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ラッキーな一日
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智樹と彩葉が二階から降りてくると、梨花が玄関で靴を履いているところにでくわした。
「ごめん、ちょっと呼び出されちゃったから帰るね。また近いうちに来るから。じゃあね」
慌ただしく扉を開けて出ていく梨花の後ろ姿を見送りながら、彩葉がフンと鼻を鳴らす。
「二度と来なくていいっつーの」
そう呟いてから、彩葉は智樹を一階のリビングの方へ連れて行った。
和葉が淹れてくれたお茶を飲みながら、三人で同居生活のルールや入居日の確認をする。
ある程度話がまとまったところで、智樹はお暇することにした。
「今日はありがとうございました」
玄関で頭を下げる智樹の隣で、彩葉も靴を履く。
「俺、智樹を駅まで送ってくる」
という彩葉の申し出に
「えっ、そんな……わざわざ悪いよ」
と遠慮したが
「まだ道を覚えてないだろうから、一緒に行った方がいいよ」
と和葉にも言われて、送ってもらうことになった。
駅までの道のりを歩きながら、気になっていたことを尋ねてみる。
「あのさ、今までの同居人達にも、入居前にゲイだってことをカミングアウトしたの?」
「もちろんしたよ。後から分かって揉めるのは嫌だったし、今までに部屋を貸した人達はみんな田中さんが紹介してくれた人達だったから、カミングアウトしても大丈夫だろうなっていう安心感もあったし。そういえばさ、田中さんが言ってたよ。『智樹は運が悪くて仕事が続かないけど、誰よりも信用できる奴だから』って。智樹と田中さんって、仲良いんだね」
田中と智樹は学生時代からの友人で、かれこれ十年以上の付き合いがある。
「田中とは高校の頃からの付き合いだからね。まぁ、仲はいい方だと思うけど、そんなにしょっちゅう会ってるわけじゃないよ。今は二、三ヶ月にいっぺん飲みに行くくらいかなぁ。彩葉はどこで田中と知り合ったの?」
智樹の質問に、彩葉はちょっと間を置いてから答えた。
「田中さんとは仕事関係で知り合って……それよりさ、田中さんが言ってた『運が悪くて仕事が続かない』ってどういうこと?」
話をはぐらかされたような気もしたが、本人が話したがらないことを無理に聞き出すようなことはしたくない。
智樹は、彩葉に聞かれたことについて話すことにした。
「運が悪いっていうか……僕に見る目が無かっただけだと思うんだけど、就職した会社がことごとく潰れちゃったんだよね。今までに職場を三回変わったけど、どこも数年以内に倒産しちゃって……」
説明しながら、言わない方が良かったんじゃないかと後悔した。
三回目の就職活動をしていた時、過去の職歴を問われて二社とも倒産したという話をしたら、『君、縁起が悪いね』などと疫病神扱いされたことを思い出す。
彩葉にもそう思われて、家政夫として雇ってもらう話が流れてしまっては困る。
そんなことを考えながら彩葉の顔色を窺うと、彼は憂いを秘めた目で智樹を見つめていた。
「凄いね。それだけ不運が続いたのに、誰かを責めるんじゃなくて、自分に見る目が無かっただけだって思えるなんて」
「だって、その会社の採用試験を受けたのも、そこで働くことを決めたのも自分だし……そもそも、僕にもっと能力があれば違う会社に採用してもらうことだって出来たわけだから、誰かのせいになんて出来ないよ」
「それでも、嫌なことがあったら責任転嫁したくなるものじゃない?」
「そりゃまぁ……僕だってそういう気持ちになることはあるよ。でも結局、そんなふうに他の誰かや何かのせいにして自分を慰めても、何一つ解決しないなって思うんだよね。上手くいかないことばかりで嫌になる日もあるけど……歯を食いしばって頑張ってたら、今日みたいに良いことだってあるわけだし」
智樹の言葉に、彩葉が足を止める。
「良いこと? 今日、良いことなんてあった?」
智樹も足を止めて答える。
「うん、たくさんあったよ。まずは、ナポリタンとホットサンドをご馳走してもらえただろ? それから、新しい仕事と引っ越し先がいっぺんに決まった。めちゃくちゃラッキーな一日だったよ」
彩葉は、智樹の顔を見つめたまま目を瞬いた。
それから、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「いいね。俺、智樹みたいに前向きな人、すげー好きかも」
好きという一言に、智樹の心臓が跳ねる。
落ち着け、別に深い意味なんてない。
ただ単に、人として好ましいってだけのことだ。
そう自分に言い聞かせながら、智樹はぎこちない笑みを浮かべた。
「顔、真っ赤だよ。照れてんの?」
彩葉に言われて、智樹は顔を背ける。
「照れてない」
「耳まで赤いじゃん」
「今日、暑いから」
「ふーん」
それ以上は、何も言ってこなかった。
彩葉が再び歩き出したので、智樹も後を追う。
しばらく無言で歩くうちに、駅前の商店街にたどり着いた。
「ここまで来れば大丈夫。送ってくれてありがとう」
智樹がお礼を言うと、振り向いた彩葉はちょっと寂しそうな顔をした。
その表情に、鼓動が速くなる。
「じゃあ、またね」
手を振る彩葉に
「うん。それじゃ、また」
と智樹も手を振り返す。
何歩か足を進めてから振り返ると、彩葉はまださっきと同じ場所にいて、こちらを見ていた。
大きく手を振ると、嬉しそうに両手を振って応えてくれる。
可愛いな。
そう思ってしまった自分自身に戸惑いながら、智樹は踵を返して駅の改札へと向かった。
「ごめん、ちょっと呼び出されちゃったから帰るね。また近いうちに来るから。じゃあね」
慌ただしく扉を開けて出ていく梨花の後ろ姿を見送りながら、彩葉がフンと鼻を鳴らす。
「二度と来なくていいっつーの」
そう呟いてから、彩葉は智樹を一階のリビングの方へ連れて行った。
和葉が淹れてくれたお茶を飲みながら、三人で同居生活のルールや入居日の確認をする。
ある程度話がまとまったところで、智樹はお暇することにした。
「今日はありがとうございました」
玄関で頭を下げる智樹の隣で、彩葉も靴を履く。
「俺、智樹を駅まで送ってくる」
という彩葉の申し出に
「えっ、そんな……わざわざ悪いよ」
と遠慮したが
「まだ道を覚えてないだろうから、一緒に行った方がいいよ」
と和葉にも言われて、送ってもらうことになった。
駅までの道のりを歩きながら、気になっていたことを尋ねてみる。
「あのさ、今までの同居人達にも、入居前にゲイだってことをカミングアウトしたの?」
「もちろんしたよ。後から分かって揉めるのは嫌だったし、今までに部屋を貸した人達はみんな田中さんが紹介してくれた人達だったから、カミングアウトしても大丈夫だろうなっていう安心感もあったし。そういえばさ、田中さんが言ってたよ。『智樹は運が悪くて仕事が続かないけど、誰よりも信用できる奴だから』って。智樹と田中さんって、仲良いんだね」
田中と智樹は学生時代からの友人で、かれこれ十年以上の付き合いがある。
「田中とは高校の頃からの付き合いだからね。まぁ、仲はいい方だと思うけど、そんなにしょっちゅう会ってるわけじゃないよ。今は二、三ヶ月にいっぺん飲みに行くくらいかなぁ。彩葉はどこで田中と知り合ったの?」
智樹の質問に、彩葉はちょっと間を置いてから答えた。
「田中さんとは仕事関係で知り合って……それよりさ、田中さんが言ってた『運が悪くて仕事が続かない』ってどういうこと?」
話をはぐらかされたような気もしたが、本人が話したがらないことを無理に聞き出すようなことはしたくない。
智樹は、彩葉に聞かれたことについて話すことにした。
「運が悪いっていうか……僕に見る目が無かっただけだと思うんだけど、就職した会社がことごとく潰れちゃったんだよね。今までに職場を三回変わったけど、どこも数年以内に倒産しちゃって……」
説明しながら、言わない方が良かったんじゃないかと後悔した。
三回目の就職活動をしていた時、過去の職歴を問われて二社とも倒産したという話をしたら、『君、縁起が悪いね』などと疫病神扱いされたことを思い出す。
彩葉にもそう思われて、家政夫として雇ってもらう話が流れてしまっては困る。
そんなことを考えながら彩葉の顔色を窺うと、彼は憂いを秘めた目で智樹を見つめていた。
「凄いね。それだけ不運が続いたのに、誰かを責めるんじゃなくて、自分に見る目が無かっただけだって思えるなんて」
「だって、その会社の採用試験を受けたのも、そこで働くことを決めたのも自分だし……そもそも、僕にもっと能力があれば違う会社に採用してもらうことだって出来たわけだから、誰かのせいになんて出来ないよ」
「それでも、嫌なことがあったら責任転嫁したくなるものじゃない?」
「そりゃまぁ……僕だってそういう気持ちになることはあるよ。でも結局、そんなふうに他の誰かや何かのせいにして自分を慰めても、何一つ解決しないなって思うんだよね。上手くいかないことばかりで嫌になる日もあるけど……歯を食いしばって頑張ってたら、今日みたいに良いことだってあるわけだし」
智樹の言葉に、彩葉が足を止める。
「良いこと? 今日、良いことなんてあった?」
智樹も足を止めて答える。
「うん、たくさんあったよ。まずは、ナポリタンとホットサンドをご馳走してもらえただろ? それから、新しい仕事と引っ越し先がいっぺんに決まった。めちゃくちゃラッキーな一日だったよ」
彩葉は、智樹の顔を見つめたまま目を瞬いた。
それから、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「いいね。俺、智樹みたいに前向きな人、すげー好きかも」
好きという一言に、智樹の心臓が跳ねる。
落ち着け、別に深い意味なんてない。
ただ単に、人として好ましいってだけのことだ。
そう自分に言い聞かせながら、智樹はぎこちない笑みを浮かべた。
「顔、真っ赤だよ。照れてんの?」
彩葉に言われて、智樹は顔を背ける。
「照れてない」
「耳まで赤いじゃん」
「今日、暑いから」
「ふーん」
それ以上は、何も言ってこなかった。
彩葉が再び歩き出したので、智樹も後を追う。
しばらく無言で歩くうちに、駅前の商店街にたどり着いた。
「ここまで来れば大丈夫。送ってくれてありがとう」
智樹がお礼を言うと、振り向いた彩葉はちょっと寂しそうな顔をした。
その表情に、鼓動が速くなる。
「じゃあ、またね」
手を振る彩葉に
「うん。それじゃ、また」
と智樹も手を振り返す。
何歩か足を進めてから振り返ると、彩葉はまださっきと同じ場所にいて、こちらを見ていた。
大きく手を振ると、嬉しそうに両手を振って応えてくれる。
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