りに顔を歪ませ、青い負数を手に特攻していた。
「レツェリぃ————!」
「来い。引導を渡してやろう、不死殺し!」
赤い眼球の視線に射抜かれ、内臓が浮くような怖気が全身に走る。反射的にイドラはマイナスナイフを横薙ぎに振るい、空間の膨張により横方向へ移動する。しかしその先には氷塊が待ち構えていた。
冷気。それと、砲弾をねじ込まれたような痛み。氷の弾丸は運悪く右肩に命中し、右腕全体を覆うような形で凍り付かせる。
「あ……!」
「——殺った。見慣れてみれば下らん芸だ! 当然ッ、ナイフを持ち替える暇など与えん! 起動しろ万物停滞《アンチパンタレイ》ッ!!」
凍結能力。アイスロータスに備わった力は、着弾と同時に氷塊が炸裂し、周囲を巻き込んで再凍結するというものだった。聖封印を見てわかる通り、繰り返し命中させれば相手はたちまち氷の像に閉じ込められてしまう。
とはいえまだ一度受けただけだ。肩で炸裂し、伸びた氷の根は手首の先までは覆っていない。しかし右腕はまるで動かせず、右手のマイナスナイフを左に持ち替えて振り抜くより先に、レツェリの眼球がイドラを断ち殺すだろう。
詰み。
限りなくそれに近い状況。右腕を振るえなければマイナスナイフで空間を斬ることもできず、さっきまでのように座標をズラして逃げる手は使えない。
赤い眼の男は口の端を吊り上げ、白い歯を見せて嗤う。逃げ場を失った獲物に嘲笑を送る。
——その慢心を砕いてやる。
いかに傷をつけられないマイナスナイフと言えど、首や心臓を斬れば無事では済まない。痛覚のフィードバックを受ければ平静ではいられず、大きな隙を生むだろう。
眼球の起動も間に合いはしない。イドラは躊躇なくマイナスナイフを振り放つ。
「なッ、防いだ!?」
「まさか。これを見せねばならないとはな」
キン、と硬質な感触をナイフ越しに感じ、イドラは瞠目した。
防いだのはレツェリの腕だ。だが、マイナスナイフは大抵のものは切り裂く。傷つけはしなくとも、刃自体は通すはず。それを防ぐのは——
(こいつ……袖の中になにか仕込んでやがる!)
息のかかるほど近い距離で、真っ赤な眼球がイドラを射抜く。
間違いなく彼の箱の範囲内だ。少しでも遅れれば体を切断される恐れから、背筋に冷たいものが走り抜けるのを覚えながらも、イドラは右手を引き戻しながら空間を斬る。
空間断裂の能力により、彼我の間にある空間が膨張し、イドラは離れた位置に現れる。するとイドラが遠のくのを確認したレツェリは、ローブの袖口から棒状のそれを取り出す。
杖。それがイドラが真っ先に覚えた率直な感想だ。
「フン。ソニアァ、さっきから隙を窺っているな? 気づかんとでも思ったかッ!」
イドラと入れ替わるようにして、今まさに距離を詰めようとしていたソニアに向け、レツェリはその杖を向ける。
杖の先には、開いた蓮の花のような意匠があった。
「あれは……まさか!」
「ハッ、年若い貴様も知っているようだなァ! ——凍結ッ!」
「え——きゃあっ!?」
杖先から突如、冷気をまとう塊が撃ち出される。それは礼拝室の硬質な床の表面に霜のようなものを生みながら、ソニアの脚へと命中する。
「氷が……わたしを固めて。そんな、二つ目のギフトなんてありえないはず……!」
パキンッ、と空気の凍結する音。ソニアの脚は一瞬にして、床に根を張るような氷の塊に呑まれていた。
レツェリが手にする杖は黄金色で、細身かつ長さも一メートルに満たない小ぶりなものだった。錫杖のようでもあるそれを、色さえ違えど、イドラは見たことがある。
デーグラムの入口、英雄の銅像が掲げるギフト。
「聖封印の英雄、ハブリの天恵アイスロータス……! どうしてレツェリに扱える!?」
515年前。ヴェートラルを氷漬けにする聖封印を施し、その後亡くなった英雄の天恵は、未だ協会に保管されているのだと聞いていた。
これがそうらしい。しかし、ギフトはそれを賜った本人にしか能力を行使できないのが大原則だ。
「祝福された天恵……そう名付けられている。協会の抱える機密だよ。英雄のギフトは、誰であれ扱うことができるのだ。フッ、私も司教の座に就き、これを知った時は大層驚いた」
「誰であれ……能力を」
「あ……」
それは。ひどく——身に覚えのある話だった。イドラとソニアは間違いなく、脳裏に同じものを思い浮かべた。
それを知らぬレツェリは、反転攻勢とばかりに今度はその杖をイドラへ向ける。
「空間を支配する能力はこの眼だけでいい。この、私の眼球だけでッ! 不死を断つ力が能力でないというのなら、貴様を殺してしまったとて問題はあるまい!」
「ギフトを二種……! なんてデタラメだ!」
「死ねィ! 不死殺しッ!! 凍結!」
アイスロータスを持っていたとして、当然眼球のギフトである万物停滞が使えなくなるわけでもない。二種のギフトを同時に使う常識破りの形式。
赤い眼球が起動し、同時に黄金の蓮の花の意匠が氷塊を放つ。
イドラは常にマイナスナイフの空間斬裂で座標を変え、レツェリの眼球の能力から逃れ続ける。しかし空間の膨張で逃げた先に氷を放たれると、再度の空間斬裂を強いられる。
「うっ……!」
「ククッ、段々と読めてきたぞ! やはり私の眼こそが最強の天恵! 手間をかけさせよって……ヒトとわからんくらいに寸断してくれるッ!!」
跳んだ先の座標に『箱』があったらしく、肘を抉られる。幸いまだ読みが甘かったようで、それで肘から先がちぎれ飛ぶことはなかったものの、左肘の関節が剥き出しになった。すぐにマイナスナイフで治すも、またすぐ氷塊が放たれ、息をつく間もなく回避に能力を使わされる。
この繰り返しは、飛んでくる矢を避け続けるようなものだ。
いずれ捉えられる。そして空間斬裂を繰り返せば繰り返すほど、レツェリの目はその空間を膨張させた跳躍に慣れていくだろう。
(くそ……手数が違いすぎる! どうすれば……)
アイスロータスで氷塊を飛ばすだけで、趨勢は簡単に傾いてしまった。眼球のギフトは起動に若干のタイムラグがあるとはいえ、ただ視るだけで起動する。ならば動作を必要とするほかのギフトと同時に使用するうえで、これほど相性のいいものもない。
仮想の箱による断裂。着弾と同時に炸裂し、周囲を巻き込んで凍結する氷塊。
イドラのマイナスナイフ一本でさばき切るのは限界がある。
「こんな、氷なんて……わたしは! もうなににも邪魔なんてされたくない!」
「——! なんだ貴様、その目の色は。イモータルの力を……自分の意思で引き出しているのか?」
「ソニア!」
突如、ソニアの脚を固めていた氷が木っ端みじんに砕け散る。ギフトの能力や、氷を解かす特別な方途のせいではない。ただの、純粋な力で強引に内側から破壊したのだ。
夜空に浮かぶ月は、その高度によって異なる色を見せる。今夜の月は張りぼてのように青白く、壁の一面を埋めるステンドグラスから粛々と光を注いでいる。
その冷たく無感情な月とは別種の——狂気を象徴するに相応しい満月の黄金が、ワダツミを構えるソニアの双眸に宿っていた。
「ヴェートラルの時と同じ……!」
白い災厄を正面から押しのけたあの力。リミッターの外れた、イドラのマイナスナイフを頼らねば、自分では止めることさえできない暴走だ。
「やぁっ!」
型もなにもない力任せの一刀。しかし不壊の刀で繰り出すそれは、人体を破壊するには十分すぎるほどのエネルギーが備わっている。不用心にもレツェリは咄嗟にアイスロータスの柄で受け、大きく数歩よろめいた。あまねくギフトに不壊の性質がなければ、杖ごと叩き折られそのうえで背骨まで断ち切られていただろう。
「好機……! はぁ——」
「待て、追うなソニア!」
「馬鹿力が……ッ! だが欲張ったな間抜け。不死に近づいていると言うのなら、胴を断たれても即死はすまい!」
「——っ」
体勢を崩したレツェリに、ここぞとばかりに追撃を叩きこもうとするソニアの表情が凍り付く。
尋常の相手ならいざ知らず。その深紅の眼が能力を行使するのに、体勢の悪さなどなんの障害にもならない。手も足も動かさずとも、仮想の箱は空間の中に配置され、動くすべてを断裂する。
イドラの呼びかけが耳に入ったのか、ソニアは振り上げたワダツミを下ろすことを放棄し、真横へ跳ぶ。それと同時に、レツェリにのみ視認できる存在しない箱の内側の時が遷延される。
赤い、鮮血の飛沫が上がった。
「うぅッ、ぁあああああああっ!」
「ちィ、少し『箱』がズレたか。すばしっこい小娘が……しかしその負傷では動けんだろう」
床に落ちる、血まみれの下ろした魚の身のようなものは、ソニアの腹部から腰にかけての肉だ。服もろとも、箱の範囲内に巻き込まれて切断された。
不死を宿した肉体の、敏捷な跳躍がなければ腹から上と下で真っ二つにされていただろう。胴もつながっているため、痕は残るかもしれないが、後でイドラのマイナスナイフで傷を塞げば命は助かるはずだ。
その『後で』があればだが。
「まだ……まだ、わたしはっ……、痛——ぅッ」
「ソニア! 無理するな……くそ、お前ぇ!」
なんとか立ち上がろうとするソニアだったが、床に手をついて体を起こそうと力を入れると、胴からぼたぼたと夥しい血液が流れ出す。肉を削ぎ落された傷口の赤く血をにじませる断面からは、剥き出しになった生白い骨盤の腸骨がちらりと覗いていた。
「いどら、さん……! づ、あぅっ」
「断じて体を起こせる傷ではない! ハハハッ、そこで這いつくばって見ていろソニアァ! 不死殺しがこの私の眼に寸断され、無様に絶命するところをなァ!!」
ソニアの体がべちゃりと自らの血の中へ沈む。血が出すぎたせいか、さっきのミロウのように顔も青白く、イドラを見つめる目からも生気が欠けていく。
もはや戦える体ではないと、レツェリはイドラへと視線を移す。イドラは怒りに顔を歪ませ、青い負数を手に特攻していた。
「レツェリぃ————!」
「来い。引導を渡してやろう、不死殺し!」
赤い眼球の視線に射抜かれ、内臓が浮くような怖気が全身に走る。反射的にイドラはマイナスナイフを横薙ぎに振るい、空間の膨張により横方向へ移動する。しかしその先には氷塊が待ち構えていた。
冷気。それと、砲弾をねじ込まれたような痛み。氷の弾丸は運悪く右肩に命中し、右腕全体を覆うような形で凍り付かせる。
「あ……!」
「——殺った。見慣れてみれば下らん芸だ! 当然ッ、ナイフを持ち替える暇など与えん! 起動しろ万物停滞《アンチパンタレイ》ッ!!」
凍結能力。アイスロータスに備わった力は、着弾と同時に氷塊が炸裂し、周囲を巻き込んで再凍結するというものだった。聖封印を見てわかる通り、繰り返し命中させれば相手はたちまち氷の像に閉じ込められてしまう。
とはいえまだ一度受けただけだ。肩で炸裂し、伸びた氷の根は手首の先までは覆っていない。しかし右腕はまるで動かせず、右手のマイナスナイフを左に持ち替えて振り抜くより先に、レツェリの眼球がイドラを断ち殺すだろう。
詰み。
限りなくそれに近い状況。右腕を振るえなければマイナスナイフで空間を斬ることもできず、さっきまでのように座標をズラして逃げる手は使えない。
赤い眼の男は口の端を吊り上げ、白い歯を見せて嗤う。逃げ場を失った獲物に嘲笑を送る。
——その慢心を砕いてやる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる