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第18話 会長と頼寿と覚悟の夜
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「今夜、旦那が部屋に寄るそうだ。最近は忙しかったからゆっくり泊まってくってよ」
咥え煙草の頼寿からその報せを聞いた時、俺はいよいよくるべき時がきたと覚悟した。
頼寿と俺のこと。会長と俺のこと。今こそ話さなければならないことはたくさんある。
「……ケジメは付けないと。お世話になって、ていうか今も世話になってんだし」
独り言のつもりでモゴモゴと呟いたら、頼寿が紫煙を吐いて薄く笑った。
「旦那に言いたいんだろ。構わねえけど、そんな重く考えないでいいって前も言ったろ」
「か、考えずにいられないってば。会長に命を救われて、会長のお金で自由に暮らしてるのに、……隠し事してるなんて」
「真面目だなぁ、タマちゃんは」
「普通の感覚だと思うけどっ? ……いや、普通ならお前とこうなる前に会長に打ち明けてるか」
自己嫌悪でどんよりしてしまい、頼寿に淹れてもらった紅茶にも口を付けられないままだ。すっかり覚めてしまった甘い紅茶には、罪悪感と不安で最悪な顔になった俺が映っている。
頼寿が煙草を消して、冷蔵庫を開けた。
「まあ、今夜は久々に旦那と飯だ。ちゃんと風呂入って、服もいいのに着替えろよ」
*
そんなこんなで午後九時、心の準備も完全にできていないまま三上会長がマンションへ来てしまった。
「久しぶりだ玉雪! 会いたかったぞ!」
玄関先での熱烈なハグも、今では会長のお決まりの挨拶。俺の顔を見て嬉しそうに笑う会長は出会った時と何も変わっていないのに、俺の方は随分と変わった。良い方にも、悪い方にも。
「お久しぶりです旦那。晩飯の支度もできてますが、先に飯にしますか?」
「おお、頼寿! 毎日ありがとう。空腹で堪らないが、まずは一息つかせてくれ」
おいで玉雪、と、会長が俺の手を握ってリビングに続く廊下をゆったりと歩く。
この大きな手と背中が大好きなのは今でも変わらない。──頼寿とのことを言って、もしも会長に、ほんの少しでも悲しそうな顔をさせてしまったらどうしよう。
「玉雪、土産にロイヤルプリンケーキを買ってきたぞ。食後のデザートだな」
だけど、悲しませたくないから嘘をつくとか、隠したまま過ごすというのは絶対にしてはいけないことだ。会長に嫌われたくないけれど、もしもこのことで何らかの対処をされるとしても……ちゃんと受け入れないと。
「どうした、浮かない顔だな」
「え? あっ、違くて……ちょっと考え事を。三上会長、秋津グループとのことはもう大丈夫ですか?」
「ああ、何も心配はいらないぞ! 双方納得いく形で契約を結んで、全てが順調だ」
「良かった……」
ダイニングテーブルには頼寿が作った料理が乗っている。今夜のメニューはスペイン料理で、メインはパエリアとサルスエラ。サラダは俺が盛り付けをしただけあって、ミニトマトの配置バランスがすこぶる悪い。
「暑かったでしょ、楽な服に着替えてくださいね」
「ありがとう玉雪」
常備している会長の部屋着を持って行くと、会長がその場でスーツを脱ぎ始めた。脱いだそれらは頼寿が拾い、洗濯物入れ──ではなくクリーニングに持っていくため俺達の服とは別にしておく。
──いつ切り出そうか。やっぱり食事中か、食後か。
「じゃあ、食事を頂こうか」
咥え煙草の頼寿からその報せを聞いた時、俺はいよいよくるべき時がきたと覚悟した。
頼寿と俺のこと。会長と俺のこと。今こそ話さなければならないことはたくさんある。
「……ケジメは付けないと。お世話になって、ていうか今も世話になってんだし」
独り言のつもりでモゴモゴと呟いたら、頼寿が紫煙を吐いて薄く笑った。
「旦那に言いたいんだろ。構わねえけど、そんな重く考えないでいいって前も言ったろ」
「か、考えずにいられないってば。会長に命を救われて、会長のお金で自由に暮らしてるのに、……隠し事してるなんて」
「真面目だなぁ、タマちゃんは」
「普通の感覚だと思うけどっ? ……いや、普通ならお前とこうなる前に会長に打ち明けてるか」
自己嫌悪でどんよりしてしまい、頼寿に淹れてもらった紅茶にも口を付けられないままだ。すっかり覚めてしまった甘い紅茶には、罪悪感と不安で最悪な顔になった俺が映っている。
頼寿が煙草を消して、冷蔵庫を開けた。
「まあ、今夜は久々に旦那と飯だ。ちゃんと風呂入って、服もいいのに着替えろよ」
*
そんなこんなで午後九時、心の準備も完全にできていないまま三上会長がマンションへ来てしまった。
「久しぶりだ玉雪! 会いたかったぞ!」
玄関先での熱烈なハグも、今では会長のお決まりの挨拶。俺の顔を見て嬉しそうに笑う会長は出会った時と何も変わっていないのに、俺の方は随分と変わった。良い方にも、悪い方にも。
「お久しぶりです旦那。晩飯の支度もできてますが、先に飯にしますか?」
「おお、頼寿! 毎日ありがとう。空腹で堪らないが、まずは一息つかせてくれ」
おいで玉雪、と、会長が俺の手を握ってリビングに続く廊下をゆったりと歩く。
この大きな手と背中が大好きなのは今でも変わらない。──頼寿とのことを言って、もしも会長に、ほんの少しでも悲しそうな顔をさせてしまったらどうしよう。
「玉雪、土産にロイヤルプリンケーキを買ってきたぞ。食後のデザートだな」
だけど、悲しませたくないから嘘をつくとか、隠したまま過ごすというのは絶対にしてはいけないことだ。会長に嫌われたくないけれど、もしもこのことで何らかの対処をされるとしても……ちゃんと受け入れないと。
「どうした、浮かない顔だな」
「え? あっ、違くて……ちょっと考え事を。三上会長、秋津グループとのことはもう大丈夫ですか?」
「ああ、何も心配はいらないぞ! 双方納得いく形で契約を結んで、全てが順調だ」
「良かった……」
ダイニングテーブルには頼寿が作った料理が乗っている。今夜のメニューはスペイン料理で、メインはパエリアとサルスエラ。サラダは俺が盛り付けをしただけあって、ミニトマトの配置バランスがすこぶる悪い。
「暑かったでしょ、楽な服に着替えてくださいね」
「ありがとう玉雪」
常備している会長の部屋着を持って行くと、会長がその場でスーツを脱ぎ始めた。脱いだそれらは頼寿が拾い、洗濯物入れ──ではなくクリーニングに持っていくため俺達の服とは別にしておく。
──いつ切り出そうか。やっぱり食事中か、食後か。
「じゃあ、食事を頂こうか」
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