47 / 97
第8話:夢の果て
Act-06 タイムリミット
しおりを挟む御座所の空気が凍りつく。
その意味を、ウシワカだけが理解していなかった。
源氏嫡流である姉ヨリトモの政敵を助けるという発言は、それだけで一種の反逆行為である。加えてウシワカは、自分が皇女であるという立場もわきまえていなかった。
西に逃げた平氏が、先の皇帝タカクラの皇女アントクを奉戴する事によって、求心力を保っている様に――もしヨシナカが本拠地キソに、現皇帝ゴシラカワの皇女を伴えば、ようやくヨリトモの旗のもとに収まりかけた東方も、どうなるか分かったものではないのである。
ヨシナカもそれを理解しているので、一瞬その目に希望の光が宿ったが、
「ウシワカ……お前の好きにしろ」
と言い残し、妹に目を合わせる事なく退出していったヨリトモと、そんな姉の態度に恐れおののくウシワカの姿が、彼に野望をあきらめさせた。
ヨリトモ、ゴシラカワ、そして平氏――そのすべてに及ばなかったばかりか、無垢な少女の思いまでアテにしようとした自分を恥じると、
「ウシワカ……ありがとな」
そう言ってポンと肩を叩き、ヨリトモたちに続きヨシナカも御座所から出ていく。
夫に寄り添うトモエも、ウシワカの横を通り過ぎる時、嬉しそうに微笑みながら、
ありがとう――
と、目でそう言い、去っていった。
御座所に残ったのは、ゴシラカワ、シンゼイ、ウシワカ、ベンケイ、そして居並ぶ文官たち。
「ねえ母さん、どうしてヨシナカをいじめるの⁉︎」
そして、いきなりウシワカはぶちかました。
源氏嫡流の異母姉を『お姉ちゃん』と呼ぶ彼女は、まだ余人がいるこの状況で、惑星の頂点に君臨する女帝を『母さん』と、まるで市井の少女の様に気安く呼びかけた。
ヨリトモにおけるカゲトキの様に、ここでは摂政シンゼイが、場をわきまえないウシワカの態度に、
「貴様、口をつつしめ!」
と、すかさず叱責の声を上げるが、
「いじめる? 何を言っている?」
ゴシラカワはシンゼイを制しながら、
「私はヨシナカにもチャンスはやった――だが奴は果たせなかった。ならば潔くヨリトモの傘下に入るべきだ。だが奴はそれも拒絶した。まるで子供のわがままだな」
と、真っすぐな思いをぶつけてきた娘に、『政治』と言う名の正論でもって、それを一笑に付してしまった。
だがウシワカはひるまず、
「ヨシナカから聞いた――父さんは弟と、お祖父さんを殺したって! お姉ちゃんも……父さんの弟を殺した……。ねえ母さん、いったい源氏ってなんなのさ⁉︎」
と、今度は――姉に受け入れてもらえないやるせなさと共に――ここまで抱き続けてきた、『源氏』という一族に対する理解し難い不信感を、母に向けて投げかける。
それに対して、
「親兄弟、一族を切り捨てる事でしか生きられない者たち――それが源氏だ」
そう冷たくゴシラカワは言い放つと、続けて、
「お前は自分を『源ウシワカ』と言ったな? ならばその源氏の宿業、お前が断ち切れるか⁉︎ このままではヨシナカはヨリトモに討たれるぞ」
呆然とするウシワカ。それに追い討ちをかける様に、
「お前は源氏であると同時に、皇帝である私の娘――皇女だ。そのお前がヨシナカにつけば東方の野心家たちの中には、まだヨシナカにつく者もいるかもしれんぞ?」
と、とんでもない提案をするゴシラカワに、まずはシンゼイが唖然とした――この女は何を考えているのか、と。
そしてウシワカに至っては、その胸の内を理解してもらいたかった母に――姉を裏切れ、と思いもよらぬ正反対の答えを返され、混乱極まったその顔は涙目になっていた。
「もうやめて、トキワ!」
ゴシラカワを古き名で呼ぶ者――それは、ここまで耐えに耐えて、口をつぐみ続けていたツクモ神、ベンケイであった。
「もうこれ以上、この子を利用しないで!」
頬を濡らすウシワカの傍らに浮く彼女は、続けてそう言うとゴシラカワを睨みつける。
「ほう」
これには予想外だったゴシラカワは、興味深げに親友でもあるツクモ神の顔を見つめる。
「トキワ、ごめんなさい。私は朝廷のツクモ神……そしてあなたの友達よ」
ベンケイはまるで弁解する様に、そう前置きしてから、
「でも私は今……この子の事が一番大事。この子のそばにいたいの。だから、この子が皇女でも、源氏として生きていくなら――私はそれを支えていくわ」
そう言って、いつも以上の愛情で、ウシワカを背中から強く抱きしめた。
「ベンケイ……」
姉に黙殺され、今また母に突き放されたウシワカは――血の繋がらぬツクモ神の愛に、今度は心から涙した。
それを見たゴシラカワは、
「フフッ、好きにしろ」
と、まるでヨリトモの言葉をなぞる様に、ベンケイにそう言い放った。
そして御座所を去ろうとするウシワカの背中に、
「ウシワカ、もう一度言っておく。源氏の道は――修羅の道ぞ」
と、初対面の時に、父ヨシトモの短刀ヒザマルと共に送った言葉を、再び投げかけた。
それに振り返らずに進む、ウシワカとベンケイ。
この警告が母の愛である事に気付くには、ウシワカはまだ幼すぎた。
そして廷臣も退出して、御座所はゴシラカワとシンゼイの二人だけとなると、
「フクハラの戦……惑星カラが日食を起こしたそうだな」
ゴシラカワは呟く様にそう言うと、玉座の真上を睨みつけた。
「らしいな。そのおかけでヨシナカは命びろいした様なものだ」
いつもとは違う女帝の気迫に、シンゼイも今日ばかりは素直に相槌を打ちながら、同じく玉座の上を目で追う。
そこにあるのは、梁に埋め込まれた動かぬ裸形の女。
平氏都落ちの時に――惑星ヒノモトの秘事として――平トモモリにその存在を明かした、狐の耳と九本の尾を生やした彫像のごときそれに、
「こいつの神通力は徐々に復活してきている。あの日食も、ヨシナカを平氏に討たせようとした私を邪魔をしたのだ。もう時間は残されていない……」
と、憎悪に満ちたその面貌に対して、さらなる憎悪の感情でもってゴシラカワは、そう吐き捨てた。
それに、もはやシンゼイは何も言う事ができなかった。
そして、ゴシラカワはギラリとその目を光らせると、
「母上……私は必ずあなたを殺してみせる。そのためなら、私は源氏も平氏も――どこまでも追い詰めてみせる!」
と、異形の怪物を『母』と呼び、その誅滅のために手段を選ばない事を力強く宣言した。
Act-06 タイムリミット END
NEXT Act-07 本陣潜入
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる