ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Yukito: それくらい、好き。

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 実家に到着すると、挨拶もそこそこに夕食という名の宴会が始まった。
 食卓には寿司桶と野菜メインの惣菜が並んでいる。
 メンバーは両親と保と市子、行人の5人だけだが、普段二人暮らしの両親は嬉しそうだ。
 母の紹子が買い込んだという金沢の地酒はどれも一級品で、行人は目を輝かせた。
 妊婦の市子は元来酒好きだが、妊娠してから飲む気にもならないと言って、ごぼう茶を飲んでいる。

「ほら、行人、もっと食べなさい。あなたの好きなおいなりさん、多めにしてもらったのよ」
 近間家は何かあると必ず寿司を取る。
 そして寿司は、さの寿司で取ると決まっている。
 航空自衛隊のパイロットで次兄の同期の実家だからだ。その同期が殉職してからは、特に頻繁に出前を頼むようになった。
「佐野さんとこ、元気だった?」
「元気だったわよ。ご主人が通風気味で食事制限中って言ってたけど、食欲があるのはいいことだわよね」
 紹子は朗らかに答え、行人のグラスに日本酒を継ぎ足した。
 巻き寿司を食べ終えた行人がシメサバの握りに手を伸ばすと、父が目を丸くする。
「おまえ、魚食えるようになったのか」
 行人はしょうゆ皿を使いながら肩をすくめた。
「目刺しとか鰯は食べてただろ」
「切り身は苦手だっただろ」
「酢のものとか、酢でシメたのは食べるようになったんだよ。最近」
 口に入れたシメサバは臭みがなく、酢がまろやかで、美味い。
「30過ぎても食の好みって変わるのね」
「年は関係ないだろ」
 しみじみとする母に水を差すようだが、年は関係ない。
 空乃の作る酢の物が、めちゃめちゃ好みの味だっただけだ。
 食えなかったら残していいけど、チャレンジしてみて。
 そう言って出されたタコとキュウリの酢の物が美味くて、それをきっかけに、他の魚介も酢を使えば食べられるようになった。
「行兄、体重増えただろ。前はもっとガリガリだった。いかにもベジタリアンですって感じの」
 保は十代の頃と変わらぬ食欲で寿司をぱくつき、ビールを飲んでいる。そのグラスを、市子が手で覆うフリをした。
「保くん、あんまり飲み過ぎないでよー。明日早いんでしょ」
「分ーってるよ。だから日本酒じゃなくてビールにしてんだろ」
「量飲んだら一緒でしょ」
「大丈夫だって。ほら市子ちゃん、もっと食べろよ、ビタミンビタミン」
「うー、太ってきたの気にしてるのに」
 ぼやきながらも、市子は保が取り分けたゴーヤチャンプルに箸をつけている。
 相変わらず仲が良いな、と行人はほっこりする。
 4兄弟と市子は幼なじみで、保と市子は同級生だ。
 二人は学生時代から付き合っていて、兄達3人は当時から二人を微笑ましく見守っている。


 喋りながら飲み食いしていると、時間はあっという間だった。
 11時を過ぎたのを見て、保と市子は近所のマンションへ帰っていった。
 行人の実家は豆腐屋で朝が早い。毎朝3時起きの父は宴会の終盤から座椅子で眠っていて、母に起こされて寝室へ引き上げていく。
「行人、まだ飲めるでしょ?」
 食卓の片付けを手伝う行人に、紹子がいたずらっぽく笑いかけた。
 幼い頃、兄弟は美人の母を自慢にしていた。年は重ねたが、紹子はこういう少女のような表情が今でもよく似合う。
「飲むよ」
 当然とばかりに塗りの盆に酒器を乗せ、縁側に場所を移した。
 紹子がキュウリとナスの漬物を盛ったガラス皿を出してくれる。夏らしくて、涼やかだ。
 改めて乾杯をした時、ポケットのスマホが震えた。紹子も割烹着のポケットからスマホを取り出している。
 近間家家族ラインの通知だった。
 市子からで、食卓を囲んだ5人の写真とごちそうさまでした!というクマのスタンプだ。
 ぴこんぴこんと立て続けに通知が鳴る。

 Joe: 楽しそう! 行人、元気か? 今、夏期休暇で、バリ島バカンス中。

 次兄の恵介からのメッセージには、エメラルドグリーンの海を背景にポーズを決める直樹の写真が添付されている。
 恵介はノンケだが、今は梶直樹という男と付き合っていて、二人の仲は家族公認だ。
「あらあら、楽しそうね。直樹君、また背が伸びたんじゃない」
「いや、さすがにもう伸びないだろ」
「これ以上伸びたら、框にぶつかりそうね」
 行人は突っ込むが、紹子は切り子のお猪口片手に楽しそうだ。
 恵介は子供の頃から、ヒーローのようだった。カッコよくて、少女漫画の王子様のような見た目なのに誰よりも男らしくて、誰にでも優しい。
 モテにモテまくるくせに恋愛に冷静だった兄が直樹と付き合いだした時には、腰が抜けるかと思った。
 ゲイの世界では、ノンケ同士なんて奇跡だ。
 でも直樹に会って、妙に納得して、それから安心した。恵介は、自分の全部を愛してくれる人を見つけたのだと。
 大好きな兄が同性の恋人を紹介してくれてからも、行人は自分の性癖を打ち明けられていない。

