3 / 53
03:バスローブが似合う男
しおりを挟む
ワニゾーンを抜け出すと、視界が開け、草むらの生い茂る場所に出た。
このあたりの湿原には水草も蓮もなく、水面は鏡のように空と樹々を反射している。
水は澄んでいるのにとろりとしていて、森がまるごと閉じ込められているみたいだ。
夕暮れに近づいているのか、空は青みを失い雲は黄みがかっている。
湿原すれすれの低い位置を野鳥の群れが羽ばたいていく。
幻想的な情景に、航平は写真を撮るのも忘れて溜め息をついた。
胸のつかえを全部取り去るような、太古から続く雄大な自然に、言葉が見つからない。
徹夜で書いた出張報告書とか明日の飛行機の出発時間とか、溜まってるメールボックスとか上司の決裁とか。
全部どうでもよくなってしまう。
「こういうところにいると、全部どうでもよくなるな」
心を読んだように有馬が同じことを囁いたので、航平はただただ頷いた。
帰りのバスは二人して爆睡だった。
ダーウィンに到着してガイドと別れ、腕時計を見ると19時半。
有馬も同じように時間を確認して、少し迷っているような風情だ。
なんとなく、別れがたいっつうか。多分、お互いに。
「メシでも行く?」
航平が誘うと、有馬はぱっと顔を上げて、「いいね」と答えた。
ダーウィンは、1時間もあればダウンタウンを回り切れてしまう小さな街だ。
オーストラリアの典型的な地方都市だが、ビーチが近いので開放感に溢れている。
レストランには事欠かないが、日中汗だくになった身体で入るのは流石に気が引ける。
テイクアウトの料理と酒を仕入れて、航平の部屋で飲むことにした。
有馬は酒を冷蔵庫に入れてから、部屋を見回した。
クイーンサイズのベッドとガラスの丸テーブル、チェアが1脚あるだけのシンプルな部屋だが、5つ星ホテルなので内装に高級感がある。
「ヒルトン宿泊なんてリッチな出張だね」
「今回は会議の主催者が払ってくれてるからな。普段の出張はもっと安いとこに泊まってる」
「出張が多い仕事なんだ」
「今の配置はな。異動してきて2年目なんだけど、去年は月2回ペースで海外出張してた」
「で、その度にサボって観光してるんだ」
「毎回じゃねえって。ちょいシャワーしてくる」
有馬の茶々をかわして、航平はバスルームに行く。
髪も身体も汗と砂埃でべとべとだった。
熱めのシャワーでさっぱりして部屋着に着替え、有馬にバスタオルを投げた。
「あんたも浴びろよ。そのままだと気持ち悪いだろ。服、俺ので良ければ貸すし」
「いや、さすがにそれは申し訳ないよ。バスローブの予備があったら貸してほしいな」
「クローゼットにあるから、勝手に取れよ」
「ありがとう」
シャワーを浴びてバスローブ姿で出てきた有馬は、コマーシャルに出てくる俳優のようだった。
細身に見えたのに胸板がしっかりしているし、水気が残った髪が色気を増している。
水も滴るなんとやらだ。
「あんた、バスローブが似合うな」
率直な感想を述べると、有馬は肩を竦めた。
「それ、褒めてるの」
「褒めてる褒めてる。日本人でそこまでバスローブが似合う奴なんか珍しい」
「全然嬉しくないんだけど」
喋りながら、ビール缶のプルトップを開けて乾杯する。銘柄は、オーストラリアで売り上げナンバーワンのヴィクトリア・ビターだ。
一日動いた後のビールは格別だ。
二人とも一気に飲み干し、二本目に手を伸ばした。
「ワインにすれば良かったかな」
「そう? 僕は今日はビールの気分だけど」
「俺もだけど、ワイングラスってバスローブに合うじゃん」
今日は散々有馬にからかわれたので、からかい返しだ。
「バスローブネタはもうやめてくれないかな。次言ったら脱ぐからね」
「全裸で飲むのかよ」
「パンツは履いてるよ」
馬鹿話をしながら、テイクアウトした中華料理を平らげていく。
焼きそばにチャーハン、唐揚げに野菜のとろみ煮という定番メニューだ。
どれもテイクアウト用の白く四角い容器に入っている。
「俺、一回これやってみたかったんだよな」
「どれ?」
「この入れ物でデリバリーするの。アメリカのドラマで、独身男が深夜にこれに入った焼きそば食ってたりするだろ」
説明すると、有馬は納得したように頷いた。
「独身者の侘しい食事の象徴だよね」
「実際一人で食べてたら寂しいのかもしんねえけど、なんかカッコよく見えてさ」
「アメリカのドラマって、そういう定番のシーン多いよね。制服姿でドーナツ食べてる警官とか。女の子4人が部屋でピザ食べながらコイバナしたりとか」
「それな!」
その後は、自分的海外ドラマベスト10を発表しあったりして、盛り上がった。
有馬は映画もドラマもよく見るらしく、航平よりも断然詳しかった。
「すっげえ詳しいのな。基本インドア派? あ、でも今日のツアー参加するくらいだから、アウトドアもすんのか」
「アウトドアっていうか、旅行が好きなんだよね。旅先でトレッキングやダイビングすることもあるけど、趣味ってほどじゃないかな。航平は?」
「俺は結構色々やるぜ。釣りにダイビング、サーフィン、草野球、フットサル。キャンプも好きだし。インドアだと映画とかジグソーパズル」
航平は指折り数えた。一人暮らしのワンルームマンションは、趣味の道具で溢れている。
「すごい、多趣味だね」
「俺のモットー、なんでも試してみる!だから」
「いいね。君らしい」
「色々手広げてばっかで、どれも自慢できるほど上手くないけどな」
「趣味なんて、自分が楽しければいいんだよ」
