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シトラスの香り
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住み込み家政夫として働き始めた智樹は、あまりにもだらしない彩葉の生活態度に愕然とした。
リビングや水回りなどは普段から和葉が掃除してくれているようで、割と小綺麗にしてある。
だが、彩葉の居室に一歩足を踏み入れると酷いありさまだった。散らかり放題で、足の踏み場もないのだ。
服は脱ぎっぱなし、物は出しっぱなしで、パソコンが置かれたデスクの上にはペットボトルやビールの空き缶がいくつも並び、本や雑誌はあちこちに散乱している。
食生活も偏っており、和葉が夜勤で家にいない時などは、スナック菓子を夕飯代わりにすることもあるのだとか。
極度の面倒くさがり屋で、料理も掃除も大嫌い。
部屋は汚くても平気なくせに、なぜか自分の体は清潔に保ちたいようで、一日二回はシャワーを浴びている。
潔癖なんだか不潔なんだか、よく分からない。
鈴木家に引っ越してきた翌日、智樹は彩葉の部屋へ乗り込んで苦言を呈した。
「せっかく朝晩シャワーを浴びて体を綺麗にしても、こんなに汚い部屋で生活してたら台無しだよ。とにかく部屋を片付けて、掃除機をかけよう。それから布団を干して、いらないものは全部処分して……寝具のカバー類も洗濯しちゃいたいから、はがすのを手伝ってくれる? あと、これからは僕が食事の用意をするから、残さずきちんと食べるように」
智樹は、話しながら床に脱ぎ捨てられた服を拾い集めていく。
その横で、不貞腐れた顔の彩葉が不満そうにぼやく。
「俺の部屋なんだから、散らかってたって別にいいじゃん」
「こんな環境で生活してたら体壊すよ。ほら、いいから早く手伝って!」
彩葉は大きなため息を吐くと、面倒くさそうに枕カバーやシーツをはがし始めた。
「なんか智樹って、お母さんみたいだね」
「よく言われる。学生時代のあだ名は『オカン』だったし」
智樹の返事に、彩葉が笑い出す。
「ピッタリじゃん。昔から世話焼きだったんだ」
「世話焼きっていうか、お節介っていうか……今思うと、周りの奴らにとっては迷惑だったのかも」
過去の自分の言動を振り返ると、頼まれてもいないのに手伝いを買って出たり、先回りして仕事を済ませておいたりと、面倒見がいいというよりは余計なお世話だったのではないかという気がして、少し恥ずかしくなる。
昔を思い出して自己嫌悪に陥っていると、近寄ってきた彩葉が智樹の頬を指先でグイッとつまんだ。
「痛っ、何するんだよ!」
「智樹ってさ、思ってることが顔に出やすいよね」
「え? そうかなぁ。そんなことないと思うけど」
「そんなことあるよ。今だって、“落ち込んでます”って顔に書いてある」
「別に落ち込んでないよ。昔のことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなっただけ」
「恥ずかしくなって、気持ちが沈んじゃったんでしょ? 落ち込んでるってことじゃん」
「違うってば」
ムキになって言い返す智樹の頬を、再び彩葉がギュッとつかむ。
「だからそれ、やめろって!」
「だって、反応が子供みたいで面白いんだもん。智樹って、年上のくせに可愛いよね」
可愛いのは彩葉の方だろ。
そんな言葉が、思わず口からこぼれそうになる。
慌てて言葉を飲み込んだが、動揺を隠しきれず、智樹は顔を赤らめた。
どうしよう。
これじゃまるで、可愛いって言われたことに照れてる奴みたいで、めちゃくちゃ気まずい。
今すぐ、この場から立ち去りたい。
智樹は彩葉に背を向け、先ほど拾い集めた衣類をひとまとめにして両腕に抱えた。
「洗濯してくる」
そう言い残して、急いで部屋を出る。
階段を駆け降り、洗面所に置かれた洗濯機に服を放り込みながら、大きく息をついた。
洗剤を取り出そうと吊り棚に手を伸ばしたところへ、シーツや布団カバーを持った彩葉がやってくる。
「これも一緒に洗ってよ」
智樹は洗剤を手に取った後、差し出された寝具を受け取った。
「あっ、洗剤と一緒に柔軟剤も入れてくれない? 俺、この匂い好きなんだよね」
棚から柔軟剤を取ろうと、彩葉が身を乗り出した。
狭い洗面所の中で二人の距離が近付き、彩葉の髪から漂うシトラスの香りが、智樹の鼻先をかすめる。
どうしてだろう。
彩葉といると、やけに落ち着かない気持ちになる。
胸の奥が、甘く疼く。
これは、恋なのだろうか。
同性を、しかも出会ったばかりの相手を好きになったことなんて、今まで一度もなかったのに。
それに、彩葉には好きな人がいて、他の男には興味が無いと言っていた。
だから、もしこの気持ちが恋だったとしても、叶う望みなどない。
黙って考え込んでいる智樹に、彩葉が声をかける。
「それじゃ俺、先に戻って片付けの続きしとくね。洗濯機回したら智樹も手伝いに来て」
柔軟剤を洗濯機の上に置き、彩葉は洗面所を後にした。