 空乃が好きだ。
 これまで何人もと関係を持ってきたが、もうこの先、自分には空乃以外いないだろう。
 空乃は開けっぴろげに、まっすぐに好意を示してくれる。そんな空乃が大好きだ。
 だから、付き合うと決めた。
 兄と直樹のように家族に祝福されれば、どんなに幸せだろうか。
 でも空乃は、まだ高校生だ。
 ずっと一緒にいると言ってくれるけれど、この先、新しい世界を見て、新しい出会いがあって。いつか、行人とのことを後悔するかもしれない。
 それでもいい。それでもいいから、今、空乃の側にいたい。
 それくらい、好きになってしまった。

「行人?」
 気づくと、紹子が心配そう眉を寄せている。
 お猪口を持ったまま考え込んでしまっていたらしい。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事。美味いね、これ」
 取り繕って、行人はすいっと酒を飲み干した。
 縁側から望む庭は緑が多い。
 真夏の夜だが、風が吹き抜ける度に風鈴が鳴る縁側は涼しくて、冷やの酒が舌に心地いい。
「秘蔵の大吟醸だもの。ね、行人、もしかして、いい人でもできた?」
 紹子の聞き方があまりにも自然だったので、思わず、うんと答えそうになってしまった。
 行人は答えずに、「そう見える?」と聞き返した。
「んー、どうだろう。なんとなく、丸くなった」
「そんな太ったかな」
 それは嫌だ。あまり運動をしないので、元々筋肉が少ない。空乃みたいに腹も割れていない。
 体型には無頓着だったが、デブになったらそれこそ空乃に幻滅されるかもしれない。
 駄目だ。思考がおかしい。酔っている。
 腹を確認するようにポロシャツをめくる行人に、紹子は笑い転げている。
「違うわよ、雰囲気の話」
「雰囲気」
「そう。お正月に帰ってきたときは、相変わらず、つんつんギスギスしてるなあって思ったもの」
「俺、そんな嫌なイメージなの」
「嫌なイメージじゃないけど、なんか、色々背負ってる感じ、かな」
 肉親は容赦がない。
 ダメージを受ける行人の肩を、紹子がぽんと叩いた。
「行人、もし大事な人が出来たら、紹介してね」
 恵介と直樹のことが無意識にそうさせているのか、紹子が「彼女」ではなく「大事な人」と言ってくれることを、すこしの救いのように感じる。
「うん」
「こら、適当に返事しないの」
 見透かされている。
「適当じゃないって」
「行人は昔から秘密主義だから。陽一郎なんて堅物そうに見えて、よく違う女の子を家に連れてきたのにね」
 紹子は長兄を引き合いにだし、昔を懐かしむように目を細めた。
「確かに。陽兄っていつも違う子連れてたような。まあ、最終的にみちるさんみたいなしっかり者結婚するあたり、長男だよな」
「本当にね。4人も男の子ばっかりどうしようかと思ったこともあったけど、4人とも、自慢できるくらい良い大人になってくれたから、そこだけは自慢できるのよ」
 紹子の頬はほんのり染まっている。言葉が重複しているから、酔っているのかもしれない。
「冥利につきるってやつ?」
「それそれ。だから、あんた達が選んだ相手は、どんな相手だって、大事にしたいと思うのよ」
「母さん」
 行人は咄嗟にうつむいた。
 ごめん。
 俺は、その期待に応えられそうにない。
 どんな相手だって。でも、男子高校生は想定外だろう。

 この話を続けるのが辛くて、行人はキュウリに手を伸ばした。さも、漬物から連想したというように、話題を変える。
「最近さ、朝はおにぎりなんだ」
 紹子は話を逸らされたことは介さず、良い食生活じゃない、と応じた。
「子供の頃、朝はおにぎりだっただろ」
「だって、店の準備もあるのに6人分のお茶碗なんて洗ってられないわよ。あんた達、家を出る時間もばらばらだから、一度に片付かないし。おにぎりなら、置いておけば食べられるから便利だったのよ」
「うん。そうだったとしても、俺は、好きだったよ。それに、おにぎりって、握るの結構難しいのな。なんか、コツあんの?」
 時々、空乃の料理を手伝うことがある。
 空乃は手を数回返すだけでぱぱっと正三角形を作ってしまうのに、行人の手は米粒だらけになって、おにぎりもいびつな形だ。
「まさか行人がおにぎりの握り方聞いてくるなんてね。あんなの、慣れよ慣れ。じゃあ、明日、一緒に作りましょうか」
 紹子はからからと笑う。母は優しくて、酒は美味くて、良い夜だった。
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