114 / 125
陰謀
地下牢での事
しおりを挟む
クラーラの話は、正に平和な日常からの地獄へ落とされた話だった。
「やはり、二百年前の事件と同じですわね」
とビルギットが囁くと、イザークが頷いた。
「マッサは西で発見された植物だ。マッサで西の国が一つ滅びたんだ。バルシュミーデ皇国が西を制圧した時、マッサは取り扱わないようにしたんだよ。危険植物として、所持しただけでも罪になる法律も作られている」
ある日、フロレンツィアが屋敷を訪れた。フロレンツィアだけでなく、ヒューン伯爵家のエリーザ嬢、ヘンチュケ侯爵家のマルガレーテ嬢も居たそうだ。二人の親はラムブレヒト公爵の取り巻きだったので、三人が行動を同じくしても間違いではない情報だろう。
「社交界デビューをする時に、恥ずかしくないように礼儀作法をお教えしますわ。勿論、お金は不要です。しばらくお嬢様をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
フロレンツィアは、にこやかにそう言った。また後日かと思ったのだが、馬車を用意していると言われ、何の荷物も持たせず三人はクラーラを連れ去った。乗せられた馬車には鍵が付いていて、中には四人程の同じ年くらいの少女がいた。それから馬車が色々な貴族の家を訪ねて、昼過ぎには十人と少し集められた。馬車の中は一杯だ。
それから、ラムブレヒト公爵の別宅と言う所に連れていかれた。出されたお茶を飲むと、何故か意識が遠くなった。そうして目が覚めると、地下牢のような所に運ばれていた。服も脱がされて、淑女のものとは思えない卑猥な下着姿にされている。逃げ出そうにも。手枷もされていた。檻のようなものに囲まれて、二人で一つのエリアに繋がれていたようだ。「出してください!」と叫ぶも、辺りにはすすり泣く声だけが聞こえて来る。
「私たち誘拐されたんだわ」
隣で同じような状態の少女が、目を覚ましたクラーラに絶望的な言葉を言った。
それから、定期的に薬を打たれる。地下牢の中は甘くどこか重い香も焚かれていて、数日経つと意識がはっきりしなくなってきた。執事らしい男に地下から出されると、仮面を被った女に注射を打たれた。その注射を打たれると、高揚感と激しい幸福感に満たされて自我を保てなくなる。酔ったように歩き、寝室でワインを飲んだり薬を炙って嗅いでいる公爵や侯爵、伯爵たちの元へ運ばれる。そうして再び意識を取り戻すと、地下牢で寝かされていた。
食事は二回運ばれるが、薬の影響なのかあまりお腹が空かなくなった。食べないので痩せていく。ひどく痩せてしまった子は、どこかに連れていかれた。それから顔を見ていないので、どうなったのか分からない。クラーラは意識がはっきりしている時から、手枷の鎖をずっと檻の鉄にぶつけていた。
ある日、その手枷の鎖が割れた。元々、良い鉄を使っていなかったのだろう。自由になったクラーラは、いつも使用人が小さなはしごで降りてくる鉄網の所までふらふらと歩いて行った。
――夕日が見えた。
それは、奇跡の明かりだった。手枷の付いた腕で、ズレていた穴をふさぐ木の板を必死に退けていた。話し声が聞こえる――しかし、この機会を逃すともう逃げられないかもしれない。焦ったクラーラは、小石に当たって音が出ても気にせずに必死に板を退けようとしていた。
そうして、板が退けられて見た事がある男が自分を驚いたように見ているのに気が付いた。
第一王子の、ジークハルト様。しかし彼は、フロレンツィアの婚約者だ。また捕まるかもしれない――だが、神はいた。ジークハルトは、クラーラを助けたのだ。
「少なくとも、十人以上はあの地下牢にいると思います。栄養不良の子は何処に連れていかれたのか分かりません――お願いします! 助けて下さい! 皆を、助けて下さい!」
涙を流しながら叫ぶクラーラを、カリーナが強く抱き締めた。自分一人が助かった事を、彼女は恥じている。仲間を助けなかった自分を、罰しているのだ。
「君と一緒に居た子は、誰?」
イザークが静かに尋ねると、クラーラは手で涙を拭いイザークをしっかりと見た。
「ラングヤール子爵家の、ローザ様です」
「子爵、男爵家を主に狙っているのかな。間違って死なせても、権力で黙らせそうだよね」
「イザーク」
クラーラの前で、配慮がない言葉だった。窘めるようなギルベルトの声に、イザークはそれに気が付いて深々とクラーラに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「一斉に救助できる策はないのか?」
ジークハルトの声に、ギルベルトとイザークは顔を見合わせた。
「多分、ギルベルトと同じ事を思っているよ」
「そうですね、ジークハルトが城でパーティーを開いてフロレンツィアを連れ出せばいいのです――あの、花屋の長男。画家でありフロレンツィアの愛人であり、執事をしている男もですね。何となく、あの人は賢そうです」
ヴェンデルガルトとビルギットは、顔を合わせて不思議そうな表情になった。
「やはり、二百年前の事件と同じですわね」
とビルギットが囁くと、イザークが頷いた。
「マッサは西で発見された植物だ。マッサで西の国が一つ滅びたんだ。バルシュミーデ皇国が西を制圧した時、マッサは取り扱わないようにしたんだよ。危険植物として、所持しただけでも罪になる法律も作られている」
