ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sorano: そういうの、全部どうでもいい。

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 社会人にとって貴重な夏期休暇。
 その前半を丸々空乃と過ごしてくれ、行人は金沢の実家に帰って行った。
「一緒に行きてえ」
 冗談と本気が半分ずつのぼやきは、「おまえ、夏期講習とバイトあるだろ」と婉曲的に却下された。
 お土産買ってくるなと手を振った行人ははにかむように笑っていて、可愛さ満載だった。
 あー、すでに会いてえし。
 アジアン・カフェバーのバイトを終え、コーポ・アマノに戻った空乃は一人寂しく冷蔵庫を開ける。

「夕飯、何すっかな」
 行人は菜食だ。気にしなくていいと言われているので、空乃は肉が食べたくなった時は遠慮せずに自分用に肉料理を作ったりもするが、基本は野菜や卵や豆腐のメニューが多い。
 肉。肉にしよう。ステーキか、塊肉で角煮とか煮込みもいいな。
 買い出しに行こうと財布をつかんだ時、ポケットのスマホが着信を告げた。
 シンガポールに住んでいる姉の琴子からだ。
「ういっす」
「ハロー、ニーハオ、スラマシアン」
 姉はテンション高く、シンガポールの公用語三カ国語で挨拶してくる。
「はいはい、ハローハロー。なんだよ、急に」
「空乃、今アパート?」
「そうだよ。姉さんが勝手に決めてきたコーポアマノ202号室にいますよ」
「良かった。30分で行くから、待ってて。一緒にごはん食べよ」
 琴子は言いたいことだけ言うと、一方的に通話を切ってしまった。
「は? 日本に戻ってんのかよ」
 てか30分て。
 空乃は2LKの自室をぐるりと見回す。
 掃除は今朝したばかりだし、布団は干したし、シーツも洗濯した。
 水回りに目をやると、行人の歯ブラシがある。それを片付けようとして、空乃は動きを止める。
 隠す必要、ねえだろ。
 食器は大体二人分揃っているし、冷蔵庫には行人用のビールが常備してある。
 空乃の部屋には行人の気配があって、行人の部屋には空乃の気配がある。
 空乃は、並んだ二本の歯ブラシを眺め、口元を緩めた。
 悪いことしてるわけじゃない。隠したくない。
 男子高校生が大人の男に恋して、何が悪い。
 それに相手は琴子だ。弟が男と付き合ってたからって動じるタマではない。


「あら、こんにちは。私、202号室の三沢空乃の姉の琴子と言います。弟がお世話になっております」
「あ、、お姉さんですか、こちらこそ、お世話になっています。あの。田中、です」
「田中さん、よろしくお願いします」
「は、はい、の、あの。よろしくお願いします」
 昭和初期築の古いアパートなので、外廊下の声は筒抜けだ。
 ばったり出くわしたらしい姉と隣人の田中一太いったの会話が聞こえてきて、空乃はドアを開いた。
「田中さん、さーせん、うるさくして。姉さん、早く入れよ」
「はいはい、じゃあ、田中さん、また」
 琴子は無闇に愛想を振りまいている。
 最近引っ越してきた隣人の田中は、視線を琴子の肩や胸元に彷徨わせている。
 胸元が大きく開いたサマードレスなんて着ている琴子が悪いのだが、空乃は琴子を庇うように部屋に招き入れて扉を閉めた。

「日本、帰ってたのかよ。夏休み?」
「半分仕事。麦茶ちょうだい」
「はいはい」
 今朝煮出した麦茶はよく冷えている。
 流しで手を洗ってから、琴子はグラス二杯を一気飲みした。
「昨日のシンガポールー羽田便で着いたのよ。機材不良があって戻りは明後日だから、父さん母さんとあんたの顔でも見ておこうかなって」
 姉はCAだ。大学卒業後、しばらくLCCで勤務していたが、この春に念願のシンガポール航空に再就職した。
「楽しそうじゃん」
「楽しいわよ。楽しむための人生だもの」
 ふふんと勝ち気に笑って、琴子は下げていた百貨店の紙袋を手渡した。
「なに、これ」
「夕飯の材料。久々に、空乃の手料理食べたいなーって」
 見ると、分厚い神戸牛のステーキ2枚と、艶めくパプリカ、紫キャベツにシシリアントマト、高原レタスに、ロックフォールチーズとバゲッド、ボルドーの赤ワインが詰まっている。宝箱か。
「姉さん、これ」
 空乃が舌なめずりすると、琴子は腰に手をあてて頷いた。
「好きに食らうがよいぞ」
「お姉様!」
 家族のノリで冗談を飛ばし、空乃は早速調理にかかった。

