不死殺しのイドラ

彗星無視

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最終章 忘れじの記憶

第147話 『行方知れずの恋』

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 畢竟ひっきょう真に恐ろしいのは『星の意志』から継いだ力ではなく、変わらずあの眼窩に収まる赤い眼だった。
 地底においては、マイナスナイフにより、同じように空間に作用する能力を使うことで上回ることができた。しかし『順化』により、マイナスナイフはコンペンセイターと色を変え——イドラもまた、不死殺しではなく『片月』の狩人となった。
 状況は常に移ろい、万物は変わりゆく。
 失ったものと、新たに得たもの。今の自分にしかできない方法で、あの眼を攻略する。
 イドラが決意を固めるのと同時に、救急車両が到着する。中から数名の人員が現れ、カナヒトを担架に乗せて車に運んだ。
 今回の作戦のために編成された、医療部の者たちで構成された医療チームだ。
 拾い上げた腹部の欠片を渡し、イドラとセリカは走り去っていく車両を見送る。臨時司令部の野戦病院まで運ばれるのだろう。

「あとは、彼らに任せるしかないな……。僕たちも司令部に戻らないと」
「せっかく『星の意志』を倒せたのに、結局あの目ん玉オトコに全部奪われちゃって……あたし、悔しいよ。『鳴箭めいせん』やほかのチームのみんなに合わせる顔がないや」
「僕もレツェリをもっと警戒しておくべきだった。ベルチャーナがいた時点で、あいつが出てくるのもわかってたはずなのに。しかし『星の意志』の力を奪うだなんて、どこであいつはそんな方法を知ったんだ……?」

 イドラの頭の中に、出撃前にヤナギが告げた言葉がよぎる。
——『偽神計画』。
 二十七年前の、秘密裏に行われ、そして失敗した計画。楽園を造る試み。
 ヤナギの手によって頓挫したはずのそれが、いささか形を変えながらも、レツェリによって実現しようとしていた。
 死した計画さえ掘り起こす、レツェリの強い意志——
 それとも、数多の人間を狂わせ、その様を愉しんだケイカノンの導き。
 ともすればあるいは、繁栄を棄ててでも安寧を望んだ、方舟の前所長・松田信昭まつだのぶあきの執念か。
 経緯はどうあれ、レツェリは強大な力を手にした。人体実験さえ辞さないあの男が、それを使ってなにもしないわけがない。

(世界の変革……あいつはそう言っていた)

 未だ、その目的は見えず。
 しかしながら、糸を手繰ればいずれ端にたどり着くように、再戦は予期された出来事だ。
 その時なにかしらの対策を講じねば、イドラは簡単になますにされておしまいだろう。
 鍵になるものがあるとすれば、この赤い天恵、そしていつも傍らにいてくれる——
 
「イドラさんっ!」
「ん? ソニア……! よかった、無事だったんだな」

 ソニアのことを考えた途端、思いが通じたわけでもないだろうが、道の先からぱたぱたとソニアが駆け寄ってくる。

「は、はい。あの、今そこで、搬送の車両とすれ違って……それでわたし、心配になって」

 目立った外傷こそなかったが、ソニアも疲労が色濃く、ベルチャーナとの戦闘の激しさを物語っている。
 詳しい顛末は後で聞くつもりだったが、ミロウに並ぶほどのエクソシストであるベルチャーナを倒したのであれば、ソニアの実力は並大抵ではない。
 だがそれでも、とイドラは思う。

「運ばれたのはカナヒトだ。『星の意志』の力を継いだレツェリのやつにやられた。相当な負傷だが……まだ死ぬと決まったわけじゃない」
「え? レ、レツェリさん? 『星の意志』の力を継いだ……?」

 コンペンセイター。それによる補整。
 それから、ウラシマとの訓練を通し、ワダツミの扱いを上達させたソニア。
 だがそれでも——おそらく、まだ届かない。
 バケモンと評したカナヒトはまったく正確だ。ただでさえ手の付けられない眼球の天恵に加え、レツェリは『星の意志』の力までいくらか行使できている。
 ゆえに、あと一ピース。
 イドラがあらゆる代償を支払うのは当然として。コンペンセイター、ソニア、それからなにかもう一つ。
 テーブルに置くチップがあと一枚あれば、少なくとも、賭けの勝算は皆無ではなくなる。勝ちの目が生まれる。