ある日、フロレンツィアが屋敷を訪れた。フロレンツィアだけでなく、ヒューン伯爵家のエリーザ嬢、ヘンチュケ侯爵家のマルガレーテ嬢も居たそうだ。二人の親はラムブレヒト公爵の取り巻きだったので、三人が行動を同じくしても間違いではない情報だろう。
「社交界デビューをする時に、恥ずかしくないように礼儀作法をお教えしますわ。勿論、お金は不要です。しばらくお嬢様をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
フロレンツィアは、にこやかにそう言った。また後日かと思ったのだが、馬車を用意していると言われ、何の荷物も持たせず三人はクラーラを連れ去った。乗せられた馬車には鍵が付いていて、中には四人程の同じ年くらいの少女がいた。それから馬車が色々な貴族の家を訪ねて、昼過ぎには十人と少し集められた。馬車の中は一杯だ。
それから、ラムブレヒト公爵の別宅と言う所に連れていかれた。出されたお茶を飲むと、何故か意識が遠くなった。そうして目が覚めると、地下牢のような所に運ばれていた。服も脱がされて、淑女のものとは思えない卑猥な下着姿にされている。逃げ出そうにも。手枷もされていた。檻のようなものに囲まれて、二人で一つのエリアに繋がれていたようだ。「出してください!」と叫ぶも、辺りにはすすり泣く声だけが聞こえて来る。
「私たち誘拐されたんだわ」
隣で同じような状態の少女が、目を覚ましたクラーラに絶望的な言葉を言った。
それから、定期的に薬を打たれる。地下牢の中は甘くどこか重い香も焚かれていて、数日経つと意識がはっきりしなくなってきた。執事らしい男に地下から出されると、仮面を被った女に注射を打たれた。その注射を打たれると、高揚感と激しい幸福感に満たされて自我を保てなくなる。酔ったように歩き、寝室でワインを飲んだり薬を炙って嗅いでいる公爵や侯爵、伯爵たちの元へ運ばれる。そうして再び意識を取り戻すと、地下牢で寝かされていた。
食事は二回運ばれるが、薬の影響なのかあまりお腹が空かなくなった。食べないので痩せていく。ひどく痩せてしまった子は、どこかに連れていかれた。それから顔を見ていないので、どうなったのか分からない。クラーラは意識がはっきりしている時から、手枷の鎖をずっと檻の鉄にぶつけていた。
ある日、その手枷の鎖が割れた。元々、良い鉄を使っていなかったのだろう。自由になったクラーラは、いつも使用人が小さなはしごで降りてくる鉄網の所までふらふらと歩いて行った。
――夕日が見えた。
それは、奇跡の明かりだった。手枷の付いた腕で、ズレていた穴をふさぐ木の板を必死に退けていた。話し声が聞こえる――しかし、この機会を逃すともう逃げられないかもしれない。焦ったクラーラは、小石に当たって音が出ても気にせずに必死に板を退けようとしていた。
そうして、板が退けられて見た事がある男が自分を驚いたように見ているのに気が付いた。
第一王子の、ジークハルト様。しかし彼は、フロレンツィアの婚約者だ。また捕まるかもしれない――だが、神はいた。ジークハルトは、クラーラを助けたのだ。
「少なくとも、十人以上はあの地下牢にいると思います。栄養不良の子は何処に連れていかれたのか分かりません――お願いします! 助けて下さい! 皆を、助けて下さい!」
涙を流しながら叫ぶクラーラを、カリーナが強く抱き締めた。自分一人が助かった事を、彼女は恥じている。仲間を助けなかった自分を、罰しているのだ。
「君と一緒に居た子は、誰?」
イザークが静かに尋ねると、クラーラは手で涙を拭いイザークをしっかりと見た。
「ラングヤール子爵家の、ローザ様です」
「子爵、男爵家を主に狙っているのかな。間違って死なせても、権力で黙らせそうだよね」
「イザーク」
クラーラの前で、配慮がない言葉だった。窘めるようなギルベルトの声に、イザークはそれに気が付いて深々とクラーラに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「一斉に救助できる策はないのか?」
ジークハルトの声に、ギルベルトとイザークは顔を見合わせた。
「多分、ギルベルトと同じ事を思っているよ」
「そうですね、ジークハルトが城でパーティーを開いてフロレンツィアを連れ出せばいいのです――あの、花屋の長男。画家でありフロレンツィアの愛人であり、執事をしている男もですね。何となく、あの人は賢そうです」
ヴェンデルガルトとビルギットは、顔を合わせて不思議そうな表情になった。
1
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?
木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。
彼女は国王の隠し子なのである。
その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。
しかし中には、そうではない者達もいた。
その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。
それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる