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第2部2章プロローグ 恋するアンチノミー
第111話 『偽神計画』
しおりを挟む「あなた方は……方舟の人間ではないんですか?」
「私はどこの代表でもない。個人だ」
「個人で、黒神会を追う? なんのためにそんなことを——」
「質問は私がする。貴様はそれに答えるだけでいい」
有無を言わさぬ圧力。トビニシの方もこの乱暴な侵入者が有する力を感じ取ったのか、それとも流される生き方に慣れているのか、反抗はしなかった。
ベルチャーナたちの前で、いくつかのやり取りが交わされる。
簡潔な問い。最初は、教会で見た内部資料の確認だった。
アンゴルモアの生態。三種の特徴。
いかなレツェリとて、たかだか三日で日本語の読解能力を十全に習得するのは難しい。誤読、勘違いがないか、すり合わせたのだ。
それに対し、トビニシも徐々に慣れたのか、すらすらと答えていく。その知識量は大したもので、無論方舟を除けばだが、これほどアンゴルモアについて知る人間はそういないだろう。
「——ふむ。内部資料から得た認識は、おおむね間違っていないようだな……では最後の質問だ。次は、黒神会自体について訊く」
「どうぞ。あなたが何者かなんて知りませんが、いくらでも答えますよ」
「ケイカノンは、なにをした?」
「——」
流れが途切れる。トビニシが、言葉を失うように沈黙した。
(ケイカノン? なに……人名?)
ベルチャーナは内心で疑問を抱く。まったく知らない名前だったからだ。
「花音、様……」
重い感情を伴った声色で、トビニシがつぶやく。
「そうだ。慶伊花音——こんな発音かね? 知っているだろう。黒神会の教祖、実質的なリーダーだったはずだ。二十七年前、なにが起きた? なぜ大量の信徒が一斉に消えた? なぜ、方舟の内部に関する資料まで多く残されていた?」
最後の質問と言いつつ、レツェリは矢継ぎ早に問いを重ねる。しかし、その疑問はどれも、ひとつの問いに収束するものだ。
慶伊花音。
失踪した、黒神会のトップの名。
「……偽神計画」
「なんだ、それは?」
「二十七年前。黒神会が……方舟と、秘密裏に合同で進めていた計画のことです」
トビニシはいよいよ、核心を話し始める。
「もっとも、黒神会では『位相固定波動覚醒計画』なんて長ったらしい名前で呼ばれてましたけどね」
「方舟が——アンゴルモアに殺されるのが教義のカルトと手を組んだのか?」
「ははッ、さんざんな物言いですね。でも、そうです。その通りですよ。まあ、方舟にとって後ろ暗いことなんで、秘密にされてるわけです。……いつか、誰かに話す日が来るとは思ってましたけれど」
話についていけず、退屈そうにごみごみとした部屋の中をぼんやりと見つめているアマネ。
ベルチャーナは、そんなアマネがはぐれないよう手をつなぎ続けながら、静観しつつも頭の中で内容を整理した。
(ベルちゃんは方舟のことも、ましてやもう消えた黒神会なんて団体知らないけど——二つが合同で動いてたなら、レツェリ元司教が言った、教会の内部資料に方舟の情報があったっていうのも合点がいく……)
そしてベルチャーナにとって、それは意外なことでもない。
方舟は実質的な統治機構。つまりは政府だ。
完全に清廉潔白な政治体制など、この世と地底の歴史両方をどれほど詳らかに紐解こうとも見つかるまい。果実を集めて箱に詰めれば、いずこからか腐り始めるものだ。
カルトだろうが暴力組織だろうが、利があると踏めば関係性は育まれる。葬送協会の修道院で育ったベルチャーナは、しかし同時に連邦育ちでもある。その辺りはわきまえていた。
「わたくしも、当時はちっちゃな子どもで……十歳ですよ、はは。親に無理やり黒神会に入らされて、わたくし自身は信心なんてまったくなかった。でも……花音様は、本当の神様みたいに綺麗だった。だから、日々の集会も苦ではありませんでした」
「貴様の身の上話はいい。その偽神計画の全容は?」
「詳しくは知りませんよ。だって、結局わたくしは逃げ出しましたからね。抱いていたのは子どもじみた憧れだけで、信心がないものですから、計画の実行直前になると怖くなってなりふり構わず逃げ出した。だから、話せるのは軽い概要と、その結果だけです」
「それでもいい。話せ」
「……当時の方舟は、松田って人が総裁で。その人は、方舟をアーコロジーにしようと考えてたみたいです」
「アーコロジー?」
「ええと、自己完結した、都市を内包した建造物……みたいな感じです。楽園じみた夢物語ですけどね」
「……巨大な建物に都市ぐるみで引きこもるということか? 城郭都市とはまた違う……ふむ、自己完結という部分が重要そうだな」
聖書に書かれた理想郷の逸話など、レツェリやベルチャーナには知るよしもない。
だが、その松田という、方舟の前総裁の掲げた理想は理解できた。要は、世界のほとんどを奪われたのなら、残された土地だけで完結して過ごそうというわけだ。
遍く広がるという、生命の本質を棄て。
陸海空を支配し、あまつさえ果てなき宇宙にまでその手を伸ばしていた、霊長の誇りを棄て。
人類という種が築き上げてきたもの、勝ち取ってきた尊厳を棄てて——黒い侵略者たちに屈服する。
そして、アンゴルモアの目に入らぬよう、地上のほんの少しの地域に人間たちは寄り集まり、隠れるように過ごす。そうした隠居生活により、細々と種をつなぐという考えだ。
その思想の是非を定める権利はないが、怪物に膝を屈するのは好ましくない——ベルチャーナは率直に、そんな感想を抱いた。
「そして、当たり前ですが、楽園はアンゴルモアの脅威から隔絶されていなければなりません。そこで方舟の研究部は、クイーンが持つアンゴルモア統率能力に目を付けたようです」
「……それって、まさか。人間をクイーンにして、アンゴルモアを操らせて、そのアーコロジーっていう人里に近寄らせなくする……とかじゃないよね?」
頭に浮かんだ嫌なイメージに、ついベルチャーナは訊いていた。
トビニシはわずかに驚いたように、目線を彼女に向ける。
「驚きました、もしかしてある程度知っていたんですか? まさしくその通りですよ。クイーンの女王核を人間に移植する——偽神を造る計画。もっとも、アンゴルモアを神と崇めているのは黒神会だけですが」
「なんでこう、どこもかしこもそんなのばっかりなのかなぁ……」
「ベルチャーナ君、批判的な眼差しだが、私は偽神計画とやらには関与していないぞ」
「わかってますよぅ」
呆れ混じりのため息を漏らすベルチャーナ。もちろん、事前に知っていたわけもない。
ただ——最近、似たような話を聞いただけだ。
どこかの誰かが、不死を実現する研究の一環として、幼い少女の肉体に不死の怪物の力を宿らせる人体実験を行った、という非道な話を。
同じように、この世界でも誰かが思ったのだろう。アンゴルモアを操作するアンゴルモアがいるのなら、その力を人間が掌握できれば、人間がアンゴルモアに怯える必要もなくなると。
どれだけその目的が崇高であっても、やはり、犠牲を強いる方法はベルチャーナにとって認めがたい。
ただ、偽神計画においては、その被験者はソニアと違い、否応なしに巻き込まれたわけではなかった。
「とはいえ女王核の移植は難航していたはずです。どうやって解決したのかまでは知りません。子どもでしたし、この辺りは黒神会じゃなく方舟側の都合でしたから」
「なるほど。黒神会の役割は?」
「人身御供。リーダーである花音様を差し出すことです——そしてあの人は、クイーンを、神をその身に宿すことで、位相固定波動覚醒者になろうとしていました」
「……そのイソウなんたらになると、どうなるというのだ」
「多くの同胞を次元上昇させるきっかけを得られます。花音様曰く、アンゴルモアによって命を摘まれることで波動空間に導かれるわけですが、やはりこれを死と同義だと見なして怯える者もいました。そこで花音様は、自らアンゴルモアになることで、怯える同胞をその手で救おうとしていました」
トビニシの口調は、無意識なのか、『花音様』に追従するようだった。一方レツェリは、呆れを隠そうともせず「ほう」とだけ返す。
自分が現実感のないことを言っている自覚はあるらしく、トビニシは自嘲めいたものを口元に浮かべる。
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