「戻りながら状況を説明する。ただ、先に結論を言っておくと……レツェリのやつを倒すのは、やっぱり僕らの役目みたいだ」

 カナヒトが託した通り。極小でも可能性を生み出せるのは、かつて地底でレツェリを打倒したふたりだけだろう。
 ウラシマが本調子であればそれもまた違ってきたかもしれないが、言っても仕方のないことだ。それにワダツミがひと振りしかない以上、愛刀を彼女に返還すれば、ソニアの戦力が減じることになる。痛し痒しというやつだ。
 イドラたちは疲労を押して、臨時司令部へと戻る。
 道のりは遠かったが、途中でウラシマが座標を送信し、迎えの車両を寄こしてくれた。

 *

「そうか、ベルチャーナはその後消息不明なんだな」
「はい。傷も深いですし……窓から飛び出ていったあと、どうなったのか……」
「心配だな。なんとか、無事だといいが」

 臨時司令部の付近に到着し、一行は運転手に礼を言って車両を下りる。
 結局、ベルチャーナがどうしてイドラたちと敵対するような行動を取ったのか、その真意を——恋心を、イドラは知らないままだ。
 ただとにかく、和解が果たされたということだけはソニアから聞き、その点については安堵する。
 臨時司令部に隣接する野戦病院では、何人もの負傷者が集まっていた。そこには簡易的なベッドがいくつも並び、奥に設けられた手術室では今まさにカナヒトの処置が行われているらしい。

「ずいぶん深手を負ったそうじゃが、あいつは殺しても死なんようなやつじゃ。それに方舟の医療部の腕は一級品、きっと助かるだろうて」

 そうイドラを励ますように——もしくは自らに言い聞かせるように、タカモトは言う。
『鳴箭』の面々は幸い全員無事だったらしく、軽い手当を受けていたところだった。そこへカナヒトの様子が気になって訪れたイドラたちと鉢合わせたのだ。

「私たちは強いからなんとかなりましたけどぉ。実際、ほかのチームは結構危ないところだったみたいですよ」

 特徴的な赤い大鎌、49号・千手刈手せんじゅがいしゅの刃を床にあてがって、柄にもたれかかりながらミナがそう口にする。タカモトと隣のタカヤには軽傷が見受けられたが、ミナは傷ひとつなかった。

「それは、死傷者が出たっていうことですか……?」

 ソニアが声を抑えながらおずおずと訊くと、ミナは返答が面倒だから代わりに言ってやれ、とばかりに隣のタカヤに目くばせする。
 タカヤは「ごめんなぁ、相変わらず態度悪い子で」と両手を合わせ、ソニアに軽く断りを入れる。すると怒ったミナに脛を蹴られてもだえ苦しんだ。

「おいおい、病院の中で怪我人を増やすつもりか?」
「ふんっ。増えてませんよぉ、元から怪我してたんですから。今さら脛にアザくらいできたって同じでしょ?」
「確かにそれもそうか……」
「待ってやイドラクン、そこ納得せんといてくれるかぁ——!?」

 脛を抑え、よろよろと立ち上がるタカヤ。
 しばらくして落ち着いたところで、先ほどのソニアの質問に答えた。

「負傷者は何人かおるけど、死ぬくらいの怪我人は出とらん。なんでも、青っぽい髪の女の子が助勢してくれた、って言ってるチームがいくつかあるみたいや」
「それって——」

 イドラとソニアは顔を見合わせる。
 青みがかった——
 浅葱色の、髪の少女。

「心当たりがあるみたいやね。やっぱり、クイーンの時に割って入ってきたあの女の子か」
「ベルチャーナ……その助けてくれた少女は、今どこにいるんだ?」
「わからんなぁ。ほかの人に聞いても同じやと思うで、アンゴルモアを倒したらすぐどっか行ったみたいやから。結構な負傷もしてたって話やし」
「そう、か」
「ベルチャーナさん……」

 結局のところ、ベルチャーナの安否や所在はわからないままだ。ソニアは眉尻を下げ、思いをはせるように目をつむる。
 ベルチャーナには、ソニアの水流居合で受けた決して軽くない傷がある。その状態で戦場を駆けまわり、アンゴルモアと交戦するいくつかのチームを助けたのだ。
 無事である可能性は限りなく低い。
 だがイドラとソニアには、無事を信じるほかなかった。
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