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08:撮影とトースト
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そして撮影当日。金曜日の午前7時。
日課のジョギングをいつもより早い時間に済ませ、シャワーを浴びて準備をしていると、有馬と撮影クルーがやってきた。
朝早くからご苦労なことだ。
カメラマンに音声マンにアシスタント・ディレクター。
狭い独身用マンションに、大人5人が集うとさすがに暑苦しい。しかも部屋にはカレーの匂いが充満している。
アシスタントから再度段取りの説明があり、クルーが手早く室内の照度やカメラアングルを確認し、すぐに撮影となった。
皿にカレーを盛り、2人用の小ぶりなダイニングセットでカレーを食べる。食べながら、アシスタントの質問に答える。
「朝からがっつりカレーなんですね。昨日のお夕飯がカレーだったんですか?」
「いえ。平日の夕食は職場で食べることが多いので。これは、週末に多めに作って冷凍していたものを解凍しただけです」
「お仕事が自衛官ということで、朝食もパワフルなメニューを心がけているんでしょうか」
「そうですね。今はデスクワークが多いのですが、しっかり食べてしっかり動くようにしています」
嘘だ。普段の朝食はトーストやTKGで簡単に済ませている。
男子高校生でもあるまいし、朝からカレーなんて食べない。美味そうに食べてみせているが、若干胃が辛い。
「十波3佐、撮影の時の朝飯はカレー一択だから」
無茶ぶりしてきたのは広報室の武井3佐だ。
「嫌ですよ」
「横須賀海軍カレーに潜水艦カレー。世間の皆さまは、海上自衛隊といえばカレーとのイメージを持っていらっしゃるわ。海自のカレー文化を更に発信してきてね」
「朝からカレーとか、やらせにしか見えないですよ」
「それは本当に朝からカレーを食べている人に失礼でしょう」
「そんな人知りませんよ。大体、テレビ局側だって、白米味噌汁鮭卵とかトーストにハムエッグとか、普通の健康的な食事を撮りたいんじゃないですか」
「カレーで問題ないと有馬記者から了解を貰っているわ。これまでカレーを食べた出演者はいないらしいから、面白そうだと言っていたわよ」
だから、俺のいないところで勝手に結託して話を勧めないでほしい。
航平の抵抗は歯牙にもかけられなかった。
撮影クルーの仕切りはさすがの手際の良さで、撮影はすぐに終了した。
「十波さん、慣れてらっしゃいますね。ここまで緊張されない方も珍しいです」
後片付けをしながら、アシスタントの女性が褒めてくれる。
「人前で話すのはある程度慣れているので」
「自衛官の方って皆さんそうなんですか?」
「幹部自衛官はそうだと思いますよ。数十人の部下の前で偉そうに訓示を垂れなきゃいけないですし」
「数十人! 凄いですね。十波さん、頼れるリーダーって感じですもんね」
さすがテレビ局のスタッフだ。出演者をおだてるのが上手い。
女性に褒められまんざらでもない航平の横から、有馬が「僕も十波さんの下で働いてみたいなあ」などと口を挟んでくる。
「やあだ、有馬さんてば」
冗談と取ったのだろう。アシスタントはけらけらと笑っているが、有馬は絶対マジだ。
人前で際どい発言をしないでほしい。
アシスタントから見えない位置で、有馬の足を踏んづけてやった。
「では、本日はありがとうございました。次の撮影がありますので、私たちはこれで失礼します」
撮影クルーはあっという間に撤収していったが、何故か有馬だけは部屋に残っている。
「あんたは帰んねえの?」
警戒する航平に、有馬はちゃらっと車のキーを出してみせた。
「これから出勤だよね。僕、車で来てるから、防衛省まで一緒に行こう」
慣れないカメラを回されて無意識に緊張していたのか、朝からなんだか疲れた。
今から満員電車に乗るのも億劫なので、大人しく申し出を受け入れることにする。
その前に、ちょっと一息つきたい。
2杯分のドリップコーヒーを入れて、片方のカップを有馬に差し出した。
「ミルクと砂糖いるか?」
「ブラックがいい。ありがとう」
今朝はまだニュースを見ていなかったので、テレビをつける。
チャンネルを帝都テレビに合わせると、有馬は「お気遣いいただきまして」と律儀に礼を言った。
「そういや、あんたは朝飯食ったのか?」
ここに7時に来たということは、相当早起きしたはずだ。
「まだだよ。出勤途中でコーヒーとドーナツでも買おうかな」
「ニューヨークの警官かよ」
あの夜の続きのような会話に、二人して笑いを漏らす。
「食うなら、パン焼くけど」
「え、いいの?」
「トースターにいれるだけだからな」
「食べる食べる」
有馬は嬉しそうだ。そんなに腹が減っていたのか。
トーストにバターだけでは愛想がないので、残っていたカレーととろけるチーズを乗せて、カレーチーズトーストにしてやる。
調理時間3分のメニューだが、有馬は目を輝かせた。
「記念すべき航平の初手料理」
「気持ち悪い言い方するなよ。大体、手料理ってほどでもないだろ」
「料理をしない僕には十分手料理だよ。いただきます」
礼儀正しく手を合わせて、有馬はさくさくとパンを食べている。
一口ごとに「美味しい」とか「とろとろ」とか「このカレー美味いね」などと感想を漏らしている。食レポか。
航平はコーヒーを飲みながら、食事をする有馬を眺める。
自分が作ったものを誰かに食べてもらうのは久しぶりだ。
