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陰謀
東の国の男
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気を失ってしまったヴェンデルガルトを抱えて、ロルフは人目が付かないように使用人が使うドアから城に入った。そこにはビルギットが待っていて、急いで新しい部屋へ向かった。
「どうしたんですか? また具合が悪くなったのですか?」
心配そうなビルギットが声をかけると、彼女をベッドに寝かせたロルフは小さく頷いた。
「ええ、何かの中毒らしい人たち二十人程に回復魔法をかけていましたから。ジークハルト様も気を失っておられたので、イザーク様もヴェンデルガルト様に頼るしかなかったのでしょう」
そう言ってから、ロルフは咳き込んだ。
「あの屋敷、おかしいですよ」
「え?」
ロルフは、大きく深呼吸をした。それを不思議そうに、ビルギットは眺めた。
「ヴェンデルガルト様の部屋で嗅いだ異臭――それとよく似た匂いがしました。気分が悪くなる強い香りです」
「それでは、今夜倒れた方たちもヴェンデルガルト様と同じような毒物のせいで倒れられたのでしょうか」
ビルギットは心配そうにヴェンデルガルトの手を握った。冷たくて、息があるのか不安になる。彼女のように治癒魔法が使える人が、この大陸にいるとは聞いた事が無い。火の魔法を使う老人が南にいたと、ヴェンデルガルトに聞いただけだ。
「龍も、治癒魔法を使えるのかな?」
ロルフの言葉に、ビルギットは首を横に傾げた。
「どうなのでしょう――私はコンスタンティン様しか知りませんが、微力な治癒魔法しか使えなかったと思います。龍と魔法も、相性があるそうです」
「そうか……東に助けを求めても、どうなるか分からないという事か……」
「ご自分に使えないなんて、ヴェンデルガルト様が可哀想ですわ。何時も沢山の人を治療しているのに」
暫く黙っていたロルフだったが、ビルギットに向き直った。
「明日、市場に買い物に行って貰えないだろうか?」
ロルフがビルギットに何かを頼むのは珍しかった。ビルギットは二百年前の想い人の面影をロルフに見ていたが、いつの間にか忘れていた。ヴェンデルガルトを護る騎士、と認識する様になっていたからだ。物静かなルーカスと、明るいロルフは性格が全然違ったからかもしれない。
「アヴァッケラーという緑色の、東の国のお茶を買って来て欲しい。このお茶は、飲むとトイレが近くなる。身体に残る毒素をなるべく出すようにしよう。東の国のものを扱っている店なら、間違いなくある筈だ」
確かに、毒素が身体に残っているのなら出すのが一番いい。部屋も変わってあの匂いもしなくなったので、今がその時だろう。
「分かりました、買ってきます」
「あとは、何時ものように牛乳に――何かフルーツを。これらは体力回復にもいいけど、同じようにトイレの回数が増える。出来る事を、俺達もしてヴェンデルガルト様を支えよう」
東の国の知識かもしれない。東は、薬草を好み育てていると聞く。ビルギットは忘れないように「アヴァッケラーの茶葉」と繰り返していた。
朝になると、すぐにビルギットは茶葉を買いに行った。市場には沢山の茶葉が並んでいたが、確かにアヴァッケラーが置いてあった。並んでいる茶葉の中でも、一番高かった。しかしヴェンデルガルトの生活に必要なお金は城から出る。ビルギットは迷わずそのお茶を買った。
「随分懐かしい顔だ」
市場から戻ろうとしたとき。向こうから歩いて来る男が確かにそう言った。漆黒の髪に――長い髪は顔を隠すように風に揺れている。しかしその瞳は、ビルギットには覚えがある。
赤い瞳だわ!
龍族の瞳。ビルギットはコンスタンティンの瞳を思い出した。その男は、東風の服に身を包んでいるが、高価そうな絹だとビルギットにも分かる。市場でそう見るような服ではなかった。
前を進むビルギットと、こちらに向かい歩いて来る男。時折風に吹かれて見える顔に見覚えは無いが、整った顔立ちで何処か威厳がある様に見えた。
二人が歩く空間と、市場に賑やかに溢れる声が別の空間のように感じた。しんとした空間には、二人の足音しか聞こえないようだった。
「病の子がいるんだね。これを、毎晩一錠飲ませておあげ。この薬が無くなる頃には、治っているはずだよ」
すれ違う時に、男は紙で包んだものをビルギットに差し出した。ビルギットは、自然にそれを受け取った。
「光に包まれた子を、助けてあげて。そのお茶も、忘れずに飲ませるんだよ」
はっとしたビルギットは、その男をちゃんと見ようと顔を上げた。しかし人々が賑わう市場にその姿を見つける事が出来なかった。静かだった空間が、元に戻っていた。
ビルギットは、手にしたお茶と紙の包みをじっと見つめた。そうして、急ぎ足で城へと向かった。
「どうしたんですか? また具合が悪くなったのですか?」
心配そうなビルギットが声をかけると、彼女をベッドに寝かせたロルフは小さく頷いた。
「ええ、何かの中毒らしい人たち二十人程に回復魔法をかけていましたから。ジークハルト様も気を失っておられたので、イザーク様もヴェンデルガルト様に頼るしかなかったのでしょう」
そう言ってから、ロルフは咳き込んだ。
「あの屋敷、おかしいですよ」
「え?」
ロルフは、大きく深呼吸をした。それを不思議そうに、ビルギットは眺めた。
「ヴェンデルガルト様の部屋で嗅いだ異臭――それとよく似た匂いがしました。気分が悪くなる強い香りです」
「それでは、今夜倒れた方たちもヴェンデルガルト様と同じような毒物のせいで倒れられたのでしょうか」
ビルギットは心配そうにヴェンデルガルトの手を握った。冷たくて、息があるのか不安になる。彼女のように治癒魔法が使える人が、この大陸にいるとは聞いた事が無い。火の魔法を使う老人が南にいたと、ヴェンデルガルトに聞いただけだ。
「龍も、治癒魔法を使えるのかな?」
ロルフの言葉に、ビルギットは首を横に傾げた。
「どうなのでしょう――私はコンスタンティン様しか知りませんが、微力な治癒魔法しか使えなかったと思います。龍と魔法も、相性があるそうです」
「そうか……東に助けを求めても、どうなるか分からないという事か……」
「ご自分に使えないなんて、ヴェンデルガルト様が可哀想ですわ。何時も沢山の人を治療しているのに」
暫く黙っていたロルフだったが、ビルギットに向き直った。
「明日、市場に買い物に行って貰えないだろうか?」
ロルフがビルギットに何かを頼むのは珍しかった。ビルギットは二百年前の想い人の面影をロルフに見ていたが、いつの間にか忘れていた。ヴェンデルガルトを護る騎士、と認識する様になっていたからだ。物静かなルーカスと、明るいロルフは性格が全然違ったからかもしれない。
「アヴァッケラーという緑色の、東の国のお茶を買って来て欲しい。このお茶は、飲むとトイレが近くなる。身体に残る毒素をなるべく出すようにしよう。東の国のものを扱っている店なら、間違いなくある筈だ」
確かに、毒素が身体に残っているのなら出すのが一番いい。部屋も変わってあの匂いもしなくなったので、今がその時だろう。
「分かりました、買ってきます」
「あとは、何時ものように牛乳に――何かフルーツを。これらは体力回復にもいいけど、同じようにトイレの回数が増える。出来る事を、俺達もしてヴェンデルガルト様を支えよう」
東の国の知識かもしれない。東は、薬草を好み育てていると聞く。ビルギットは忘れないように「アヴァッケラーの茶葉」と繰り返していた。
朝になると、すぐにビルギットは茶葉を買いに行った。市場には沢山の茶葉が並んでいたが、確かにアヴァッケラーが置いてあった。並んでいる茶葉の中でも、一番高かった。しかしヴェンデルガルトの生活に必要なお金は城から出る。ビルギットは迷わずそのお茶を買った。
「随分懐かしい顔だ」
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赤い瞳だわ!
龍族の瞳。ビルギットはコンスタンティンの瞳を思い出した。その男は、東風の服に身を包んでいるが、高価そうな絹だとビルギットにも分かる。市場でそう見るような服ではなかった。
前を進むビルギットと、こちらに向かい歩いて来る男。時折風に吹かれて見える顔に見覚えは無いが、整った顔立ちで何処か威厳がある様に見えた。
二人が歩く空間と、市場に賑やかに溢れる声が別の空間のように感じた。しんとした空間には、二人の足音しか聞こえないようだった。
「病の子がいるんだね。これを、毎晩一錠飲ませておあげ。この薬が無くなる頃には、治っているはずだよ」
すれ違う時に、男は紙で包んだものをビルギットに差し出した。ビルギットは、自然にそれを受け取った。
「光に包まれた子を、助けてあげて。そのお茶も、忘れずに飲ませるんだよ」
はっとしたビルギットは、その男をちゃんと見ようと顔を上げた。しかし人々が賑わう市場にその姿を見つける事が出来なかった。静かだった空間が、元に戻っていた。
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