シトラスの残り香に包まれながら、智樹はしばらくその場に立ち尽くしていた。
リビングや水回りなどは普段から和葉が掃除してくれているようで、割と小綺麗にしてある。
だが、彩葉の居室に一歩足を踏み入れると酷いありさまだった。散らかり放題で、足の踏み場もないのだ。
服は脱ぎっぱなし、物は出しっぱなしで、パソコンが置かれたデスクの上にはペットボトルやビールの空き缶がいくつも並び、本や雑誌はあちこちに散乱している。
食生活も偏っており、和葉が夜勤で家にいない時などは、スナック菓子を夕飯代わりにすることもあるのだとか。
極度の面倒くさがり屋で、料理も掃除も大嫌い。
部屋は汚くても平気なくせに、なぜか自分の体は清潔に保ちたいようで、一日二回はシャワーを浴びている。
潔癖なんだか不潔なんだか、よく分からない。
鈴木家に引っ越してきた翌日、智樹は彩葉の部屋へ乗り込んで苦言を呈した。
「せっかく朝晩シャワーを浴びて体を綺麗にしても、こんなに汚い部屋で生活してたら台無しだよ。とにかく部屋を片付けて、掃除機をかけよう。それから布団を干して、いらないものは全部処分して……寝具のカバー類も洗濯しちゃいたいから、はがすのを手伝ってくれる? あと、これからは僕が食事の用意をするから、残さずきちんと食べるように」
智樹は、話しながら床に脱ぎ捨てられた服を拾い集めていく。
その横で、不貞腐れた顔の彩葉が不満そうにぼやく。
「俺の部屋なんだから、散らかってたって別にいいじゃん」
「こんな環境で生活してたら体壊すよ。ほら、いいから早く手伝って!」
彩葉は大きなため息を吐くと、面倒くさそうに枕カバーやシーツをはがし始めた。
「なんか智樹って、お母さんみたいだね」
「よく言われる。学生時代のあだ名は『オカン』だったし」
智樹の返事に、彩葉が笑い出す。
「ピッタリじゃん。昔から世話焼きだったんだ」
「世話焼きっていうか、お節介っていうか……今思うと、周りの奴らにとっては迷惑だったのかも」
過去の自分の言動を振り返ると、頼まれてもいないのに手伝いを買って出たり、先回りして仕事を済ませておいたりと、面倒見がいいというよりは余計なお世話だったのではないかという気がして、少し恥ずかしくなる。
昔を思い出して自己嫌悪に陥っていると、近寄ってきた彩葉が智樹の頬を指先でグイッとつまんだ。
「痛っ、何するんだよ!」
「智樹ってさ、思ってることが顔に出やすいよね」
「え? そうかなぁ。そんなことないと思うけど」
「そんなことあるよ。今だって、“落ち込んでます”って顔に書いてある」
「別に落ち込んでないよ。昔のことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなっただけ」
「恥ずかしくなって、気持ちが沈んじゃったんでしょ? 落ち込んでるってことじゃん」
「違うってば」
ムキになって言い返す智樹の頬を、再び彩葉がギュッとつかむ。
「だからそれ、やめろって!」
「だって、反応が子供みたいで面白いんだもん。智樹って、年上のくせに可愛いよね」
可愛いのは彩葉の方だろ。
そんな言葉が、思わず口からこぼれそうになる。
慌てて言葉を飲み込んだが、動揺を隠しきれず、智樹は顔を赤らめた。
どうしよう。
これじゃまるで、可愛いって言われたことに照れてる奴みたいで、めちゃくちゃ気まずい。
今すぐ、この場から立ち去りたい。
智樹は彩葉に背を向け、先ほど拾い集めた衣類をひとまとめにして両腕に抱えた。
「洗濯してくる」
そう言い残して、急いで部屋を出る。
階段を駆け降り、洗面所に置かれた洗濯機に服を放り込みながら、大きく息をついた。
洗剤を取り出そうと吊り棚に手を伸ばしたところへ、シーツや布団カバーを持った彩葉がやってくる。
「これも一緒に洗ってよ」
智樹は洗剤を手に取った後、差し出された寝具を受け取った。
「あっ、洗剤と一緒に柔軟剤も入れてくれない? 俺、この匂い好きなんだよね」
棚から柔軟剤を取ろうと、彩葉が身を乗り出した。
狭い洗面所の中で二人の距離が近付き、彩葉の髪から漂うシトラスの香りが、智樹の鼻先をかすめる。
どうしてだろう。
彩葉といると、やけに落ち着かない気持ちになる。
胸の奥が、甘く疼く。
これは、恋なのだろうか。
同性を、しかも出会ったばかりの相手を好きになったことなんて、今まで一度もなかったのに。
それに、彩葉には好きな人がいて、他の男には興味が無いと言っていた。
だから、もしこの気持ちが恋だったとしても、叶う望みなどない。
黙って考え込んでいる智樹に、彩葉が声をかける。
「それじゃ俺、先に戻って片付けの続きしとくね。洗濯機回したら智樹も手伝いに来て」
柔軟剤を洗濯機の上に置き、彩葉は洗面所を後にした。
シトラスの残り香に包まれながら、智樹はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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