このあたりの湿原には水草も蓮もなく、水面は鏡のように空と樹々を反射している。
水は澄んでいるのにとろりとしていて、森がまるごと閉じ込められているみたいだ。
夕暮れに近づいているのか、空は青みを失い雲は黄みがかっている。
湿原すれすれの低い位置を野鳥の群れが羽ばたいていく。
幻想的な情景に、航平は写真を撮るのも忘れて溜め息をついた。
胸のつかえを全部取り去るような、太古から続く雄大な自然に、言葉が見つからない。
徹夜で書いた出張報告書とか明日の飛行機の出発時間とか、溜まってるメールボックスとか上司の決裁とか。
全部どうでもよくなってしまう。
「こういうところにいると、全部どうでもよくなるな」
心を読んだように有馬が同じことを囁いたので、航平はただただ頷いた。
帰りのバスは二人して爆睡だった。
ダーウィンに到着してガイドと別れ、腕時計を見ると19時半。
有馬も同じように時間を確認して、少し迷っているような風情だ。
なんとなく、別れがたいっつうか。多分、お互いに。
「メシでも行く?」
航平が誘うと、有馬はぱっと顔を上げて、「いいね」と答えた。
ダーウィンは、1時間もあればダウンタウンを回り切れてしまう小さな街だ。
オーストラリアの典型的な地方都市だが、ビーチが近いので開放感に溢れている。
レストランには事欠かないが、日中汗だくになった身体で入るのは流石に気が引ける。
テイクアウトの料理と酒を仕入れて、航平の部屋で飲むことにした。
有馬は酒を冷蔵庫に入れてから、部屋を見回した。
クイーンサイズのベッドとガラスの丸テーブル、チェアが1脚あるだけのシンプルな部屋だが、5つ星ホテルなので内装に高級感がある。
「ヒルトン宿泊なんてリッチな出張だね」
「今回は会議の主催者が払ってくれてるからな。普段の出張はもっと安いとこに泊まってる」
「出張が多い仕事なんだ」
「今の配置はな。異動してきて2年目なんだけど、去年は月2回ペースで海外出張してた」
「で、その度にサボって観光してるんだ」
「毎回じゃねえって。ちょいシャワーしてくる」
有馬の茶々をかわして、航平はバスルームに行く。
髪も身体も汗と砂埃でべとべとだった。
熱めのシャワーでさっぱりして部屋着に着替え、有馬にバスタオルを投げた。
「あんたも浴びろよ。そのままだと気持ち悪いだろ。服、俺ので良ければ貸すし」
「いや、さすがにそれは申し訳ないよ。バスローブの予備があったら貸してほしいな」
「クローゼットにあるから、勝手に取れよ」
「ありがとう」
シャワーを浴びてバスローブ姿で出てきた有馬は、コマーシャルに出てくる俳優のようだった。
細身に見えたのに胸板がしっかりしているし、水気が残った髪が色気を増している。
水も滴るなんとやらだ。
「あんた、バスローブが似合うな」
率直な感想を述べると、有馬は肩を竦めた。
「それ、褒めてるの」
「褒めてる褒めてる。日本人でそこまでバスローブが似合う奴なんか珍しい」
「全然嬉しくないんだけど」
喋りながら、ビール缶のプルトップを開けて乾杯する。銘柄は、オーストラリアで売り上げナンバーワンのヴィクトリア・ビターだ。
一日動いた後のビールは格別だ。
二人とも一気に飲み干し、二本目に手を伸ばした。
「ワインにすれば良かったかな」
「そう? 僕は今日はビールの気分だけど」
「俺もだけど、ワイングラスってバスローブに合うじゃん」
今日は散々有馬にからかわれたので、からかい返しだ。
「バスローブネタはもうやめてくれないかな。次言ったら脱ぐからね」
「全裸で飲むのかよ」
「パンツは履いてるよ」
馬鹿話をしながら、テイクアウトした中華料理を平らげていく。
焼きそばにチャーハン、唐揚げに野菜のとろみ煮という定番メニューだ。
どれもテイクアウト用の白く四角い容器に入っている。
「俺、一回これやってみたかったんだよな」
「どれ?」
「この入れ物でデリバリーするの。アメリカのドラマで、独身男が深夜にこれに入った焼きそば食ってたりするだろ」
説明すると、有馬は納得したように頷いた。
「独身者の侘しい食事の象徴だよね」
「実際一人で食べてたら寂しいのかもしんねえけど、なんかカッコよく見えてさ」
「アメリカのドラマって、そういう定番のシーン多いよね。制服姿でドーナツ食べてる警官とか。女の子4人が部屋でピザ食べながらコイバナしたりとか」
「それな!」
その後は、自分的海外ドラマベスト10を発表しあったりして、盛り上がった。
有馬は映画もドラマもよく見るらしく、航平よりも断然詳しかった。
「すっげえ詳しいのな。基本インドア派? あ、でも今日のツアー参加するくらいだから、アウトドアもすんのか」
「アウトドアっていうか、旅行が好きなんだよね。旅先でトレッキングやダイビングすることもあるけど、趣味ってほどじゃないかな。航平は?」
「俺は結構色々やるぜ。釣りにダイビング、サーフィン、草野球、フットサル。キャンプも好きだし。インドアだと映画とかジグソーパズル」
航平は指折り数えた。一人暮らしのワンルームマンションは、趣味の道具で溢れている。
「すごい、多趣味だね」
「俺のモットー、なんでも試してみる!だから」
「いいね。君らしい」
「色々手広げてばっかで、どれも自慢できるほど上手くないけどな」
「趣味なんて、自分が楽しければいいんだよ」
4
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる