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南の国の戦
国境の罠
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「危ない真似をさせられないわ。ヴェンデルガルトちゃんは、大人しくしていて頂戴。あたしは一先ず、国境付近に行くわ。レーヴェニヒ王国の援軍を受け入れに行くの。でも……そうね、あなたを一人にするとバルドゥルが何かしてくるかもしれないわね……」
必死に懇願するヴェンデルガルトを見つめて、ツェーザルは厄介な弟を思い出して頭を掻いた。
「――分かったわ、あたしと一緒に行きましょう。治療をお願いするかもしれないけど、構わない?」
「勿論です! 決して邪魔しないので、連れて行ってください!」
ここに残して行けば、弟がよからぬ事をするかもしれない。ヘンライン王国に向かわせては、戦場になるかもしれない。アロイスとの約束を守る為、ツェーザルはヴェンデルガルトを連れて行くことを選んだ。
「では、今から行くわ。駱駝で二時間ほどの距離よ。バーチュ王国に敵意がない事を、伝えないと!」
「ベルトは、他の人達と一緒にいてね! 必ず帰って来るから!」
青い顔のまま、ベルトは素直に頷いた。一度ぎゅっとヴェンデルガルトの身体に抱き着いて「お気をつけて」と泣きそうな声で言って、離れた。
ツェーザルとヴェンデルガルトは、二人の兵と共に部屋を出て行った。心配そうなベルトを、残して。
「もうすぐ見えるわ、急いで!」
ツェーザルの乗る駱駝の前に乗ったヴェンデルガルトは、土埃で中々前が見えない。十名の部下を連れて、ツェーザル達は北側の国境を目指す。もう日はすっかり落ちているので、月明りと兵が持つ松明だけで先を進む。
次第に、何かが燃えたような焼けた匂いが漂ってきた。人々の騒めいた声も聞こえ始める。その中に、ツェーザルの駱駝が進んだ。
「バーチュ王国第一王子、ツェーザルよ!」
その声に、安心した雰囲気が流れた。国境を護る兵士たちが、急いで彼に駆け寄って来た。
「レーヴェニヒ王国の軍を通らせようとした時に、火のついた樽が投げ込まれてきました。中には酒が入っていたようで、地面に落ちて樽が割れると爆発しました。こちらの兵と、レーヴェニヒ王国の兵が火傷を負ったようです」
隊長らしき男が、そうツェーザルにそう報告した。駱駝を降りたツェーザルは、ヴェンデルガルトに腕を伸ばして彼女が降りやすいように助けた。
「樽を投げた者は?」
「混乱している間に、逃げたようです。ここに滞在した後があったので、数日程潜んでいたのかもしれません。レーヴェニヒ王国の軍は、通しても問題なかったでしょうか? 命令はありませんでしたが、敵意はなさそうでしたので通すつもりでしたが」
「ええ、ヘンライン王国と同盟は結べたはず。あたし達の敵は、アンゲラー王国だけよ」
ツェーザルはそう言うと、距離を空けてこちらの様子を窺っているレーヴェニヒ王国の軍に話しかけた。
「レーヴェニヒ王国の援軍の指揮官、前に出て貰えるかしら? あたしは、バーチュ王国第一王子ツェーザル・ペヒ・ヴァイゼです! 火樽を投げたのは、アンゲラー王国の罠です! もう逃げたようなので、安心して下さい」
よく通る声で、ツェーザルは名乗る。すると、一人の兵が火傷を負っている兵を抱えて前に出た。
「レーヴェニヒ王国大将軍補佐のバルタザールです。大将軍は火傷を負い、意識がありません」
「治療を!」
その言葉に、慌ててヴェンデルガルトがツェーザルを抜いて前に出て、大将軍を抱えているバルタザールの傍に向かった。
「その髪と瞳……! まさか、ヴェンデルガルト様ですか!?」
バルタザールの言葉に、レーヴェニヒ王国の兵たちが騒めいた。ヴェンデルガルトは、自分の名前が知られている事に、驚いたようだ。
「どうして私の名前を? あ! それは後でお聞きします。火傷された方は、私の傍に来てください!」
両王国の兵が騒めいていたが、ヴェンデルガルトの言葉に大人しく従った。
「治療」
ヴェンデルガルトは、自分の傍に運ばれて来る人たちを順番に治していった。怪我が治った者は、皆瞬時の出来事に驚きの声を上げる。そうして、感謝の顔で必死に治療するヴェンデルガルトに頭を下げた。
レーヴェニヒ王国の怪我人は、十五人程。バーチュ王国六名ほどだった。
「ヴェンデルガルト様は、今バルシュミーデ皇国に滞在されていると聞きましたが……何故、バーチュ王国に? ああ、名乗り遅れました。私はレーヴェニヒ王国大将軍、コンラートと申します。怪我の治療、感謝いたします。それに、ツェーザル王子、通行の許可誠に感謝いたします」
「ヴェンデルガルト王女は、事情があって今はバーチュ王国に滞在して頂いているの。それより、はやく城まで。少し休憩して頂きヘンライン王国へ向かいましょう」
