ペンと羅針盤

ナムラケイ

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03:バスローブが似合う男

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 ワニゾーンを抜け出すと、視界が開け、草むらの生い茂る場所に出た。
 このあたりの湿原には水草も蓮もなく、水面は鏡のように空と樹々を反射している。
 水は澄んでいるのにとろりとしていて、森がまるごと閉じ込められているみたいだ。
 夕暮れに近づいているのか、空は青みを失い雲は黄みがかっている。
 湿原すれすれの低い位置を野鳥の群れが羽ばたいていく。

 幻想的な情景に、航平は写真を撮るのも忘れて溜め息をついた。
 胸のつかえを全部取り去るような、太古から続く雄大な自然に、言葉が見つからない。
 徹夜で書いた出張報告書とか明日の飛行機の出発時間とか、溜まってるメールボックスとか上司の決裁とか。
 全部どうでもよくなってしまう。

「こういうところにいると、全部どうでもよくなるな」

 心を読んだように有馬が同じことを囁いたので、航平はただただ頷いた。

 

 帰りのバスは二人して爆睡だった。
 ダーウィンに到着してガイドと別れ、腕時計を見ると19時半。
 有馬も同じように時間を確認して、少し迷っているような風情だ。
 なんとなく、別れがたいっつうか。多分、お互いに。

「メシでも行く?」

 航平が誘うと、有馬はぱっと顔を上げて、「いいね」と答えた。
 ダーウィンは、1時間もあればダウンタウンを回り切れてしまう小さな街だ。
 オーストラリアの典型的な地方都市だが、ビーチが近いので開放感に溢れている。
 レストランには事欠かないが、日中汗だくになった身体で入るのは流石に気が引ける。
 テイクアウトの料理と酒を仕入れて、航平の部屋で飲むことにした。


 有馬は酒を冷蔵庫に入れてから、部屋を見回した。
 クイーンサイズのベッドとガラスの丸テーブル、チェアが1脚あるだけのシンプルな部屋だが、5つ星ホテルなので内装に高級感がある。

「ヒルトン宿泊なんてリッチな出張だね」
「今回は会議の主催者が払ってくれてるからな。普段の出張はもっと安いとこに泊まってる」
「出張が多い仕事なんだ」
「今の配置はな。異動してきて2年目なんだけど、去年は月2回ペースで海外出張してた」
「で、その度にサボって観光してるんだ」
「毎回じゃねえって。ちょいシャワーしてくる」

 有馬の茶々をかわして、航平はバスルームに行く。
 髪も身体も汗と砂埃でべとべとだった。
 熱めのシャワーでさっぱりして部屋着に着替え、有馬にバスタオルを投げた。

「あんたも浴びろよ。そのままだと気持ち悪いだろ。服、俺ので良ければ貸すし」
「いや、さすがにそれは申し訳ないよ。バスローブの予備があったら貸してほしいな」
「クローゼットにあるから、勝手に取れよ」
「ありがとう」

 シャワーを浴びてバスローブ姿で出てきた有馬は、コマーシャルに出てくる俳優のようだった。
 細身に見えたのに胸板がしっかりしているし、水気が残った髪が色気を増している。
 水も滴るなんとやらだ。

「あんた、バスローブが似合うな」

 率直な感想を述べると、有馬は肩を竦めた。

「それ、褒めてるの」
「褒めてる褒めてる。日本人でそこまでバスローブが似合う奴なんか珍しい」
「全然嬉しくないんだけど」

 喋りながら、ビール缶のプルトップを開けて乾杯する。銘柄は、オーストラリアで売り上げナンバーワンのヴィクトリア・ビターだ。
 一日動いた後のビールは格別だ。
 二人とも一気に飲み干し、二本目に手を伸ばした。

「ワインにすれば良かったかな」
「そう? 僕は今日はビールの気分だけど」
「俺もだけど、ワイングラスってバスローブに合うじゃん」

 今日は散々有馬にからかわれたので、からかい返しだ。

「バスローブネタはもうやめてくれないかな。次言ったら脱ぐからね」
「全裸で飲むのかよ」
「パンツは履いてるよ」

 馬鹿話をしながら、テイクアウトした中華料理を平らげていく。
 焼きそばにチャーハン、唐揚げに野菜のとろみ煮という定番メニューだ。
 どれもテイクアウト用の白く四角い容器に入っている。

「俺、一回これやってみたかったんだよな」
「どれ?」
「この入れ物でデリバリーするの。アメリカのドラマで、独身男が深夜にこれに入った焼きそば食ってたりするだろ」

 説明すると、有馬は納得したように頷いた。

「独身者の侘しい食事の象徴だよね」
「実際一人で食べてたら寂しいのかもしんねえけど、なんかカッコよく見えてさ」
「アメリカのドラマって、そういう定番のシーン多いよね。制服姿でドーナツ食べてる警官とか。女の子4人が部屋でピザ食べながらコイバナしたりとか」
「それな!」

 その後は、自分的海外ドラマベスト10を発表しあったりして、盛り上がった。
 有馬は映画もドラマもよく見るらしく、航平よりも断然詳しかった。

「すっげえ詳しいのな。基本インドア派? あ、でも今日のツアー参加するくらいだから、アウトドアもすんのか」
「アウトドアっていうか、旅行が好きなんだよね。旅先でトレッキングやダイビングすることもあるけど、趣味ってほどじゃないかな。航平は?」
「俺は結構色々やるぜ。釣りにダイビング、サーフィン、草野球、フットサル。キャンプも好きだし。インドアだと映画とかジグソーパズル」

 航平は指折り数えた。一人暮らしのワンルームマンションは、趣味の道具で溢れている。

「すごい、多趣味だね」
「俺のモットー、なんでも試してみる!だから」
「いいね。君らしい」
「色々手広げてばっかで、どれも自慢できるほど上手くないけどな」
「趣味なんて、自分が楽しければいいんだよ」
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