神造のヨシツネ

ワナリ

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第6話:源氏という家族(前編)

Act-08 策士と凡人

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 まるで奇襲の様なヨリトモの口上。それに一同が唖然とする中、

「フッ、フフフッ」

 それまで不敵に微笑み続けるだけだったゴシラカワが、たまらず笑い出してしまった。

 そして、ゴシラカワがじっとヨリトモを見つめる。ヨリトモも――貴人に対する礼を失さない所作ではあるが――その視線を真正面から受け止めた。

 いい顔をしているな――と、ゴシラカワは、初めてまみえるこの源氏の棟梁に、好感を抱いた。

 姉妹だけあってウシワカに似ているが、母が違うせいか、その顔には在りし日のヨシトモの面影が色濃く出ている。
 だがヨシトモと違い、ヨリトモは女である。その身で源氏を束ねてきた苦労は想像を絶するものであろうし、その凛とした眼差しも、きっと相当無理をしているに違いない。

 今の上洛の口上も、源氏の子であるウシワカが皇室の子でもあったという衝撃に、場が流されそうになるのを覆す、絶妙のタイミングであったが、ヨリトモ自身は、内心激しく動揺していたであろう。

 自身に妹がいると知ったばかりの――その妹が皇位継承に一番近い皇女だったのである。驚くなという方が無理である。その揺れる心をひた隠し、話自体を愚直の一手でうやむやに流すなど、並みの者にできる事ではない。

 だが卓越した洞察力を有するゴシラカワの見るところ、ヨリトモの根本は『凡人』であった。しかし、偉大なる凡人であった。
 だからこそ彼女はここまで、この『源氏』という複雑すぎる一族を束ねる事ができたのであろう。

「上洛、大義」

 考察を終えたゴシラカワは、まずそう言うと、

「源氏の忠勤により、平氏は西に去った。礼を申すぞ」

 と、玉座に肘をついた姿勢で、シンゼイをチラリと見る。すると、

此度こたびの平氏追討――勲功第一はみなもとのヨリトモ。第二が木曽ヨシナカ。第三がみなもとのウシワカとする」

 と、あらかじめ打ち合わせておいた、勲功の序列をシンゼイが申し渡す。

 それに対して、

「おいおい、都に一番乗りしたのは、この俺だぜ!」

 とヨシナカが、すぐさまそれに不満を漏らした。

「貴様、無礼だぞ!」

 またもやシンゼイが、それを叱責するが、

「ヨシナカよ、点ではない――面でものを考えよ。此度こたびの平氏とのいくさで、お前が落としたのはシナノからエチゼン、オウミであろう。しかし、ヨリトモはカマクラからキョウトに至るまでの、東方の平氏をことごとく駆逐してみせた。平氏が都落ちせざるを得なくなるまで弱体化したのは、ひとえにヨリトモの功である」

 と、ゴシラカワは妖しく微笑みながら、ヨシナカの顔をのぞき込むと、

「それに……都の一番乗りなら、ウシワカの方が先にヘイアン宮に到達しているぞ」

 とどめの一言で、ヨシナカの反論を見事に封殺してしまった。

「そうかい、そうかい」

 ヨシナカも一方の雄である。ここはこの老獪な女帝に従った方が得策と判断すると――潔く矛を収めて、両手を上げる素ぶりで伊達に振る舞うと、一旦この場は引き下がった。
 だが夫の目に、消えぬ野心の炎が燃えている事に気付くと、トモエはそれに一抹の不安を感じ、顔を曇らせた。

「だがヨシナカの功も抜群である。しかるべき叙任は追って沙汰するゆえ――まずは皆、都の治安と、西方に逃げた平氏の追討に励んでくれ」

 場を締めくくる様なゴシラカワの発言――だが勝負は、ここからであった。

「都の警備は俺たち木曽軍に任せてくれ。それが今回の褒賞で構わない。屁理屈抜きで、都に一番乗りしたのは俺たちだ。それくらいの権利はあるはずだぜ」

 と、時が来たとばかりに、ヨシナカは――ヨリトモを牽制する様に――そう主張した。

 都の警備を担当する。それは皇帝の御所を守護する事であり、武力を持たない朝廷を実質掌握するという――平氏が用いた――婉曲な国家権力の簒奪方法であった。

 それはヨシナカに、天下を取る野心があるという証明であり、大胆極まりない発言であったが――ヨシナカにしてみれば、ここでヨリトモにキョウト守護の任を渡してしまえば、なんのために常軌を逸する行軍速度で都入りしたのか、すべての苦労が無駄になってしまう。

 ヨリトモがどう出るか――一同の注目がそこに集まる。常識で考えればヨリトモは、ヨシナカの主張を退けて、源氏本軍でのキョウト守護を宣言するはずであった。

 だが――

「キョウトは、ヨシナカ殿にお任せいたしましょう」

 案に反してヨリトモは、あっさりそう言うと、

「陛下、平氏は都から去ったといえど、いまだ残存勢力は東方にも数多くございます。我らはその掃討の任にあたりたく――」

 と、欲のない殊勝な物言いをすると見せながら、続けて、

「つきましては、それら平定地域の安定のため、その行政権を陛下の勅命にてお与えくださいませ」

 行政権――ひどく灰色な物言いで、その言葉を締めくくった。

 この発言を好意的にとらえれば、東方の平氏を駆逐した後、朝廷の行政代行をして、その地の復興に努めると解釈できるが、その裏には――刈り取った地域の実効支配を追認しろ、という意図が含まれているとも読める。

 ヨシナカの直接的な要求と対照的な、これがヨリトモの真骨頂であった。
 慎重に慎重を重ね、バランスを取りつつも実利は外さない。そして、

「では我らは急ぎ、まだ途上にありまするヤマトの平定に向かいたく存じます。それでは――」

 と、当然即答はできないであろう朝廷側の立場を尊重しながら――だが否とも言わせぬために、残敵掃討を名目に、そそくさと御座所から退出してしまった。

 帝の許しも得ずに、謁見を打ち切るその行為も、すべてが儀礼にかなったヨリトモの所作のおかげで、あの口うるさいシンゼイでさえ引き止める事もできず、一同は源氏本軍諸将の背中を見送る事しかできなかった。

 東方支配の件――お考えくだされ。

 ヨリトモからの無言のメッセージを受け取ったゴシラカワは、その巧妙な駆け引きが自分好みであった事に、思わず含み笑いを漏らしてしまう。みなもとのヨリトモ――想像以上であった、と。

 そして、もはやウシワカが、ゴシラカワの娘であったという件は棚上げになってしまったが、当のウシワカも、あれほど知りたがっていた母の正体が判明したにもかかわらず、チラリとゴシラカワと目を合わせただけで、

「行こう!」

 と、ベンケイの手を取り、サブローとカイソンを引き連れて、振り返る事なく姉ヨリトモの背中を追っていってしまった。
 もうウシワカにとって、大事なのは過去ではなく、源氏という未来であったのだ。

 そんな娘のつれない態度に、ゴシラカワは満足気に苦笑する。そして少しだけ居住まいを正すと、残された形となったヨシナカに向かって、

「ではヨシナカ、励めよ」

 と、明言を避けながらも、暗にヨシナカのキョウト守護を承認する事で――首都という盤上に新たな駒を打ち込んだ。



Act-08 策士と凡人 END

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