それぞれ聞きたい事があるのだが、中々聞く余裕がなかった。ツェーザルはヴェンデルガルトを駱駝に乗せて、自分も跨りコンラートを促した。
「はい、よろしくお願いいたします!」
一行は再びまとまると、国境の警備兵に後を任せて城に戻った。その上空を、何かがひっそりと飛んで行った。
必死に懇願するヴェンデルガルトを見つめて、ツェーザルは厄介な弟を思い出して頭を掻いた。
「――分かったわ、あたしと一緒に行きましょう。治療をお願いするかもしれないけど、構わない?」
「勿論です! 決して邪魔しないので、連れて行ってください!」
ここに残して行けば、弟がよからぬ事をするかもしれない。ヘンライン王国に向かわせては、戦場になるかもしれない。アロイスとの約束を守る為、ツェーザルはヴェンデルガルトを連れて行くことを選んだ。
「では、今から行くわ。駱駝で二時間ほどの距離よ。バーチュ王国に敵意がない事を、伝えないと!」
「ベルトは、他の人達と一緒にいてね! 必ず帰って来るから!」
青い顔のまま、ベルトは素直に頷いた。一度ぎゅっとヴェンデルガルトの身体に抱き着いて「お気をつけて」と泣きそうな声で言って、離れた。
ツェーザルとヴェンデルガルトは、二人の兵と共に部屋を出て行った。心配そうなベルトを、残して。
「もうすぐ見えるわ、急いで!」
ツェーザルの乗る駱駝の前に乗ったヴェンデルガルトは、土埃で中々前が見えない。十名の部下を連れて、ツェーザル達は北側の国境を目指す。もう日はすっかり落ちているので、月明りと兵が持つ松明だけで先を進む。
次第に、何かが燃えたような焼けた匂いが漂ってきた。人々の騒めいた声も聞こえ始める。その中に、ツェーザルの駱駝が進んだ。
「バーチュ王国第一王子、ツェーザルよ!」
その声に、安心した雰囲気が流れた。国境を護る兵士たちが、急いで彼に駆け寄って来た。
「レーヴェニヒ王国の軍を通らせようとした時に、火のついた樽が投げ込まれてきました。中には酒が入っていたようで、地面に落ちて樽が割れると爆発しました。こちらの兵と、レーヴェニヒ王国の兵が火傷を負ったようです」
隊長らしき男が、そうツェーザルにそう報告した。駱駝を降りたツェーザルは、ヴェンデルガルトに腕を伸ばして彼女が降りやすいように助けた。
「樽を投げた者は?」
「混乱している間に、逃げたようです。ここに滞在した後があったので、数日程潜んでいたのかもしれません。レーヴェニヒ王国の軍は、通しても問題なかったでしょうか? 命令はありませんでしたが、敵意はなさそうでしたので通すつもりでしたが」
「ええ、ヘンライン王国と同盟は結べたはず。あたし達の敵は、アンゲラー王国だけよ」
ツェーザルはそう言うと、距離を空けてこちらの様子を窺っているレーヴェニヒ王国の軍に話しかけた。
「レーヴェニヒ王国の援軍の指揮官、前に出て貰えるかしら? あたしは、バーチュ王国第一王子ツェーザル・ペヒ・ヴァイゼです! 火樽を投げたのは、アンゲラー王国の罠です! もう逃げたようなので、安心して下さい」
よく通る声で、ツェーザルは名乗る。すると、一人の兵が火傷を負っている兵を抱えて前に出た。
「レーヴェニヒ王国大将軍補佐のバルタザールです。大将軍は火傷を負い、意識がありません」
「治療を!」
その言葉に、慌ててヴェンデルガルトがツェーザルを抜いて前に出て、大将軍を抱えているバルタザールの傍に向かった。
「その髪と瞳……! まさか、ヴェンデルガルト様ですか!?」
バルタザールの言葉に、レーヴェニヒ王国の兵たちが騒めいた。ヴェンデルガルトは、自分の名前が知られている事に、驚いたようだ。
「どうして私の名前を? あ! それは後でお聞きします。火傷された方は、私の傍に来てください!」
両王国の兵が騒めいていたが、ヴェンデルガルトの言葉に大人しく従った。
「治療」
ヴェンデルガルトは、自分の傍に運ばれて来る人たちを順番に治していった。怪我が治った者は、皆瞬時の出来事に驚きの声を上げる。そうして、感謝の顔で必死に治療するヴェンデルガルトに頭を下げた。
レーヴェニヒ王国の怪我人は、十五人程。バーチュ王国六名ほどだった。
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「ヴェンデルガルト王女は、事情があって今はバーチュ王国に滞在して頂いているの。それより、はやく城まで。少し休憩して頂きヘンライン王国へ向かいましょう」
それぞれ聞きたい事があるのだが、中々聞く余裕がなかった。ツェーザルはヴェンデルガルトを駱駝に乗せて、自分も跨りコンラートを促した。
「はい、よろしくお願いいたします!」
一行は再びまとまると、国境の警備兵に後を任せて城に戻った。その上空を、何かがひっそりと飛んで行った。
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