いつもは1人のダイニングテーブルで誰かと向かい合っているのも変な感じだ。
なんとなくむずがゆい。
けれど、悪くない。
日課のジョギングをいつもより早い時間に済ませ、シャワーを浴びて準備をしていると、有馬と撮影クルーがやってきた。
朝早くからご苦労なことだ。
カメラマンに音声マンにアシスタント・ディレクター。
狭い独身用マンションに、大人5人が集うとさすがに暑苦しい。しかも部屋にはカレーの匂いが充満している。
アシスタントから再度段取りの説明があり、クルーが手早く室内の照度やカメラアングルを確認し、すぐに撮影となった。
皿にカレーを盛り、2人用の小ぶりなダイニングセットでカレーを食べる。食べながら、アシスタントの質問に答える。
「朝からがっつりカレーなんですね。昨日のお夕飯がカレーだったんですか?」
「いえ。平日の夕食は職場で食べることが多いので。これは、週末に多めに作って冷凍していたものを解凍しただけです」
「お仕事が自衛官ということで、朝食もパワフルなメニューを心がけているんでしょうか」
「そうですね。今はデスクワークが多いのですが、しっかり食べてしっかり動くようにしています」
嘘だ。普段の朝食はトーストやTKGで簡単に済ませている。
男子高校生でもあるまいし、朝からカレーなんて食べない。美味そうに食べてみせているが、若干胃が辛い。
「十波3佐、撮影の時の朝飯はカレー一択だから」
無茶ぶりしてきたのは広報室の武井3佐だ。
「嫌ですよ」
「横須賀海軍カレーに潜水艦カレー。世間の皆さまは、海上自衛隊といえばカレーとのイメージを持っていらっしゃるわ。海自のカレー文化を更に発信してきてね」
「朝からカレーとか、やらせにしか見えないですよ」
「それは本当に朝からカレーを食べている人に失礼でしょう」
「そんな人知りませんよ。大体、テレビ局側だって、白米味噌汁鮭卵とかトーストにハムエッグとか、普通の健康的な食事を撮りたいんじゃないですか」
「カレーで問題ないと有馬記者から了解を貰っているわ。これまでカレーを食べた出演者はいないらしいから、面白そうだと言っていたわよ」
だから、俺のいないところで勝手に結託して話を勧めないでほしい。
航平の抵抗は歯牙にもかけられなかった。
撮影クルーの仕切りはさすがの手際の良さで、撮影はすぐに終了した。
「十波さん、慣れてらっしゃいますね。ここまで緊張されない方も珍しいです」
後片付けをしながら、アシスタントの女性が褒めてくれる。
「人前で話すのはある程度慣れているので」
「自衛官の方って皆さんそうなんですか?」
「幹部自衛官はそうだと思いますよ。数十人の部下の前で偉そうに訓示を垂れなきゃいけないですし」
「数十人! 凄いですね。十波さん、頼れるリーダーって感じですもんね」
さすがテレビ局のスタッフだ。出演者をおだてるのが上手い。
女性に褒められまんざらでもない航平の横から、有馬が「僕も十波さんの下で働いてみたいなあ」などと口を挟んでくる。
「やあだ、有馬さんてば」
冗談と取ったのだろう。アシスタントはけらけらと笑っているが、有馬は絶対マジだ。
人前で際どい発言をしないでほしい。
アシスタントから見えない位置で、有馬の足を踏んづけてやった。
「では、本日はありがとうございました。次の撮影がありますので、私たちはこれで失礼します」
撮影クルーはあっという間に撤収していったが、何故か有馬だけは部屋に残っている。
「あんたは帰んねえの?」
警戒する航平に、有馬はちゃらっと車のキーを出してみせた。
「これから出勤だよね。僕、車で来てるから、防衛省まで一緒に行こう」
慣れないカメラを回されて無意識に緊張していたのか、朝からなんだか疲れた。
今から満員電車に乗るのも億劫なので、大人しく申し出を受け入れることにする。
その前に、ちょっと一息つきたい。
2杯分のドリップコーヒーを入れて、片方のカップを有馬に差し出した。
「ミルクと砂糖いるか?」
「ブラックがいい。ありがとう」
今朝はまだニュースを見ていなかったので、テレビをつける。
チャンネルを帝都テレビに合わせると、有馬は「お気遣いいただきまして」と律儀に礼を言った。
「そういや、あんたは朝飯食ったのか?」
ここに7時に来たということは、相当早起きしたはずだ。
「まだだよ。出勤途中でコーヒーとドーナツでも買おうかな」
「ニューヨークの警官かよ」
あの夜の続きのような会話に、二人して笑いを漏らす。
「食うなら、パン焼くけど」
「え、いいの?」
「トースターにいれるだけだからな」
「食べる食べる」
有馬は嬉しそうだ。そんなに腹が減っていたのか。
トーストにバターだけでは愛想がないので、残っていたカレーととろけるチーズを乗せて、カレーチーズトーストにしてやる。
調理時間3分のメニューだが、有馬は目を輝かせた。
「記念すべき航平の初手料理」
「気持ち悪い言い方するなよ。大体、手料理ってほどでもないだろ」
「料理をしない僕には十分手料理だよ。いただきます」
礼儀正しく手を合わせて、有馬はさくさくとパンを食べている。
一口ごとに「美味しい」とか「とろとろ」とか「このカレー美味いね」などと感想を漏らしている。食レポか。
航平はコーヒーを飲みながら、食事をする有馬を眺める。
自分が作ったものを誰かに食べてもらうのは久しぶりだ。
いつもは1人のダイニングテーブルで誰かと向かい合っているのも変な感じだ。
なんとなくむずがゆい。
けれど、悪くない。
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