殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき

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45:エリゼオ・アトキンスの父親

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「なぜ……、エリゼオが」
「なぜって、貴方が招待したんでしょう?」

 ダレンの疑問に、セリーヌが不思議そうに返す。
 そんな二人に対して、プリシラははっきりと「私よ」と返した。二人の視線が、否、この場で様子を窺っていた者達の視線が一斉にプリシラに注がれる。

「プリシラ、お前がエリゼオを呼んだのか」
「えぇ、そうよ。ジュノが離れてダレンが寂しそうだったから呼んであげたの。最近エリゼオにも会えていないでしょう?」
「エリゼオにも……、だが俺はエリゼオとは」
「息子二人共と会えないのは可哀想だからよ。それに、エリゼオだって父親と会えないのは可哀想じゃない。ねぇ?」

 プリシラがダレンに同意を求める。だが返事は無い。
 彼は目を見開いたままエリゼオをじっと見つめている。その瞳がゆっくりと動き、今度はプリシラへと向けられた。
 恐怖とさえ言える畏怖の瞳。青ざめた顔と合わさって、まるで化け物と対峙しているかのようだ。

「な、なにを馬鹿なことを……。エリゼオはスコットとセリーヌの子どもだろう」
「あら、ダレンってばまだそんなことを言っているのね、面白い。……ねぇ、スコット?」
「えぇ、そうですねプリシラ様」

 プリシラが同意を求めれば、一角から賛同の声が返ってきた。
 誰もがそちらへと向く。周囲の野次馬もこの展開には好奇心よりも驚愕が勝っているのか、強張った表情を浮かべている者さえ居た。それらが一斉に同じ方向へと顔を向ける様は、さながら大波のよう。
 唯一ダレンだけは体を硬直させており、皆に遅れてぎこちない動きで声のした方向へと顔を向けた。

「スコット……」

 ダレンが掠れる声で彼を呼ぶ。
 スコット・アトキンス。
 アトキンス商会の会長であり、セリーヌの夫。エリゼオの父親……、とされている男。
 病におかされパーティーはおろか商会の仕事さえ出来ないと言われている男は、今は上質のスーツを身に纏い、凛とした佇まいで場に立っている。プリシラ達に近付く足取りも堂々としており、病人の歩みとは思えない。

 これがまた周囲の野次馬達の混乱を増させた。
 どういうことかとざわつきが上がり始める。

「こ、これは……、スコット、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ダレン様。私が療養中はセリーヌとエリゼオに随分と良くして頂いたみたいで」
「……そんな、ことは。両家の仲だ、困った時に助けるのは当然だろう」
「両家の仲、ですか。家ではなく単なる貴方とセリーヌの仲でしょう。エリゼオに関して言えば、親子の仲と言い切った方がよろしいかと」
「なにを……」

 スコットの言葉にダレンが返そうとするも、声は震えてまともな言葉になっていない。
 セリーヌに至っては言葉を失い青ざめた顔でその場に立ち尽くしている。隣に立つエリゼオから呼ばれても返事ができずにいた。
 それが余計にエリゼオの不安を煽るようで、エリゼオがセリーヌの腕に触れる。「お母様」と呼ぶ声は次第に弱々しくなっていき、そんなエリゼオをスコットが呼んだ。……酷く冷めた声色で。

「エリゼオ、その女に尋ねても碌な返事は期待できないぞ」
「お父様、これは、どういうことですか……? みんな何の話をしているんですか」
「ダレン様の息子の話をしているんだ。エリゼオ、お前のことだ」
「……そ、それは、どういう意味で」
「床に伏せるばかりの私より、母を支えて商会を助けるダレン様の方が尊敬できるんだろう? そんなダレン様が実の父親というのだから、お前にとっても良い話じゃないか」
「ダレン様が……僕の……?」

 容赦なく突きつけられる真相にエリゼオが躊躇いの声を漏らし、果てには何も言えず呆然としだした。
 周囲の者達も何も言えず、夜会とは思えない張り詰めた空気が会場内に満ちる。壁に掛けられている大時計の音だけが妙に周囲に響き、それが余計に緊張感を煽っていた。

 だがプリシラはこの空気の重さもさして気に掛けず、野次馬達へと視線を向けた。
 そこにはワインを片手にこちらを眺めているクローディアの姿。
 重苦しく誰もが言葉を発せずにいる中、彼女だけは一人優雅に、楽しそうとさえ見える笑みを浮かべていた。

 水を打ったような沈黙が続く。
 それを破ったのはセリーヌだ。冷静を取り繕おうと無理に顔を歪ませ、引きつった表情でスコットへと近付いていった。だがその歩みはおぼつかず、カツ……、カツ、と不自然にヒールが床を叩く音がする。

「スコット、何を言っているの。エリゼオは貴方と私の」
「黙っていてすまなかった、セリーヌ。私は子をなすことが出来ないんだ」
「は……?」
「きみには『可能性が低い』と言っていたが、実際には可能性はゼロ。不可能だ。疑うのなら医者に証明させてもいい」
「そんな……、そんなの私、知らないわ、だって」
「何をそんなに狼狽えているんだ。いずれエリゼオには彼を父と呼ばせるつもりだったんだろう? それが数年早まっただけじゃないか」

 はっきりと告げるスコットの声には抑揚はなく淡々としている。顔にも声にも感情を一切感じさせない。
 対してセリーヌは顔面蒼白になり息を詰まらせ、挙げ句に体をよろめかせた。
 バランスを崩しかけた彼女を支えたのはエリゼオだ。だが彼も今にも倒れそうなほどに顔を青ざめさせており、母と、そして以前まで父と思っていたスコットを交互に見た。信じられないと言いたげな表情。まだ十一歳の年若い少年が浮かべるには悲痛すぎるものだ。

「お、お父様……」
「聞いただろう、エリゼオ。私を父と呼ぶのは間違いだ。お前はセリーヌとダレン・フィンスターの子供だ」

 情も何もなく事実だけを突きつけ、次いでスコットが上着から一通の封筒を取り出した。
 真っ白い封筒。達筆な文字で記されているのは『スコット・アトキンス』の名前。それを見た瞬間、セリーヌが息を呑み、元より青ざめていた顔を大きく歪ませた。
 もはや彼女の顔に元の凛とした美しさは無い。たとえるならば死を目前にして恐怖するような、見た者にも恐怖が伝染しそうな顔だ。

「なんでそれを持ってるの!」
「お前の部屋で見つけたんだよ、セリーヌ。病床に伏せる私が認めた遺言書。不思議だな、私はもう健康なのに、どうして病におかされる身を惜しんで商会の全てをお前に託すような遺言書を認めているんだろうな」

 スコットが冷ややかな声色で話し、封筒から便箋を取り出した。白い封筒に合わせた白い便箋。
 それをチラと流し見し、次いでプリシラへと差し出してきた。

「面白いものではありませんが、お読みになりますか?」

 苦笑交じりにスコットが尋ねてくる。ここにきてようやく彼の顔に僅かに笑みが浮かぶのだから皮肉なものだ。
 もちろんそれは善良な笑みではない。かつて妻と呼んだ女の貪欲さと浅はかさを侮蔑し、そんな妻を信じていた自分をも嘲笑う自虐的な笑みだ。
 そんなスコットの笑みにプリシラは穏やかに微笑んで返し「もちろん」と便箋を受け取った。

「きっと皆さま気になっているはずだわ。読みあげても?」
「えぇ、構いません」

 スコットが了承する。
 だがセリーヌが「やめて!」と声をあげた。

「そんなもの私は知らない! こんな場で読むことないでしょう!」
「あら、これはスコットの遺言書なのにどうして貴方に止める権利があるの? それに知らないのなら貴女だって気になるでしょう?」
「やめて、やめてよ……! 貴女には関係ないじゃない!!」

 声を荒らげ、セリーヌが遺言書を奪おうと手を伸ばしてくる。
 だがその腕をスコットが掴んで制止した。セリーヌが痛みに呻くのはそれほど彼女の腕を掴む力が強いからだろう。
 表情でこそ彼は冷静で、むしろ冷静を通り越して一切の感情が無いように見える。だがその胸の内は激しい憎悪が渦巻いており、それがいまセリーヌの腕を掴む手に込められているのだ。
 あまりの強さなのかセリーヌの顔が苦痛で歪み、掴まれた腕の先にある手が微かに震えている。

「プリシラ様、どうぞ読みあげてください」
「え、えぇ……、分かったわ」

 スコットの声は普段より静かで、それでいて地を這うように低い。
 その声にはさすがのプリシラも一瞬気圧され、それでもと便箋へと視線を落とし……、ゆっくりと読み上げた。


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