ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sorano: 身も蓋もねえな。

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 課題、バイト、料理教室、友達づきあい。17歳の夏休みを空乃は忙しく過ごしていた。

 中目黒の駅前にあるアジアン・カフェバーのカウンターで、空乃は洗い終えた鍋を棚に収納する。
 ランチタイムが終わり、店は休憩と仕込みのための閉店時間に入る。
「三沢ー、ドアにクローズ出したら、休憩行っていいぞ」
「あざっす」
 先輩バイトに頭を下げた時、扉にぶら下げた青銅の風鈴がちりんとなった。
「いらっしゃ、お、塔子じゃん」
「ランチ、まだいい?」
 ガラス扉を開くと、熱を孕んだ外気をまとって、クラスメイトの泉田塔子が立っていた。
 ちらりと先輩バイトを見ると、「いらっしゃい。外、暑いですよね。中どうぞ」と愛想よく返してくる。
 とっくに閉店時間だが、塔子は常連だし、先輩は女性に甘い。
 麦わら帽子を脱いでテーブル席についた塔子は「ナシゴレンとアイスティー」と注文した。
 メニューにはシンガポール、マレーシア、インドネシアのローカルフードの数々が並んでいるが、塔子はいつもメニューは見ずにナシゴレンかナシレマを頼む。
「了解」
 喉が渇いているだろうと先にアイスティーを出してから、空乃は手早く調理に入った。

 ナシゴレンは、インドネシア語やマレー語で焼き飯の意味だ。
 思いっきりスパイシーな味付けの焼き飯に、フライドチキンと両面を揚げ焼きした目玉焼きを乗せる。その横にはキュウリの薄切りとトマトを添え、小皿に盛った唐辛子ペーストと一緒にサーブする。現地で好んで食される簡単な家庭料理だ。

 いただきますをした塔子は、一口食べて満足そうに目を細めた。
 両親の仕事の都合で小中をマレーシアで過ごした塔子には、これがソウルフードなのだ。可憐な見た目にそぐわぬ大口を開けて、美味そうに食っている。
 ギャルソンエプロンを外した空乃は、自分用にもアイスティーを入れて、塔子の向かいに座った。
「美味いか?」
「うん。本場の味。三沢、腕上げてるね」
「数こなしてるからな」
 去年この店のバイトを始めた時は、賄いしか作らせてもらえてなかったが、今では、メニューの全てを作ることができる。料理教室に通い始めてからは、ジャンルを超えてレパートリーが増えている。
 塔子は米の一粒も残さず皿を空にして、ご馳走様と手を合わせた。
 化粧をしないのに赤みが強い唇が、濡れたように光っている。
 黒髪ストレートに白い肌、くっきりした目鼻立ちに華奢な身体。
 普段は祥英高校の制服しか見ることがないが、今日は涼し気な水色のワンピースを来ている。
 イマドキではないが、街を歩けば何人かは振り返る正統派の美少女だ。
 塔子と友達になって、その口の悪さとオッサンのような性格を知る前。健全な男子高校生だから勘弁してほしいのだが、ここだけの話、塔子をオカズに抜いたこともある。
 それが今や、至近距離で見ても心も股間も全く反応しない。
 塔子だけじゃない。どんな綺麗な子や可愛い子に視線を送られても、何も感じなくなった。

 胸が高鳴るのは、行人だけだ。男で、すげえ年上で。
 朝、眠そうにしながら、空乃が作ったおにぎりをはむはむ食ってるとこ。
 昼休み、弁当が美味かったと毎日律儀に送られてくるライン。
 夕方、一日働いてくたびれて帰ってきた行人の皺の出来たワイシャツ。
 風呂上りの生まれたてみたいな肌の質感とシャンプーの匂い。気持ちよさそうに寝息を立てる子供のような寝顔。
 休日の昼ビールを満喫するリラックスした笑顔。
 隣に住む空乃が知っている、行人の生活のすべて。

「なんでユキちゃんなんだろうな」
 思いが声に乗っていたらしい。
 聡い塔子は間髪入れずに、「好きになったらしょうがない」と言った。
「だよなー」
 空乃はテーブルに肩肘をついて苦笑した。
 マジで、それだ。好きになったものは、仕方がない。
 グラスの中の氷がカランと音を立てて溶ける。
「上手くいってないわけじゃないんでしょ?」
 塔子の口調は思いがけず優しい。
「なに、応援してくれてんの」
「三沢が荒れてると、こっちにまでとばっちりが来るからね」
 空乃が不良に絡まれて巻き込まれたことが一度や二度ではない塔子である。面目ない。
「上手くは行ってるよ。両想いだし」
 途端に塔子は眉をひそめた。
「は? まだ付き合ってないんだよね?」
「付き合ってねえ」
「なんだそれ」
 塔子は呆れたようにアイスティーを啜る。
 シロップもミルクも入っていない、ジャワ紅茶だ。
「あの人、色々あって、俺と付き合うの怖がってっからさ。気長に待ってる最中」
「両想いっていうのは、三沢の妄想じゃないのよね」
「相手が自分に惚れてるかどうかくらい、分かるだろ」

 行人の態度や視線、声のトーン。
 君のことが好きだ。
 そう言ってくれた時の、震えとやるせなさが詰まった声。
 あんな告白を聞いて、心に響かないわけがない。
 少しでも気を緩めたら、理性がぶっとんで押し倒すところだった。我慢した俺は本当に偉い。

「まあ確かに。つまり、付き合いたいけど付き合えない焦らしプレイを双方楽しんでるわけだ」
 空乃の悶々を知らない塔子は、ひとりで納得している。どんな結論だ。
「身も蓋もねえな」
 空乃が漏らすと、塔子はふふっと笑った。
「三沢。馬鹿だけど、いい男だよね」
「うっせ。馬鹿は余計だろ」
 男はみんな馬鹿でしょ、と塔子は大人ぶって笑う。
「そんな三沢に、はい、これ」
 塔子はおもむろにポシェットから茶封筒を取り出し、差し出した。
 中には都内娯楽施設のチケットが2枚。
「くれんの?」
「どうぞ。親が仕事相手から貰ったんだけど、うち、明後日からマレーシアに里帰りで行かれないから。お隣さんと行きなよ」
 行人はお盆しか休暇を取らないと言っていたが、これなら日帰りで遊びに行ける。
 空乃は有り難くチケットを胸ポケットにしまった。楽しみだ。行人と行くことを考えると口元が緩んでしまう。
「サンキュ、塔子」
「何にやついてんのよ。やらしー」
 塔子は冷やかしながら、アイスティーを飲み乾した。
「うっせ、おまえ、本当オヤジだよな」
 悪態をつきながらも、空乃は感謝の気持ちを込めて、マンゴーシャーベットをサーブすべく立ち上がった。
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