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13:プリシラの味方
しおりを挟む外出の準備を終えて屋敷の中を歩き、プリシラはふと話し声に気付いて足を止めた。
通り掛かった一室から若い女性の声がする。それも、先程聞こえてきたのは「プリシラ様」という自分の名前……。
盗み聞きなどはしたないと分かっていても無性に気になり、半分ほど開かれた扉に身を寄せて中を覗けば、メイドが三人、何やら集まって話をしているのが見えた。壁に掃除道具が掛けられているあたり、仕事の最中に勝手に小休止でもしているのか。
彼女達の話題は……、プリシラと、プリシラに仕えているイヴについてのようだ。
「旦那様の仰ることに従っていれば良いのに、今日もまた出かけるらしいじゃない。こっちの迷惑も考えて欲しいわ」
「本当よ。勝手に出かけて旦那様の機嫌が悪くなっても我関せずなんだもの。それにジュノ様とも仲良くして、ますます旦那様の機嫌が悪くなるわ。本当に嫌になる」
「イヴも田舎出のくせにプリシラ様が味方についてるからって調子に乗って。この前なんて、仕事を押し付けようとしたら『プリシラ様からの頼みごとがあるので』って断ってきたのよ」
彼女達の陰口は止まる様子がなく、次から次へと尽きることなく溢れていく。
盛り上がる陰口を扉に隠れながら聞き、プリシラは彼女達に気付かれないよう溜息を吐いた。
フィンスター家の中で疎まれているのは知っている。今更この程度の陰口で傷付くこともないし、怒りを抱くほどのものでもない。胸を占めるのは呆れと落胆。
もっとも、だからといってみすみす聞き逃してやる気もない。
彼女達をここで罰して、魔女への土産話にでもしようか。
そう考えてプリシラは扉の影から出ようとした。
だがその直前「おい」と低い声が聞こえてきた。
室内から。否、室内の更にその先、窓の外、庭からだ。
「こんなところで陰口を叩いてないで働いたらどうだ」
そう厳しい口調で告げるのはオリバーだ。
彼の登場にメイド達がぎょっとする。今更ながらに窓を開けっぱなしでいたことに気付いたのか、誰もがしまったと言いたげな渋い表情を浮かべた。舌打ちでもしかねない表情は貴族の家のメイドらしからぬ品の無さではないか。
そのうえ、すぐさま一人が「なによ」とオリバーに食って掛かった。
「盗み聞きなんて失礼じゃない」
「あんな会話、好きで聞くわけないだろ。俺は馬車の用意をしていただけだ」
「馬車の……。あんた、プリシラ様付きとして新しく雇われた御者のオリバーね」
メイドの口調がより厳しくなるのは、オリバーがプリシラ側の人間だと考えているからだろう。
睨みつける眼光は鋭く、この事をプリシラに告げ口されるのではと危惧しているのが分かる。次いで一人が何かを思いついたのか「ねぇ」とオリバーに話しかけた。警戒から一転して下卑た笑みだ。
「プリシラ様に着いてたって良いことなんてないでしょう。旦那様に口添えしてあげるから、今回のこと黙っててくれない?」
「口添え?」
「そうよ。ただでさえあんた評判悪いんだから。あんたが御者になってからプリシラ様が頻繁に外出するようになったって旦那様も仰ってたし、このままじゃ給金を減らされたり解雇だってあり得るわよ」
以前の御者はプリシラの外出を嫌がっていた。時には適当な理由をつけて馬車を出すのを渋ることもあり、なにかにつけて直ぐにダレンに密告していた。挙げ句にプリシラの後を追って魔女の居住地を探ろうとしていたのだ。
魔女には会いたいが御者と顔を合わさないといけない……、そんなジレンマを以前のプリシラは感じていた。思い返せば、適当な理由で馬車を出すことを拒否され「それならもう良いわ」と外出を諦めたこともある。御者に屈したのではなく嫌気が勝ったのだ。
だが御者がオリバーに代わってからはその悩みは無くなった。
彼はプリシラの外出を快く思っており、頼むとすぐに馬車を用意してくれる。乗り込む際には少し会話を交わし、海辺に着くと客車の扉を開けて「足元にお気をつけて」と手を引いて、そして魔女のもとへと向かうプリシラを「いってらっしゃいませ」と穏やかに微笑んで見送ってくれるのだ。
結果、プリシラは以前の御者の時よりも魔女に会いに行く頻度が増えた。
それをダレンは良く思っておらず、オリバーはダレンから目をつけられている……。
(そうよね……。私が自由に動けば、そのぶんダレンの機嫌を損ねる。私が外出すればするたび、オリバーはダレンに目の敵にされるんだわ)
考えてみれば当然の事だが、プリシラは今更ながらに己の胸に罪悪感が湧くのを感じた。
そもそも、オリバーがフィンスター家の御者になったのはプリシラの行動によるものだ。その果てにオリバーがダレンに目をつけられ、今もメイド達から邪険にされている。果てには減給や解雇の可能性だってあるというではないか。
彼を苦境に立たせているのは他でもない自分だ。そう考えればプリシラは居ても立っても居られず、今すぐにオリバーに駆け寄って謝罪をしたい衝動さえ湧き上がった。
更に追い打ちをかけるのが、次いで発せられたオリバーの言葉。
「確かに、俺はフィンスター家の御者として雇われてる。主人はダレン様だ」
抑揚のない声。彼の言葉を聞き、プリシラは己の胸が痛むのを感じた。
オリバーまでダレンの味方に着いてしまうのか。だがそれを止める権利は自分にはない。オリバーにはオリバーの人生があり、彼はそのために取捨選択をすべきなのだ。
プリシラよりダレンに着く方が得と考えるのは当然のこと。
現にフィンスター家の屋敷はそんな考えの者ばかりではないか。オリバーが彼等に同調してしまってもおかしくない……。
そんな考えと共に無意識に胸元を強く掴む。
だが次の瞬間にはっと息をのみ俯いていた顔を上げたのは、扉の向こうにいるオリバーが「だけど」と話を続けたからだ。
「俺はダレン様の言動を支持する気はない」
はっきりとした迷いの無い断言。
怒鳴るような荒々しさはなく、それでいて確固たる強い意思を感じさせる。
「な、なによそれ……」
「俺がダレン様に従うのはあくまで御者として。御者の仕事の範囲内であれば命令に応じるつもりだ。だが俺個人、オリバー・オットールとしてダレン様につく気はない」
「個人としてって……、プリシラ様に着いたって損しかないじゃない。あんた解雇されても良いの?」
「構わない。たとえ職を盾にされようと、俺は俺の判断でプリシラ様の味方でいるだけだ。……そしてその判断は、損得なんて浅はかなものじゃない」
最後に告げた言葉は普段の彼の声よりも随分と低い。確固たる決意と、メイド達の考えに対しての嫌悪と怒りを感じさせる声だ。
これにはメイド達も臆したようで「それは……」だの「私達は」だのと言い淀む声が聞こえてきた。
挙げ句に仕事が残っていると言い出す。バツが悪くなりこの場を終わりにしたいのだろう、先程まで手を止めて陰口を叩いていたというのになんとも白々しい。
当人達もそれは分かっているのだろう、無理やりに話を終いにするやそそくさと掃除道具を手にしだす。
扉に身を寄せていたプリシラはメイド達がこちらに来るのに気付き、慌てて部屋を離れた。
『俺は俺の判断でプリシラ様の味方でいるだけだ』
オリバーの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
次第に胸の内まで溶け込んでいくような気がして、プリシラはまたも無意識に胸元を掴んだ。今度は傷みではなく高鳴りを押さえるために……。
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