不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2部2章 堕落戦線

第139話 『神殺し』

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『不遜なり——』
「おおっと、お怒りか?」

 防御に大太刀を使わなかったことで、『星の意志』のカウンターはワンテンポ早く行われた。しかしそれもカナヒトは愛刀で凌ぎながら、後方へ下がって距離を取る。

「思った通りだ。いいか、あのバリアは完璧じゃねえ。どんな攻撃でも受けきれるって代物じゃなく……許容量が決まってんだ。今の一撃でもわずかに綻んだ。より強い一撃を加えれば、砕けるはずだ」
「なるほど——星の意志と言えど、ギフトに対して完璧に適応できたわけじゃない、か。……それに賭けるしかなさそうだな」
「より強い一撃たって、リーダーより強い攻撃なんてあたしもイドラもできないよ?」
「同時に行えばいい。俺とお前でバリアを砕いて、イドラが仕留める。このプランだ。異論は?」

 言いながら、カナヒトはイドラの方を向く。
 イドラは一呼吸の間だけ、考えを巡らせた。
 コンペンセイターは真正のギフトで、しかもレアリティ1。コピーギフトのスキルよりも大きな影響力を持つ能力を有している。だが一方で、火力という面ではさほど強力ではない。
 ならばバリアを破壊する役目には、やはり適任とは言い難い。
 火力が必要だと言うのなら、適しているのはカナヒトの灼熱月輪、セリカの烈日秋霜、それに今はこの場にいないソニアが持つワダツミ——その辺りの傑作コピーギフトだろう。

「異論はない。——案に乗ろう、リーダー」
「おいしいところを譲ってやるんだ、感謝しろよ」
「ちょっとリーダー。あたしの意見は訊いてくんないの?」
「なんだ芹香、お前は反対か?」
「いや、賛成っ!」
「……だったらいちいち口をはさむなよ」

 呆れ顔でカナヒトは刀を構える。イドラとセリカも、攻防に備えた。
 先の武器の掃射で周囲は荒れ果て、付近に立ち並ぶ廃ビルの外壁にはいくつも穴が出来てしまっている。武器そのものは射出されて役目を果たすと消えてしまうので、旧オフィス街はまるで紛争地域のような姿になり果てている。
 事実、これは紛争だった。文明の行く末を決める、人と神の。

「俺が正面から斬り込む。芹香は側方からカバー、イドラはさっきみたいに回り込め」

 了解、と二人の声が重なり、最後の攻勢を開始する。
 まっすぐに接近を試みるカナヒト。それを、

『小門・展開——四門』

 大小入り混じる、四本の剣が迎え撃つ。
 門の数は先ほどより大幅に減じてはいるが、そのぶん、射出までの時間が短かった。空間に極小の天の窓ポータルが開かれたかと思えば、すぐさまカナヒトに向かって四本すべてが放たれる。

「はぁッ!」

 一本を回避、一本を叩き落とし、返す一刀でもう一本も弾き返す。
 残る一本が頬をかすめた。鮮血が舞うも、迷いなき足取りは止まらない。
 カナヒトならば、百本の剣雨に見舞われようとも進むのをやめないだろう。そう信じているからこそ、セリカもイドラも、己の役割を遂行する。
 厄介なのは、『星の意志』が武器の射出頼りではなく、自身も大太刀を使いこなすという点だった。接近したとて、あの巨大な刀をかいくぐり、カナヒトとセリカで同時に攻撃を加えるというのは簡単ではない。

『なぜ抗う——どんな抵抗も無為、無意味、無駄である。大地の上に立つ者が、どうして大地そのものに勝ろうか?』
「意外とお喋りだな、星の意志。本当に無駄か試してみようじゃねえか!」

 上段から振り下ろす鋭い一刀。それを、『星の意志』は黒い大太刀で受け止める。
 側面から迫るセリカ。スキルはまだ使うな、というカナヒトの目くばせを受け、セリカはそのまま真っ赤な西洋剣を振り抜く。
 ガキン、という弾かれたような音。やはり対ギフトの防壁が機能している。

『小門・展開——十二門』

 さらには、カナヒトたちの攻防の間に背後へ回り込もうとするイドラを咎めるように、十二の武具が射出される。
 進行ルートを塞ぐ牽制射撃。イドラは方向転換を余儀なくされる。

「不意打ちは警戒されているみたいだ」
「そうか——だったら正面からでいい。仕掛けるぞ!」
「了解!」

 カナヒトはあえて『星の意志』の眼前に躍り出る。そして愛刀を大きく、最上段に構えた。
 無防備に思えるほどの予備動作。しかしゆえにこそ、その一刀が放たれた時の威力は絶大。
 とはいえ——その隙を『星の意志』が見逃すはずもなかった。無造作に振るわれた漆黒の一太刀が、呆気なくカナヒトの腹を裂く。
 だがそれまでだ。刀身は、数センチ腹部を裂いたところで止まる。

「カナヒトっ!」
「いくぞ芹香ッ、これで厄介な刀は封じた——伝熱ヒーティング!!」

 それは、対ギフトの防壁を頼りに自身での防御を捨てた『星の意志』とやっていることは同じだった。
 防御に割く行動を省き、攻撃にすべてを注ぐ。
 違いは、カナヒトには身を護る防壁などないということだけ。
 肉を切らせて骨を断つ。捨て身の一刀が、白熱する弧状の月輪が、神に等しい黄金の女へ迫る。

「リーダー——わかったよ……! 紅炎バーニングっ!!」

 それに合わせ、側面からさらに星の具現へと放たれる渾身の打突。
 地底世界の片隅にある、とある小村で生まれた男の天恵——プロミネンス。そこからほとんど劣化なく情報を抽出し、製造されたコピーギフト。
 セリカの手にある73号・烈日秋霜がその赤い刀身から激しく炎を噴き上げた。炎は渦を巻くようにしながら、刀身を覆うようにまとわりつく。触れるものすべてを灰さえ遺さず焼き尽くす、その火はまさしく太陽の紅炎。

「やあああぁぁ————っ!」

 傑作コピーギフトの二振りが、白い熱と赤い炎をそれぞれまとい、破滅的なエネルギーを以って『星の意志』を襲う。
 二つの刀剣は、その目標のわずか手前、『星の意志』を覆う半透明の防壁に激突し——
 けたたましい音を立てて、それを破砕した。

「壊した……!」

 ギフトに対する防御が消失する。カナヒトの見立て通り、『星の意志』のギフト・コピーギフトへの適応は完全ではなかった。

「今度こそ——」

 防壁を失い、無防備になった『星の意志』。そこへ、カナヒトたちの後ろから肉薄するイドラ。
『星の意志』は太刀を手元に引き戻そうとする。が、失敗した。
 カナヒトが黒い刀身を自らにぎり、動かなくしていたのだ。一歩間違えば指ごと切断されかねない危険な行動だったが——だからこそ確かに『星の意志』は虚を突かれ、驚愕を露わにするようなことこそなかったが、イドラへの対応を一瞬遅らせる。
 その一瞬が、イドラの刃を届かせた。

「はぁっ……!」

 ついにコンペンセイターの赤い刀身が、『星の意志』へ触れる。
 リーチを伸ばすため順手ににぎられたナイフ状の天恵が——地底より持ち込まれた異界の武器が、原初の人型に傷をつける。

(下がられた——ならば!)

 血は出ないにしろ、コンペンセイターの刃先は確かにその鎖骨の辺りに傷を与えた。だがダメージとしては浅手だ。『星の意志』は防壁が砕けるや否や、一歩後ろへ下がり、イドラたちから遠のいていた。
 ならば。
 さらに一歩、踏み込むまで!

「おおおおおおおおぉぉ——ッ!」

 姿勢を落とす。くるりと手の内で天恵を半回転させ、逆手に構える。
 ここを逃せば後はない。その思いで、イドラは強引に距離を縮める。
 時間が経てば先の防壁が復活するかもしれない。そしてその時、より強く適応した防壁は、カナヒトとセリカの一撃でも砕けないようになっているかもしれない。あるいはそれより先に、千を超える刃に全身を刻まれているかもしれない。
 長引けば長引くほど、勝利への目算は明瞭さを損なう。
 だから、千載一遇のこの機を。仲間が作ってくれた隙を活かしきる。

『不遜なり、不遜なり……! 人の見る夢、幻想に等しい地平の存在が——』
「わかる言葉で話せよ、神さまなら!」

 懐に入り込んでしまえば、敵が使う大太刀は長尺が過ぎる。対し、イドラの得物は取り回しのいいナイフだ。ゼロ距離に近いこの間合い、断然有利なのはイドラの方——!
 斬る。斬る。斬る。
 頼りの防壁を失えばギフトに対抗するすべはないのか、距離を取ろうとする『星の意志』。それを追い立て、息もつかせぬ猛攻を浴びせるイドラ。

(殺しきる——!)

 離れようとする黄金の髪の女。離れまいとする狩人。二者の姿は、ともすればダンスのようにも映るだろう。
 しかし舞踏も長くは続かない。有効な間合いに持ち込めないことにしびれを切らしたのか、『星の意志』はその大太刀を手放した。
 その代わりに今一度、彼女のそばに開く極小の天の窓ポータル
 超至近距離のこの間合いに対応した、なにか別の得物を手にするつもりだ。
 射出用ではないため、ポータルから現れたのは刃先ではなく柄の方。それを『星の意志』の細くしなやかな指が、絡みつくようにしてつかみ取る。

「——」

 今だ見えぬ武器の全貌。だがおそらく、引き抜きざまにイドラに向かって振るわれるだろう。
 それがわかっているからこそ、イドラは一瞬硬直した。攻めきりたいのはやまやまだが、敵の振り抜く武器がまるでわからない。
 短剣か直剣か曲刀か槍か、はたまた斧か、あえて再びの長剣ながものか。それとも意表を突く槌や鎌か。
『星の意志』に追いすがりながらの攻防を経たせいで、味方からもやや距離が空き、すぐさまの援護は期待できない。
 選択を誤れば、対処に失敗すれば死ぬ。
 ここで決めきりたい場面ではあるが、博打に出るのは悪手だろうか?
 ここは冷静に、一度後退して、改めて味方と連携しながら攻め込むべきか?

『ア、ァ』
「————?」

 思考が結論を出すより先に、イドラはかすかな疑問に眉をひそめる。
『星の意志』が動きを止めている。柄をつかみ取ったはずの手は静止し——引き抜く前に天の窓ポータルは閉じてしまった。結果、中途半端に引き出された正体不明のその武器は、ポータルの閉塞に巻き込まれ柄のところでポキンと折れて切断される。

「なん、だ?」

 イドラは困惑した。まるで電源の落ちてしまった機械のようだったが、地底世界の住民であるイドラにそのような形容は思い浮かばなかった。
 そして、ずるりと。
 重力に引かれる自然の現象として、『星の意志』の頭部が滑り落ちた。

「——死んだ、のか? 一体どうして……」

 うっすらと埃の積もったアスファルトに落ちたその生首は、生気——もとよりそうと呼べるものが宿っていたかは怪しいが——を完全に失っている。黄金の髪はべったりと地面に乱れて広がり、その瞳も光を欠いた。
 だが、光背は健在。首から上を失いながらもその場に佇む肢体は、まだ神聖さを帯びた黄金の輝きを放っている。

『——つながった……! 聞こえるか、みんな!』
「先生?」

 突如、耳元の通信機コミュニケーターからウラシマの声が届く。

『イドラ君、よかった、無事だったんだね。通信妨害らしきものがあったけれど——それが消えたということは、星の意志は?』
「それが、いきなり首が落ちて——」
『倒した、ということ?』
「——僕にもよくわからないんです。一体、なにが起きたのか……」

 答えが出ないまま、カナヒトとセリカが駆け寄ってくる。
『星の意志』の首は確かに落ちて、今もそこに転がっている。無線が再度つながるようになったのも、おそらくはその影響だろう。
 ならば『星の意志』は死んだのだろうか?
 だがイドラはなにもしていない。ダメージは与えていたものの、最後、『星の意志』はまだ反撃を試みようとしていた。にもかかわらず、突如としてその首を——

「首——」

 ふとイドラは、地面に落ちた頭部ではなく、残った体の方に目を向けた。
 ……未だ輝くその体躯。
 死んでいるのに?
 首の断面は真っ白く、血はまったく通っていないようで、人間とはまるで体の作りが異なった。
 だが、その断面の切り口。
 どんな刃物よりも鋭い剣で斬られたような、空間そのものを断裂させたようなその有様は、イドラには見覚えがあった。
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