 霜フリフリの高級和牛だ。美味い以外の感想がない。
 喋っている間も惜しく、姉弟は近況報告もそこそこに、ひたすら厚い肉を食らった。
 三沢家は食事の時には子供達にもワインが振る舞われる家だった。琴子は当然のように空乃にもワインを注いでくれる。
「いやー、あんた、問題児だけど料理だけは上手いわよね。家で焼いてこんなに美味しいなんて」
「肉のおかげだろ。あざーっす」
「どういたしまして。このピクルスも最高」
「最近、ビネガーはまってんだよ。それ、ギリシャのバルサミコ混ぜてある」
「うわー、男子高校生の台詞じゃないわね」
「うっせ」
「トニーももうちょっと料理してくれればいいんだけどね」
「誰、新しい彼氏?」
「そ。シンガポール空港の税関職員してて、マッチョで優しいの」
「のろけに来たのかよ」
「ふふん」
 琴子はワイン片手にトニーがいかに素晴らしいかをひとしきり語ってから、ちらりと空乃を見た。
「あんたはどうなのよ」
 どうって。
「姉さんさ、俺にはどんな相手が合うと思う?」
 逆質問すると、琴子はくるりと視線を動かした。
「そうねえ。あんた、ヤンキーだけど、腹立つくらい賢いからねー。美人だけど、可愛いとこもあって。ジェルネイルばっちりの意識高い系オシャレガールで。でもビッチじゃなくて、身持ちは堅くて。年は、同級生かちょこっと年下かな。派手っぽく見えるけど、実は中流階級以上のお嬢さんで、津田塾とかさらっと入っちゃう系のインテリで。胸大きくて腰細くて。足の裏までお手入れしてるような子」
 どんな女だよ。
 空乃は思わず吹き出した。
「すげえスペック」
 フィクション通り越して二次元だ。
 姉は早口でまくし立てた後、残りの赤ワインを飲み干して、空乃を見つめた。真面目な眼差しだった。
「そういうの、全部どうでもいいって思える相手なんでしょ。この食器を一緒に使ってるのは」
 うわ。
 空乃は思わず口元を押さえる。ぎゅんっと、胸が鳴った。
 職業柄か元来か、姉は観察力に優れた人だ。部屋に散らばる二人の生活の証をしっかり見ていたらしい。
 そういうの、全部どうでもいいと思える相手。
 なんて的確な言葉だ。

「どんな人なの?」
 もう全部白状してやる。っつーか、惚気返してやる。
「男だよ。31歳の公務員。隣の部屋に住んでて、行き来してる」
「は?」
 姉の目が点になっている。
「男でも年上でもそんなのはいいんだけど。隣って、さっきの、あのニートっぽい冴えない人?」
「…は?」
「いや、でも、あんたが選んだ人なら、何かしらの素敵なところが? え、でも、あの人が弟とか、ちょっと、うーん」
 姉は考え込んでしまっているが、隣人違いだ。
 空乃は苦笑して、空乃と行人の部屋を隔てる一枚の壁を指した。
「姉さん。田中さんじゃないから。反対側」
「あ、違うのね。良かったー」
 何が良かっただ。田中に失礼極まりない。
「ね、紹介してよ。今日はいないの?」
「実家に帰ってるよ」
「あら残念。じゃあ、写真見せてよ」
「……嫌だ」
 スマホには行人の写真が勿論ある。
 行人は写真が苦手らしく、あまり一緒に取りたがらない。
 出かけた時にねだってゲットした数枚のツーショットと、後は、こっそり取った寝顔だ。
「なんでよ」
「もったいない。可愛いから、人に見せたくない」
「うっわー」
 琴子は大げさに仰け反ると、チーズの残りを口に放り込んだ。
「弟のデレとか辛いわ。あ、じゃあ、私のトニーの写真も見せるから、見せっこしようよ」
「俺別にトニー見たくないし。マッチョに興味ねえし」
「ふーん、彼氏さんは華奢なタイプなんだ」
 にまにま笑う琴子である。
 気づけば、ワインは空になっている。飲んだのはほとんど琴子だ。酔った琴子は若干、うざい。
「ねえねえ、名前は? なんて呼んでるの?」
 酒も入って、来た時よりハイテンションになっている。
「……ユキ」
「え、なにそれ。可愛い。萌える」
 足をばたばたさせて悶える琴子を見て、空乃は笑う。
 そうか、ノロけるのって、気持ちいいもんなんだな。
 琴子は、偉そうで弟遣いの荒い姉だが、空乃は人間として姉のことを認めているし尊敬している。
 琴子なら、行人のことを話してもすんなり受け入れるだろうと確信していた。
 でも実際にそうしてもらえると、やっぱり嬉しい。
 いつか、行人をちゃんと紹介できる日が来れば良いと思う。
 ユキちゃん、またすげえ抵抗しそうだけど。

「やっぱ写真見たーい」
「見せねえよ。もういいだろ。それ以上絡むと、デザート出さないからな」
「デザートあるの?」
「あるよ。スイカのシャーベット」
「食べる!」
「へえへえ」
 空乃は苦笑して、姉のためにデザートの器を用意する。
 ひとりで肉を食べる予定だったが、それよりも格段に楽しい夜だった。
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