殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき

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56:私のイヴ

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 準備を終えてあとは馬車に乗り込み……、となったところで、プリシラはイヴを呼んだ。

「イヴ……。突然こんな事を言って申し訳ないと思っているけど、貴女とはここでお別れをしたいの」
「……え? プリシラ様、それはどういう……」
「これから先、とても恐ろしいことが起こるわ。それに大事なイヴを巻き込みたくないの」

 消した七時間でイヴがどうなったのか、その後ダレンが彼女をどうするかは分からない。
 あの七時間は消えてしまった、否、プリシラが六人の魔女と共に消したのだ。
 だがイヴが良い目には逢えないだろう事は分かる。プリシラを手に掛け、それどころかセリーヌさえも手に掛けようとしていたダレンがイヴを見逃すとは思えない。
 下手したら物盗りの信憑性を高めるために共犯者扱いするかもしれない。あるいは、プリシラとオリバーが殺される以前にイヴは既に……。

 大事なイヴをそんな目に遇わせるわけにはいかない。だからこそと自分に言い聞かせ、プリシラは彼女の両手を強く握った。
 イヴは困惑を露わに、それどころか泣きそうな顔をしている。

「急な用事が出来て故郷に帰らなくてはならなくなった。そういう事にしておくわ。荷物は後から故郷に送るから」
「そ、そんな、急用なんて……。恐ろしいことが起こるって、私、プリシラ様が何を仰っているのか……」
「分からないのも仕方ないわ。でも詳しく説明することは出来ないの」

 仮に詳しく説明してしまえば、イヴを時戻しに巻き込んでしまう。
 イヴは巻き込ませない。故郷に大事なひとがいる彼女は連れて行けない。
 だからこそ説明出来ないのだが、それが酷くもどかしい。
 そんなジレンマを感じるプリシラに対して、困惑を浮かべていたイヴはプリシラをじっと見つめた後、握られていた手をぎゅっと握り返してきた。
 プリシラが彼女の顔を見れば、困惑の色が薄まり強い意志を宿した表情をしている。

「私はプリシラ様のお役に立てていると自信を持っています。何かあればプリシラ様は私を頼ってくださる、そうですよね?」
「えぇ、そうよ。いつだってイヴは私の味方で、イヴが居てくれたからフィンスター家でもやってこれたのよ」
「それなら、プリシラ様が今ここで私に故郷に帰るよう言うのは、私のためでもあり、プリシラ様のためでもある。そう信じて、故郷に戻らせて頂きます」
「イヴ……。ありがとう。なにも説明出来なくてごめんなさい」
「大丈夫です。説明が無くても、プリシラ様が私を想い、私がプリシラ様を想っていることを理解してくださっていると分かっていますから」

 事態を理解できずとも、イヴの言葉にははっきりとした決意と覚悟がある。
 その言葉にプリシラは自分の視界が滲むのを感じていた。目尻を拭いたいが、今はイヴの手を放したくない。

「プリシラ様が仰る通りに私は故郷に戻らせて頂きます。ジュノ様のことは私にお任せください」
「さすがイヴだわ、頼まなくても分かってくれるのね」
「私はプリシラ様の侍女ですから、当然ですよ」
「ジュノをお願いね。あの子にはきっと辛い出来事になるから支えてあげて。それと、出来ればお父様とお母様への言伝を預かってほしいの。私は無事だと、幸せだと伝えて。たとえどんな噂が流布しようと、誰が何を言おうと、心配する必要も嘆く必要も無いから」
「かしこまりました。必ずやお伝えいたします」

 プリシラの言伝は的を射ていない。きっと伝えたところでプリシラの両親には何一つ分からず、もしかしたらイヴは質問責めにあうかもしれない。
 それでも言及はせず、言伝を頼まれてくれた。それがプリシラのためになると判断してくれたのだ。
 そうして最後に、プリシラはイヴを引き寄せて強く抱きしめた。イヴもまたプリシラの背中に腕を回して強く抱きしめ返してくれる。

「今までありがとう。すべてが落ち着いたら必ず連絡するわ」
「プリシラ様にお仕えできて幸せでした。どうかお元気で、ご無理のないように」
「大好きよ、私のイヴ。オリバーのお兄さんと幸せになってね」
「私もプリシラ様が大好きです。プリシラ様もどうかお幸せに」

 互いの幸せを願い、そっと離れる。

 次いでプリシラが身に着けていたネックレスとイヤリングを取って渡すのは、イヴを思ってとはいえ突然解雇を告げた詫びと、故郷までの旅費、それと当面の生活費のためだ。
 渡した装飾品は元々プリシラが生家から持ってきたものである。生家の家紋も彫られていないし当然フィンスター家も関わっていないので、売っても問題にはならない。
 もっとも、売るように告げてもイヴは「大事にします」と返してきた。傷付かないようハンカチで包み胸元で抱きしめるように持つ彼女を見るに、資金には換えなさそうだ。こうなる事は薄々分かっていたのでこれにはプリシラも苦笑してしまう。
 ならばと持ってきていた金の残りも渡す。こちらに関してはイヴは遠慮して受け取ろうとしなかったが、プリシラが「そのネックレスとイヤリングを売るって約束するならお金は引っ込めるわ」と条件付けたところ渋々受け取ってくれた。

 そうして去っていくイヴを見届ける。
 辻馬車の乗り場まで向かう彼女は何度も何度もプリシラ達を振り返り、近い時は頭を下げ、遠くなると手を振り、互いが見えなくなる最後の一瞬まで別れを惜しんでくれた。

「……行ってしまいましたね」

 とは、プリシラの隣に立ち共にイヴを見送ったオリバー。
 彼の声に別れの寂しさが漂っているのを感じながら、プリシラは静かに「そうね」とだけ返した。
 自分の声にも寂しさはある。……それと、少しの申し訳なさも。

 今後起こることにイヴを巻き込みたくないと考えての別れだが、結果的にイヴを振り回してしまった。
 説明出来なくとも、もっとうまく進める事が出来たのではないか。なにか、イヴにとってもっと良い方法が……。それこそ、もっと早く彼女を故郷に返すような手段が……。

「突然言い渡されての別れでしたが、イヴは分かってくれていると思いますよ」
「オリバー?」
「突然になってしまったのは、プリシラ様がそれだけイヴを側に置いておきたいと思ったから。直前まで共に居たいと思っていたから。イヴならその気持ちを理解してくれるはずです」

 イヴが去っていった先を見つめながらオリバーが話す。
 プリシラは彼の横顔を見つめた後、自分もまた道の先へと視線をやった。
 既にそこにイヴの姿は無いが、思い出そうと思えばいつだって鮮明に彼女の姿を思い出せる。「プリシラ様」と呼んでくれる声も、優しい微笑みも。

「ありがとう、オリバー。もう大丈夫よ」
「では参りましょう。どこかへ寄りますか? それとも」
「フィンスター家に戻るわ」

 プリシラが答えれば、オリバーが恭しく頭を下げた。
 次いでプリシラの手を取り客車の中へと案内する。プリシラはそれに促されて客車に乗り込み。椅子に座ると小さく息を吐いた。
 向かいに座るイヴはもういない。
 窓の外を見れば空は相変わらず薄墨色の雲に覆われており、今すぐにでも雨が降り出しそうだ。

(イヴに傘を渡せばよかった)

 そう惜しむのとほぼ同時に、客車の窓から生温い風が吹き抜け、プリシラの髪を軽く揺らした。



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