鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

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夕暮れの帰り道

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 来た道とは違う方向に彩葉いろはが歩き出したので、智樹ともきは慌てて呼び止めた。

「どこ行くの? さっき通ってきた参道さんどうはあっちだよ」

「こっちから出ると、日本最古さいこの遊園地があるんだ。せっかくだから、行ってみない?」

「何それ、面白おもしろそう!」

 日本最古と聞いて興味が湧いた智樹は、彩葉と一緒に遊園地へと向かった。

 いくらも歩かないうちに、“花やしき”と書かれた遊園地の入口が見えてくる。
 レトロな雰囲気の漂う外観で、初めてきた場所なのに、なぜか懐かしさを感じる。

 チケットを購入してゲートを通り抜けると、年季の入ったアトラクションが所狭ところせましと詰め込まれていて、おもちゃ箱の中へと迷い込んでしまったかのような気分になる。

 彩葉は“ローラーコースター”と書かれたアトラクションの前で足を止めると
「ここに来たら、これに乗らないとね」
 と言って、乗り場へと向かう。

 人気のアトラクションなのか、順番待ちの列が出来ている。

「これ、ジェットコースター?」
 智樹が聞くと
「そうだよ。乗るの怖いんだよなぁ、これ」
 と言って、彩葉は列の最後に並んだ。

 見たところ、たいしてスピードも出ていないようだし、コースの起伏きふくもそれほど激しくはない。

 疑問に思った智樹は
「子供向けって感じで、全然怖くなさそうだけどなぁ。ジェットコースター苦手なの?」
 と尋ねた。

「違う意味で怖いんだよ。このコースターは、七十年以上前から稼働かどうしてるんだ。メンテナンスはしてるんだろうけど、急に故障したら怖いなぁと思って、乗るたびにハラハラするんだよね」

 彩葉の答えに、智樹は尻込みする。

「えっ、じゃあ乗るのやめようよ」

「何言ってんの、せっかく来たんだから乗らなくちゃ」

 そうこうしているうちに順番がきて、結局乗る羽目はめおちいってしまった。

 コースターに乗り込み、スタッフが安全バーをおろすと、ゆっくりと動き出す。
 カタカタギシギシと不穏ふおんな音をたてながら、コースターが斜面を登っていき、天辺てっぺんに到着すると一旦停止した。

 ここで動かなくなっちゃったらどうしよう。

 嫌な想像が頭をよぎる。
 怖くなった智樹は安全バーを強く握りしめた。
 するとそこへ、彩葉が手を重ねてきた。

 手のこうぬくもりを感じた瞬間、コースターが急降下する。
 胃が浮くような感覚がして、後方から他の乗客達の悲鳴が聞こえてきた。
 あっという間にコースを走り抜け、スタート地点へと戻ってくる。
 彩葉の手は、まだ重ねられたままだ。

「智樹、ビビり過ぎ」
 彩葉はそう言って笑うと、重ねた手を離して安全バーを持ち上げ、先にコースターから降り立つ。


 なんだったんだろう、さっきの。
 僕が怖がっていたから、安心させるために手を重ねてくれただけなんだろうか。
 それとも、手ぐらいならつないでもいいってことなんだろうか。


 智樹が頭の中であれこれ考えていると、彩葉にひたいをつつかれた。

「また何か一人で考え込んでるだろ。どうしたんだよ、言ってみな」

 彩葉にうながされて、智樹は緊張しながらも想いを口にした。

「あのさ、手……つないでもいい?」

 彩葉は周囲を見回してから
「今、ここで?」
 と少し困った顔になる。

「あっ、ごめん。そうだよね、他にも人がいるのに嫌だよね。本当にごめん、今の話は忘れて」

 智樹が顔を赤くしてうつむくと、彩葉は園内マップを広げて歩き出した。

「別に嫌じゃないよ。ただ、周りにいる人の中には、“男同士が手をつなぐ姿なんて見たくない”って思う人もいるかもしれないから、見えにくいところに行こう」

「見えにくいところって?」

 追いかけて尋ねる智樹に、彩葉は少し先の方にあるアトラクションを指差す。

「お化け屋敷。あそこなら薄暗いし、手をつないでも大丈夫かなと思って」

「……彩葉は本当に嫌じゃない?」

「何が?」

「好きでもない相手と、手をつなぐこと」

 智樹が言うと、彩葉は目元を緩めた。

「智樹なら嫌じゃないよ。それに、恋愛対象として見られるかどうかを考えるためにデートしてるわけだろ? だから俺も、確かめたいんだよ。手をつないでどんな気持ちになるのか」

 彩葉の答えを聞いて、智樹は胸を撫で下ろす。
 無理をさせているのではないかと、気がかりだったのだ。


 お化け屋敷は空いていて、すぐに入れた。
 智樹は、前後に人がいないことを確認してから彩葉の手を握る。

 緊張と喜びが混じり合う不思議な高揚感につつまれながら、暗がりの中を進んでいく。

 みずからの激しい胸の鼓動と、繋いだ手の温かな感触に五感が支配され、目に映る仕掛けの数々や、話しかけてくる彩葉の言葉が、全く頭に入ってこない。

 お化け屋敷を出る直前で、智樹はつないだ手を離した。
 外へ出ると、少し汗ばんだ手のひらに風があたり、ひんやりとする。

 フードコートを見つけた彩葉が
「お腹空いてきたね。何か食べようか」
 と声をかけてきた。
 うなずいて隣を歩きながら、智樹はそっと彩葉の顔色をうかがう。

 彩葉はいつもと変わらない様子で
「何食べようかなー」
 とフードコートの方を見ている。


 手をつないで胸をときめかせていたのは、自分だけだった。
 そのことに気付いて、智樹は少し寂しくなる。
 だけどそれは、仕方のないことだ。
 彩葉には好きな人がいて、自分はまだ“友達”なのだから。
 少しずつ、彩葉の気持ちをこちらへ向けていくように頑張っていくしかない。
 そう自分に言い聞かせて、智樹は顔を上げた。


 フードコートで、智樹と彩葉はそれぞれが注文したカレーと揚げたこ焼きを、仲良く半分ずつ食べた。

 腹が膨れたところでゲームコーナーに立ち寄り、その後にいくつかのアトラクションを楽しんで、花やしきを後にする。


「すげー楽しかった!」

 駅から自宅へと向かう道で、彩葉が大きく伸びをしながら感想を漏らす。

「智樹は?」
 と聞かれて
「めちゃくちゃ楽しかったよ。連れて行ってくれてありがとう」
 そう答えると、彩葉は嬉しそうに笑った。

 夕日に照らされたその笑顔が、あまりにも眩しくて愛おしくて、抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。

 そんな智樹の隣で、彩葉がためらいがちに口を開いた。

「あのさ、今日は俺の行きたいところに付き合ってもらったから、次は智樹の好きなところへ連れて行ってよ。ただ……出来ればこの前のデートプランは別の機会に取っておいて、本当に智樹が行きたいところとか、したいことを教えてくれると嬉しい」

 彩葉の方へ顔を向けると、真摯しんし眼差まなざしが智樹の心をつらぬいた。

「この間……二人で一緒に出かけたりして、お互いのことをもっと知りたいって言ってくれただろ? だから、いかにもなデートコースじゃなくて、智樹らしいデートに連れてってよ。お洒落しゃれな店で飯食ったり、人気のテーマパークへ行ったりするのも、誕生日とか記念日みたいに特別な日ならいいと思うけど……普段は一緒にその辺を散歩したり、でっかい公園に行ってのんびりしたりとか、そういうのでいいんじゃないかなって思うんだよね。無理して出かけなくたっていいし。部屋で一緒に映画を観たり、デリバリーのピザを食べながらビール飲んだり。そういうふうに過ごすのだって、智樹と一緒なら楽しそうだから」

 彩葉の言葉の一つ一つが、智樹の心の奥底まで染み込んでいく。


 出会ってから何度、彩葉の言葉に救われただろう。
 好きだ。
 この先もずっとずっと、そばにいたい。


 橙色だいだいいろの太陽が街を染め上げる、夕暮れの帰り道。
 智樹は泣きたいような気持ちが込み上げてきて、下を向いた。

「ごめん、俺……言い方キツかった?」

 彩葉が心配そうに智樹の顔を覗き込む。

「違う。嬉しくて泣きそうになってるだけ」

 智樹の答えに、彩葉が不思議そうな顔をする。

「嬉しくなるようなこと、言ったか?」

「言ったよ。おかげで凄く幸せな気持ちになったし、次のデートで何をするのかも決めた。今度は、植物園のある公園でピクニックしようよ。弁当も作るから」

 智樹が誘うと、彩葉の弾んだ声が返ってきた。

「それいいね。じゃあ、ハムサンド作ってよ。俺、おにぎりよりサンドイッチ派だから」

「了解」

 短く答えながら、智樹は『サンドイッチの他にもミートパイを焼こうか、それともチーズタルトにしようか』などと頭を悩ませていた。
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