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Sorano: あんたにはやんねえから。
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丸2日、たっぷり愛を交わした後、流石にダメ人間になるなと二人で笑い合い、布団を抜け出した。
サボったら怒るからなと行人に言われ嫌々出てきた夏期講習は全く頭に入らなかったが、学校に来てクラスメイトと駄弁るのは楽しい。
浮かれた顔は隠しようもなくて悪友共には散々冷やかされたが、何を言われても無敵の全能感だ。
現代文と古文の課題を通学鞄に詰め込んで、いつものメンバーで校門までの道を歩く。
「三沢、マック寄ってこうぜ」
親友の宮内敦が、下敷きを団扇代わりに使いながら誘ってくる。
「俺、このあとマックでバイトだだっつーの」
「丁度いいじゃん。働くお前と食う俺」
「アホか。おまえのバーガー生焼けのまま出すぞ」
「飲食店のモラルとは」
敦が下敷きでチョップを繰り出しだしてくる。
くだらない話をする横で、みのりと塔子は仲良く日傘を相合傘している。
「塔子ー、帰りに買い物行かない?」
「行く行く。夏用ワンピ欲しい」
「僕も連れてってよ」
「弥彦もワンピ欲しいの?」
「着れる自信あるよん」
「弥彦は普通に着れそうだよな。文化祭のメイド姿、結構見れたし」
敦の攻撃をかわしながら空乃が女子トークに口を挟んだ時、ざっと風が吹いた。
濃く茂る桜の葉が舞うほどの強い風に、空乃は思わず目をつぶり、腕で顔を庇う。
一筋の突風をやり過ごしてから、瞼を開く。目に入った光景に、瞬きを繰り返した。
「え」
なんだ?
校舎から正門へと続く一本道。そこにいるのは、空乃だけだ。
今の今まで一緒に歩いていた敦たちだけではない。前後を歩いていた学生服の生徒達も、全員がいなくなっている。
五月蠅く鳴いていた蝉の声も聞こえない。時間が止まったような。
「んだよ、これ」
神隠しか。何度も周りを見回し、目を擦るが、状況は変わらない。
「やあ」
突然かけられた声に振り向くと、若い男が立っていた。
こいつ、どっから来たんだ。
360度見回したが、今まで誰もいなかったはずだ。現れる気配を感じなかった。
空乃は警戒レベルをマックスに引き上げた。
見かけない顔だった。教師ではない。保護者にも見えない。教育実習の時期でもない。
アスファルトに陽炎が立つほど暑いのに、男はスプリングコートを着て涼し気に微笑んでいる。
不審者か。にしては身綺麗だし堂々としすぎだ。
「誰」
短く鋭く誰何すると、男は名乗りはせずに、「卒業生なんだ」と答えた。
「近くを通って、懐かしくなって」
だからって敷地内まで入ってくるだろうか。何してんだ警備員。
「あいつらいなくなったの、あんたの仕業か?」
「うん。ごめんね、すぐ元に戻るから」
「ならいいけど。俺だけに用があるってことだよな」
「話が早いな」
男は緩やかに頷いた。
整った顔立ちをしているのに、長めの髪型や着ている服がどことなくダサい、というか古くさい。
でも、優しそうな男だ。
「行人をよろしく。それだけ伝えたくて」
男は言った。それで分かった。
空乃は唾を飲み込む。
あり得ないし信じられないけど、こいつは。
「あんたに言われなくても、死ぬほど大事にする」
空乃は真面目に答えた。
不思議と怖くはなかった。
「うん。ありがとう」
「死んだ後も、あんたにはやんねえから」
「はは。それは残念だな」
本気で残念そうに、男は眉を下げている。
空乃は視線を落とした。
夏の日差しは明るくて、その分、影は黒く濃い。空乃の足元にはあるそれが、男の足元にはない。
「なあ。俺んとこじゃなくて、ユキに会いに行ってやれよ」
こいつに会ったら、行人の心はまた揺らぐかもしれない。けど。
会いてえだろ、絶対。
「会わないよ」
意外にも、男はそう即答した。
「なんで」
聞き返すと、男は首を傾げる。それから、悲しげに微笑んだ。
「会ったら、あいつ、泣くだろ」
「確かに、それは困るな」
行人の泣き顔は兵器だ。色んな意味で。
男はしばらく空乃を見つめていたが、やがて長めの髪を掻き上げ、じゃあねと言った。
「そろそろ行くよ。いつか、あっちで3人でお茶しよう」
「いや、そこは藤森のおっさんも混ぜてやれよ」
思わず突っ込むと、男はふふっと笑う。楽しそうな笑みだった。
そして、手を振りながら、明るい陽射しの中に溶けるように消えていった。
また一陣の風が吹き、世界は色と音と人を取り戻す。
「び、びびったー」
空乃は一気に脱力して、その場にしゃがみ込んだ。
「三沢、何ばててんだよ」
敦が下敷きで脳天をぱしぱし叩いてくる。
「ばててねえ、いや、びびんだろ、マジで」
「何がだよ。ほら、マック行くぞ。立てよ」
見上げると、敦の横には、弥彦、みのり、塔子がいる。いつもの面子だ。
「来んなっつってんだろ」
空乃は腰を上げる。
真夏の、刹那の幻だった。
行人には言えそうもない。
「1個くらい、秘密があってもいいよな」
空乃は、一哉の楽しそうな笑みを思い出し、見送るように空を降り仰いでから、敦の後を追いかけた。
サボったら怒るからなと行人に言われ嫌々出てきた夏期講習は全く頭に入らなかったが、学校に来てクラスメイトと駄弁るのは楽しい。
浮かれた顔は隠しようもなくて悪友共には散々冷やかされたが、何を言われても無敵の全能感だ。
現代文と古文の課題を通学鞄に詰め込んで、いつものメンバーで校門までの道を歩く。
「三沢、マック寄ってこうぜ」
親友の宮内敦が、下敷きを団扇代わりに使いながら誘ってくる。
「俺、このあとマックでバイトだだっつーの」
「丁度いいじゃん。働くお前と食う俺」
「アホか。おまえのバーガー生焼けのまま出すぞ」
「飲食店のモラルとは」
敦が下敷きでチョップを繰り出しだしてくる。
くだらない話をする横で、みのりと塔子は仲良く日傘を相合傘している。
「塔子ー、帰りに買い物行かない?」
「行く行く。夏用ワンピ欲しい」
「僕も連れてってよ」
「弥彦もワンピ欲しいの?」
「着れる自信あるよん」
「弥彦は普通に着れそうだよな。文化祭のメイド姿、結構見れたし」
敦の攻撃をかわしながら空乃が女子トークに口を挟んだ時、ざっと風が吹いた。
濃く茂る桜の葉が舞うほどの強い風に、空乃は思わず目をつぶり、腕で顔を庇う。
一筋の突風をやり過ごしてから、瞼を開く。目に入った光景に、瞬きを繰り返した。
「え」
なんだ?
校舎から正門へと続く一本道。そこにいるのは、空乃だけだ。
今の今まで一緒に歩いていた敦たちだけではない。前後を歩いていた学生服の生徒達も、全員がいなくなっている。
五月蠅く鳴いていた蝉の声も聞こえない。時間が止まったような。
「んだよ、これ」
神隠しか。何度も周りを見回し、目を擦るが、状況は変わらない。
「やあ」
突然かけられた声に振り向くと、若い男が立っていた。
こいつ、どっから来たんだ。
360度見回したが、今まで誰もいなかったはずだ。現れる気配を感じなかった。
空乃は警戒レベルをマックスに引き上げた。
見かけない顔だった。教師ではない。保護者にも見えない。教育実習の時期でもない。
アスファルトに陽炎が立つほど暑いのに、男はスプリングコートを着て涼し気に微笑んでいる。
不審者か。にしては身綺麗だし堂々としすぎだ。
「誰」
短く鋭く誰何すると、男は名乗りはせずに、「卒業生なんだ」と答えた。
「近くを通って、懐かしくなって」
だからって敷地内まで入ってくるだろうか。何してんだ警備員。
「あいつらいなくなったの、あんたの仕業か?」
「うん。ごめんね、すぐ元に戻るから」
「ならいいけど。俺だけに用があるってことだよな」
「話が早いな」
男は緩やかに頷いた。
整った顔立ちをしているのに、長めの髪型や着ている服がどことなくダサい、というか古くさい。
でも、優しそうな男だ。
「行人をよろしく。それだけ伝えたくて」
男は言った。それで分かった。
空乃は唾を飲み込む。
あり得ないし信じられないけど、こいつは。
「あんたに言われなくても、死ぬほど大事にする」
空乃は真面目に答えた。
不思議と怖くはなかった。
「うん。ありがとう」
「死んだ後も、あんたにはやんねえから」
「はは。それは残念だな」
本気で残念そうに、男は眉を下げている。
空乃は視線を落とした。
夏の日差しは明るくて、その分、影は黒く濃い。空乃の足元にはあるそれが、男の足元にはない。
「なあ。俺んとこじゃなくて、ユキに会いに行ってやれよ」
こいつに会ったら、行人の心はまた揺らぐかもしれない。けど。
会いてえだろ、絶対。
「会わないよ」
意外にも、男はそう即答した。
「なんで」
聞き返すと、男は首を傾げる。それから、悲しげに微笑んだ。
「会ったら、あいつ、泣くだろ」
「確かに、それは困るな」
行人の泣き顔は兵器だ。色んな意味で。
男はしばらく空乃を見つめていたが、やがて長めの髪を掻き上げ、じゃあねと言った。
「そろそろ行くよ。いつか、あっちで3人でお茶しよう」
「いや、そこは藤森のおっさんも混ぜてやれよ」
思わず突っ込むと、男はふふっと笑う。楽しそうな笑みだった。
そして、手を振りながら、明るい陽射しの中に溶けるように消えていった。
また一陣の風が吹き、世界は色と音と人を取り戻す。
「び、びびったー」
空乃は一気に脱力して、その場にしゃがみ込んだ。
「三沢、何ばててんだよ」
敦が下敷きで脳天をぱしぱし叩いてくる。
「ばててねえ、いや、びびんだろ、マジで」
「何がだよ。ほら、マック行くぞ。立てよ」
見上げると、敦の横には、弥彦、みのり、塔子がいる。いつもの面子だ。
「来んなっつってんだろ」
空乃は腰を上げる。
真夏の、刹那の幻だった。
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