殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき

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42:声に出さずとも愛を告げる

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 スコットとハンネスが乗ってきたのはアトキンス家の馬車。作りも豪華で手入れがされている。
 御者は年若い青年が務めており、彼はハンネスの弟子である医者見習いらしい。スコットが出掛ける際にも彼が御者を務めてくれているのだという。プリシラに対しても敬意をもって接してくれる好青年だ。

「セリーヌは私の外出を快く思っておりません。今日も、どこに行くのかと再三問い詰められました。ハンネスのもとだと言っても『他の医者に掛かると主治医の迷惑になる』と煩く、呆れてしまいますよ」
「お互い外出するのも一苦労ね。オリバーが来る前の御者なんて、私がクローディアの馬車に乗った後をこっそり尾行して付いてきたのよ」
「尾行ですか。私も気を付けないといけませんね。その御者は?」
「もちろん辞めさせたわ」

 きっぱりとプリシラが断言すれば、スコットが「さすがですね」と苦笑を浮かべた。
 そうして客車に乗り込み窓から「では」と別れの言葉を告げ、それと共に馬車が走り出していった。
 クローディアの屋敷は森の中にある。そのため馬車は走り出して早々に木々の合間に隠れてしまった。


「……驚いたわね」

 とは、馬車を見送った後のプリシラの呟き。
 何がとは言わなかったが、隣に立つオリバーは理解したのだろう同意を示してきた。それと同時に彼の表情が険しくなっていく。温厚な彼が時折見せる怒りの表情。

「ダレン様もセリーヌ様も、自分の伴侶を、子供を、いったい何だと思っているんでしょうか」
「自分のための手駒としか考えていないのよ。政略結婚なんてそんなものだもの」
「ですが……」
「私だって政略結婚自体は受け入れたわ。愛されて無くても、愛人がいても構わないと思っていた。……こんな女だと知ってガッカリしたかしら」

 ダレンやセリーヌの愚行こそ批判するが、かといってプリシラは政略結婚自体は否定はしていない。もちろんジュノにそんな事を強いる気はないし、恋愛結婚が出来るならばそれに越した事はないとも思っている。
 だけど合意の上ならばそれも有りだ。その末に他所に愛を求めて愛人を囲うのも、当人達が了承しているのならば外野が口を挟むべきではないと考えている。

 薄情な女だと思っただろうか。こんな女に愛を捧げていたのかと落胆しただろうか。
 そう心配になって横目でオリバーの様子を窺えば、彼はプリシラと視線が合うと表情を柔らかくさせた。

「俺のプリシラ様への印象は変わりません。貴女は今も、どんな覚悟を語っても、俺には気高い女性です」
「でも、もしもダレンが不貞を認めていたら、私は形だけでも彼の妻として生きることにしていたわ。そうしたら貴方の気持ちにも……」

 応えられなかった。そう言いかけ、プリシラは言葉を切った。
 これではまるでオリバーの気持ちに応えているかのようではないか。彼の気持ちを知り、自分の気持ちも把握し、それでも口にも行動にもせず彼にも同じことを強要しているのに……。
 罪悪感と自虐めいた感情がプリシラの胸の内に湧きあがる。だがそんなプリシラを、オリバーが穏やかな声色で呼んだ。

「それでも俺はプリシラ様を想い続けたはずです。たとえ叶う見込みが無くても、貴女の味方で居られるだけで俺には十分なんです」
「……ありがとう」

 オリバーの言葉に感謝を示し、プリシラは僅かに口を開き……、だが出かけた言葉を飲み込んだ。
 彼の想いに応えたいという気持ちは日々募っていく。今ここで愛の言葉を告げられたらどれだけ良いだろうか。そして彼からも明確な愛を示す言葉を貰えたなら……。

 だがそれを良しとしなかったのは他でもなく自分だ。

 そう自分に言い聞かせれば、オリバーが屋敷に戻るように告げてきた。

「俺は御者台に居ります。プリシラ様はクローディア様とゆっくりお過ごしください。何かあれば直ぐに参りますので」

 話す彼もまた歯痒そうな表情をしているあたり、想いを口にしかけて堪えているのだろう。
 何を言おうとしていたかは考えずとも分かり、だからこそプリシラは「そうね」と屋敷に向けて歩き出した。

 屋敷の扉をオリバーが開けてくれる。
 それに感謝を示して屋内に入れば、外に残る彼はゆっくりと扉を閉め……、だが一度手を止めると、再び扉を開けた。
 どうしたのかと彼を見上げれば、色濃い瞳と目が合った。熱意を宿した瞳。

「オリバー……?」
「言葉に出来なくても、俺の想いをプリシラ様が知り、言葉にせずともその胸に納めてくださっている。それだけで俺は報われるんです」
「……それは」
「スコット様のような情報提供やアトキンス商会に関わるような協力も出来ませんが、俺もプリシラ様の判断に従います。なにがあろうと貴女に付いていきますから」

 オリバーの話に愛を仄めかす言葉は無い。きっと事情を知らぬ者にはあくまで崇高な忠誠心としか聞こえないだろう。
 だが確かにそこに愛がある。
 言葉にせずとも、声色に出さずとも、行動にせずとも、プリシラに対して必死で訴える静かで深い愛が……。

「ありがとう、頼りにしているわ」

 プリシラの返事にも明確な言葉はない。
 だがこの返事で良い。この返事こそ『愛を口にしない』という彼の愛情表現への最適解になるはずだ。
 そうプリシラは心の中で考えれば、通じたのだろうオリバーも穏やかに微笑み、軽く頭を下げると共に扉を閉めた。


 ◆◆◆


 部屋に戻るとクローディアがのんびりと紅茶を飲んでいた。
 プリシラに気付いて再びにやりと口角を上げ、「もう少しゆっくりしていても良かったのに」と言ってくる。魔女のくせにまるで悪戯を企む子供のような笑みではないか。

「魔女って意外と俗っぽいのね」

 揶揄われている事に恥ずかしさを覚え、プリシラはツンと澄まして彼女の正面に座り直した。

「俗っぽい?」
「そうよ。ひとの恋路を揶揄うなんて、魔女ってもっと俗世と離れた存在だと思ってた」
「そう言われても、魔女だって面白いものは面白いし、友人の恋愛は楽しんで揶揄うよ」
「はっきりと揶揄うって言ったわね……。まぁ良いわ、それよりありがとう」
「ん?」

 プリシラが感謝を告げるも、それを受けたクローディアは不思議そうに首を傾げた。
 何を感謝されているのか分からないのだろう。挙げ句、自分達以外に誰かいるのかと背後を振り返る始末。今この部屋にはプリシラとクローディアしか居ないのだが。

「私、何かしたっけ?」
「スコットのことよ。まさかエリゼオ・アトキンスがスコットの子供じゃなかったなんて……。驚いたけど、これであの男を更に陥れることが出来るわ」
「プリシラが喜ぶのは何よりだけど、今回の件については私は何もしていないよ」
「え……? でも、スコットが来たわ」
「スコットがプリシラに話があるから、スコットが来たんだよ」
「……だからそれが貴女のおかげでしょう?」

 プリシラが問うも、クローディアはいまだ不思議そうにしている。

 魔女であるクローディアは『誰かと会うためには予定を合わせる必要がある』ということが分からないのだ。
 これはきっと感覚の違いだ。今更一から説明する気にもならないし、クローディアが理解出来るとも思わない。同時に、魔女ではない自分が彼女の感覚を理解出来るとも思っていない。
 そう割り切り、プリシラは話を進める事にした。

「ここにスコットが来たこと自体は良いわ。でも、スコットがエリゼオのことを話してくれたのは貴女のおかげじゃないの?」
「いいや、違うよ。あれはスコットが判断したんだ。プリシラに当てられてね」

 平然と話しながらクローディアが紅茶を一口飲む。
 次いでじっとプリシラを見つめてきた。

「前にも話したけど、時に変化は変化を呼ぶものだよ。時戻しに気付かない者達はまったく同じ行動をするけど、
 そこにイレギュラーが加われば別の行動を取り始めることもある」
「私がイヴをそばに居させて、その結果イヴがオリバーを連れて来てくれた。それが『変化が変化を呼ぶ』ってことよね」
「そう。その変化が最終的には同じ結末になるのか、それともまったく違う結末に辿り着くのか、それは魔女にも分からない。少なくとも、スコットとエリゼオは同じ結末にはなりそうにないね」

 時戻しを知るプリシライレギュラーがスコットの人生を変えた。前回の六年では近いうちに命を落としていた彼は、今はまったく逆の快調へと向かっている。
 そのスコットの変化がエリゼオへと繋がっていった。……エリゼオを破滅へと突き落とす変化へと。

「プリシラがダレンを許さないと決めて行動しているから、スコットも今回の件を話す気になった。だから私にお礼を言うのは違うよ」

 断言するクローディアに、プリシラは小さく息を吐いて「そう……」と返した。

「でもやっぱりお礼を言わせて」
「何に対して?」
「そうねぇ……。『スコットを動かすぐらいに、私が迷いなく行動を取れてること』なんてどうかしら。私が来年を恐れずに行動できるのは間違いなくクローディアのおかげよ。貴女がくれた選択肢のおかげ」

 そうプリシラが話せば、これには納得したのかクローディアが満更でも無さそうに笑った。



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