114 / 163
第2部2章プロローグ 恋するアンチノミー
第110話 『背神者と棄教者』
しおりを挟む黒神波動上昇会——通称『黒神会』。不埒にも十字架の意匠さえそのままにして他宗教の教会を継いだことからもわかるように、その団体は常道から大きく逸脱していた。
元来は『Fゾーン』を名乗る、地球は平坦であり宇宙は存在しないと主張する、愚にもつかない陰謀論団体だった。それを、アンゴルモアが天の窓より現れて世界各地を襲った直後、一人の女が乗っ取ったのだ。そして黒神波動上昇会と名を改めると、アンゴルモアによる混乱の波に乗じるように、大きく信徒を増やしていった。
そして二十七年前、教祖の女ともどもアンゴルモアに身を捧げ、全員が死亡したとされている。
「だが、アンゴルモアを崇めているだけあり、奴らへの調査は中々のものだ。ハウンド、ニジフク、そしてクイーンの三種が存在し、空に開く天の窓から放たれる。奴らは呼吸をせず、脈拍も存在しない……この辺りはイモータルと同じだな」
「トンデモ生命体ってことですね。まっ、慣れたものですよぉ——とは言っても、ベルちゃんはまだ件のアンゴルモアを実際見たことはないですけど」
「ふむ。早くからミンクツの民家で居候していたのを鑑みるに、ベルチャーナ君はミンクツの近くに飛ばされたのか。幸運だな」
「そういうレツェリ元司教は? 見たことあるんですか、アンゴルモア」
話に交ざりたかったのか、ベルチャーナの問いに答えたのは、月も昇り切る時刻だというのにちっとも眠くなさそうなアマネだった。
「おじさん、すごかったんだよ! あのね、ミンクツの外でわたしがゴミ拾いをしてたら、おじさんがアンゴルモアを真っ二つにして……! 方舟のクラウンスレイヤーさんみたいだった!」
「へえ……アマネちゃんとはそこで会ったんだぁ。どうやら自慢のギフトは通用するみたいですね、レツェリおじさん?」
「私はおじさんではない。その呼び方をやめろ」
「元レツェリ司教」
「そのよくわからんのもやめろ」
あまりからかうと殺されるので、ベルチャーナはやめておいた。
ベルチャーナもレツェリ個人に対し詳しいわけではないが、万物停滞のギフトは他のギフトの例にもれず、イモータルには通じなかったはずだ。
なにせ英雄ハブリが命を賭して聖封印を施した原初のイモータル、ヴェートラルの復活は当時葬送協会も頭を悩ませていた脅威だった。だからこそ、葬送協会のエクソシストたちによる葬送ではなく、本当の意味でイモータルを殺しきることのできる、不死殺しのイドラに白羽の矢が立ったのだ。
レツェリがイモータルを殺せるのなら、わざわざイドラを頼る必要もない。あの作戦にイドラを頼った時点で、法外な力を持つレツェリのギフトとて、不死の怪物には通用しないという証拠だ。
だが——アンゴルモアは問題なく殺せるらしい。
ならばこの世界に、レツェリにとっての脅威は存在するのだろうか?
ベルチャーナは軽く考えてみたが、見つけられなかった。
「話を戻すが……ここに残っていた資料には、ほかにもなぜか方舟に関するものもあってな。アンゴルモアと併せ、興味深い。だがこの教会はどうやら、ある時期を境に放棄され、本部を別に移したらしい。そのせいか資料も断片的だ——より多くの情報を得るため、私はこの名簿から、当時の信徒を探してミンクツを聞きまわっていた」
レツェリは言いながら、講壇の上に置きっぱなしだった一枚のファイルを手に取る。その名簿の中には、当時の黒神会の信徒の名が羅列されている。
どうやらレツェリは、そこに書かれた人物を探してミンクツを彷徨う中で、ベルチャーナの居場所も知ったようだ。
そしてベルチャーナもそれに思い至ると、レツェリがごく自然に、教会に残された資料や名簿の文字を解読できていることに気が付いた。
「……読めるんですか? ここの文字」
「ある程度は覚えた。知らない単語、読めない漢字はまだ多いが、文の意味を推し量ることは可能だ」
「そーですか。司教なら、方舟の配給でもたつくこともなさそうですね」
「元司教だ。それで、名簿にあった者はほぼほぼ行方不明だが、唯一トビニシマルオという男の所在がつかめたのでな。奴も街はずれに住んでいて、ここからなら遠くない。今から向かう」
「なにもこんな夜中でなくとも……」
「昼間は外出しているかもしれん。二度手間を取らされるのは面倒だ」
自分本位、という感想は口に出さないでおく。
錠がなくとも、ベルチャーナはレツェリの監視役だ。レツェリが向かうというのなら、同道せねばならないだろう。
長椅子の上にファイルを放り、外へ向かおうとするレツェリ。ベルチャーナもそれに続き——さらに、当然のようにアマネもついてきた。
「……アマネちゃんは、お留守番してた方がいいんじゃないかな」
「ええーっ? のけ者は嫌だよお」
「でも、こんな時間だし」
ベルチャーナは助けを求めるように、レツェリの方をちらと見る。
「邪魔さえしないなら、ついてこようとも構わん。だがはぐれれば探さんぞ」
「うんっ、ちゃんとついてく!」
元気よく答えるアマネ。ベルチャーナは、そういえばレツェリはこういう男だった、と肩を落とした。
アマネがどうなろうと、この男は眉をしかめさえしないだろう。他者のことなどどうでもいいのだ。
(……わたしが守んないとね)
ベルチャーナにも、アマネの天涯孤独な境遇はなんとなく察せられる。だからといってレツェリのような冷血漢についていかなくとも、とは思うが。
「では、行くぞ」
迷いない足取りで、レツェリは夜を先導する。
たどり着いたのは教会と同じく、人里離れたミンクツの端。アンゴルモアが迷い込まないとも言いきれない、住むところを追われた者や、居場所のない者が流れつく土地。
その片隅に、隠れるように立てられた掘っ建て小屋があった。
廃材をかき集めて無理やり家の形にしたみたいなもので、雨風を受け止めればそのまま壊れてしまいそうなそれは事実何度か壊れてしまっているらしく、上から何度も補修を重ねた形跡がいくつも見られる。
「この辺り、わたしも来たことあるよっ。こっそり街から物を捨てにくる人たちがいて、そういう人たちのゴミからまだ使えるものを探してたの。まあ、怖い人に怒られて、中々近づけなくなっちゃったけど……」
「縄張りがある、ってことかぁ。アマネちゃん、そのとき大丈夫だったの?」
「うんっ、逃げ足には自信あるから! へーきだよっ」
「そっか。けど、あんまり危ないことしちゃだめだよぉ」
夜闇ではぐれぬよう、ベルチャーナはアマネと手をつないでいる。体温を伝える小さな手は、そのか弱さを表すようだった。
レツェリは会話に交じることも、粗末な家に反応を示すこともせず、ただ無遠慮に無骨な木のドアに近づいた。彼はノックを知らない野蛮人ではなかったが、礼儀を示す必要はないと判断したらしく、躊躇なくドアの取っ手をつかむ。
しかし、内側から施錠されており、ドアは開かない。粗末な造りでも、セキュリティだけは怠れないらしい。
「……起動しろ」
その左目が怪しく光る。
ドアが開いた。
「——えっ。レツェリ司教、今もしかして鍵壊しました?」
「元司教だ」
「質問に答えてくれません?」
無遠慮にも部屋の中へ踏み込むレツェリ。
ベルチャーナは迷ったが、アマネとともに後に続いた。
中は、外見通りといった感じで、一本の太い柱と何本かの細い梁で支えられた空間に、手製か拾い物と思しきいくつかの家具があるだけの狭苦しい部屋だった。
そして、その部屋の片隅の、ボロボロになったぺちゃんこの布——敷き布団のつもりらしい——の上に身を横たえていた男が、物音に反応して目を覚ましたのか、むくりと体を起こした。
「……あなたは?」
男は三十路も半ばを過ぎたであろうかと思しき人相で、痩せているのに、腹部だけがぽっこりとシャツの生地を押し上げている。
「黒神会、トビニシマルオだな。いくつか質問に答えてもらう」
レツェリは誰何を無視し、一方的に言う。相変わらずの傍若無人。
その様子に、男——トビニシは目を丸くする。
だが、すぐ、諦めたような笑みをこぼし、うなだれた。
「黒神会。黒神会……。ああ、懐かしい名だ。なるほど、あなたは過去の清算に来た取り立て人というわけだ」
「なに?」
「あの事件について訊きたいんでしょう? なんだって話しますよ。どうせ……もう全部、終わったことなんだ。二十七年も前のことを掘り起こしたって、どうにもなりませんよ」
「……黒神会自体の情報にも興味はあるが、私の主な関心はアンゴルモアと方舟だ」
「え?」
そこでトビニシは顔を上げ、改めて眼前の来訪者を見た。
レツェリと、その後ろにいるベルチャーナとアマネ。
三者の顔をまじまじと見つめ、それから困惑したように瞬きする。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる