異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月

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理由

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「……買ってしまった。」

 武具屋の扉を押し出た瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような心地がした。
 勢いのまま店に飛び込み、店主の言うがまま――本当に、ただ言われるがまま――初心者用のブロンズソードを、八万ギルという大金で購入してしまったのだ。

 腰に下がる革の鞘が、やけに重い。
 刃の重さだけではない。農夫の息子にとって、この重みは“場違い”という烙印にも似ていた。

「……農夫が剣なんて佩いて歩いたら、笑われたりしないかな?」

 街路を歩きながら、そっと周囲をうかがう。
 しかし誰もこちらを気にしていない。
 荷馬車を引く商人も、酒樽を運ぶ若者も、露店の娘も、ちらりとすら視線を寄越さない。

「……まあ、そうか。」

 苦笑が漏れた。
 戦乱が続くこの時代、農夫が冒険者に転じるなど珍しい話ではない。
 みんな生きていくために必死なんだ。他人に構っている暇なんてないのだろう。

 視界の端に、例のチャット欄がふわりと浮かびあがっていた。
 相変わらず好き勝手なコメントが流れている。

 だが――

「無視だ、無視」

 あの嘘つきな邪神どもに、これ以上振り回されてたまるものか。
 耳を貸したところで傷つくのは自分自身。
 信じる心を弄ばれ、期待を裏切られ、笑われるだけ。

 そんなの、もう御免だ。

「剣も買ったし……次は、冒険者ギルドだな」

 自然と声が漏れた。
 冒険者として活動するなら、まずは冒険者登録だ。
 武具屋の店主(強面)から、ギルドの場所は丁寧に教えてもらっている。

 王都東部、商業地区を抜けて南へ十五分。
 東と南の境界近くで、剣とダチョウを組み合わせた奇妙な紋章が掲げられている建物――そこが冒険者ギルド。

 ――勇敢な者よ、世界を駆けまわれ。

 あのマークにはそのような意味があるということを、むかし村に立ち寄った旅商人から聞いたことがある。
 あの時はユリアナと二人、胸を躍らせながら聞いたものだ。

 いつか一緒に世界を旅しよう――そんな青臭い約束を交わしたこともあった。

 まさかこうして一人、冒険者の門をくぐることになるとは、あの頃は思いもしなかった。


 ◆


 冒険者ギルドの扉を押し開けると、途端にむわりとした熱と匂いが押し寄せてきた。

「……す、げぇ」

 酒、汗、革、油、鉄を打つ残り香――
 どれも生々しく、荒々しく、しかしどこか命の匂いがした。

 広いホールには、武装した冒険者たちがひしめき合っている。

 背中に船の帆柱のような大剣を背負う巨漢。
 宝石を散りばめた杖を抱いた、気品漂う女魔法使い。
 片足を椅子にかけ、軽薄な男の胸元へ剣先を突きつける、危険な美しさの女剣士。

 ……修羅場だ。
 冒険者ギルドは、まるで戦場と酒場を丸ごと混ぜて煮詰めたような場所だった。

 噂では荒っぽい連中が集まるとは聞いていたが、想像を遥かに超えていた。
 まるで場違いな草原のウサギが、肉食獣の巣に迷い込んだような気分で、俺はそろそろと歩を進める。

 その瞬間――

 ざわめきが、ぴたりと止んだ。

 杯を掲げていた男の腕も、獣皮の袋を運んでいた女の手も、動きを忘れたかのように静止する。

 次の瞬間、鋭い視線が一斉に俺へ注がれた。
 刺すような視線、観察する視線、値踏みする視線……すべてが重くのしかかる。

「……え、なに、俺……なんかした?」

 心臓がひゅっと縮む。
 まさかギルドに入る作法でもあったのか?
 知らぬ間に不敬を働いた?
 いや、そんなはず……そんなはず……。

 全身が冷える。
 剣を買って舞い上がっていた自分が、途端にちっぽけに思えた。

 ざわ……ざわ……と囁きが広がる。

「おい、見ろ……あれ、男か? 女か……?」 
「旅一座の役者だろ。王都に来てるって噂の」 
「あー、絶世の美少年らしいな」
 「いや、俺は絶世の美少女って聞いたぞ……?」
「で、あれどっちだと思う?」
「どう見ても男装した女だろ」

 ヒソヒソ声が四方八方から飛んでくる。
 全員が俺を品定めするように見ている。

 ――頼むから、放っておいてくれ。

 胸の奥に、不安がゆっくりと積もりあがる。
 場違いなのは最初から分かっていた。

 それでも――

 俺は冒険者になるって決めたんだ。

「あの……」

 ようやく受付カウンターに辿り着いたものの、静まり返った視線に晒された緊張で、喉が砂を噛んだように渇き、言葉がうまく出てこなかった。
 そんな俺の戸惑いを解きほぐすように、受付のお姉さんは、陽だまりのような微笑みを浮かべて迎えてくれた。

「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご依頼の受付でしょうか?」
「あ、いや……依頼じゃなくて、その……冒険者になりたいんですけど」

 しどろもどろになりながらも、ようやく言い切る。
 お姉さんは瞬きひとつ、ふわりと睫毛を揺らし、それから俺を上から下まで、まるで宝石の真贋を見極める鑑定士のようにじっと観察した。

「モンスターとの戦闘経験は?」
「ないです。」
「……では、剣術歴はどれくらいなりますか?」
「そんなのないですよ。見ての通り農民なので」
「……では、いま腰に提げている剣――それ意外の武器を扱うということでよろしいですか?」
「いやいや、なんでそうなるの? ちゃんとこの剣を使うけど」
「で、では……戦闘に有利な│権能《オリジン》をお持ち、という理解でよろしいですか?」
「う~ん……」

 │権能《オリジン》なら確かにある。
 だが――あれはどう考えても戦闘向きじゃない。
 邪神たちとのチャットで、どうモンスターを倒せというのか。

「│権能《オリジン》はあるにはあるけど……まあ、戦闘向きじゃないかな」

 そう答えた瞬間、お姉さんの眉が困ったものを見るようにゆるやかに歪んだ。

「戦闘経験、ないのよね?」
「まったく」
「念のためもう一度聞くけど、誰かに剣を学んだことは?」
「ないです。あっ、でも、昔ユリアナと……幼馴染と木の枝で打ち合った経験ならあります!」
「そ、そう……。で、その腰の剣は?」
「あぁ、これ? さっき買ってきたんだよね。八万ギルもしただけあって、結構いい剣でしょ?」
「……はぁ」

 お姉さんはとうとう頭を抱え、深い深い溜息を洩らした。
 お姉さんは体調が悪いのだろうか。
 きっと日頃から強面の冒険者たちを相手にしているから、気苦労が絶えないのだろう。

「わたしから君にアドバイスをひとつ」
「はい?」
「今すぐその剣、返品してきなさい」
「なんで?」
「冒険者ってものはね、憧れだけで続けられる生業じゃないのよ。
 どれほど凄腕でも、明日の朝には冷たい屍になっている――そんなことが珍しくない世界なの。
 ろくに剣も振ったことのない女の子が踏み込むには、あまりにも危険すぎる」

 その声音には、脅しではない“本気の心配”が滲んでいた。
 甘い夢を追う若者を何人も見送ってきたのだろう。
 二度と戻らなかった者たちの顔が、きっと彼女の記憶には焼き付いている。

「せっかく親から授かった命を、そんな軽はずみに投げ捨てちゃいけないわ」

 真っ直ぐに俺の目を見るその瞳には、慈愛に似た強さが宿っていた。

 けれど、その程度の説得で折れるくらいなら、端から冒険者ギルドになんて来ていない。
 覚悟はもうできていた。

 だから、彼女の言葉の中から二つ、間違いを訂正する。

「何か勘違いしているみたいだけど、俺は男だ。それから――命を粗末にする気なんて、これっぽっちもない」

 静かに、しかし芯のある声で告げると、彼女の瞳がわずかに揺れた。逃げも隠れもぜず、俺はその目を見据える。

「俺は、人生を変えたくて──│冒険者ギルド《ここ》に来たんだ」

 そこで一度息を整え、周囲へ視線を巡らせた。
 静まり返ったギルド内で、冒険者たちの視線が俺に集まっていた。軽蔑も嘲笑もない。ただ、冒険者としての『値踏み』の眼差しだけが、淡々と向けられている。

「ここにいる人たちだって、何かを変えたくて冒険者になったんじゃないのか。どうしようもない現実に抗いたくて、自分はちっぽけな存在じゃないって証明したくて。そのためなら命だって懸けてやるって気概で、冒険者をやってるんだろ」

 声が自然と熱を帯びる。

「俺は確かに、今はまだ弱い。けど……強くなりたいと思う気持ちだけは、誰にも負けない。困ってる誰かを助けるためとか、正義を掲げたいからじゃない。そんな立派な理由、俺にはない」

 一拍置き、胸の底から言葉を引きずり出す。

「俺はただ……証明したいんだ。俺だって、やればできるって!」

 言いきった瞬間、自分の言葉が胸の奥に鋭く返ってくる。
 なぜ俺はここまで来たのか――その理由が、ようやく形を成した。

 ……俺はきっと、気に食わないのだ。

【女神の祝福】を受け、聖堂十二宮に選ばれた彼女に課せられた使命。

 ――魔王を討伐し、世界を救え。

 愛子でなければ世界は救えない。
 聖堂十二宮でなければ魔王は倒せない。

 そんな決まり、誰が決めたんだよ。

 その役目が農夫の息子だったとしてもいいじゃないか。
 ただの平民が、魔王を倒す英雄になったっていいじゃないか。

 愛子は特別じゃない。
 それを証明するためにも、俺が、平民の俺が英雄にならなきゃならない。

 冒険者登録は、その第一歩だ。

 そしていつか、胸を張って言ってやる。

 ――お前は特別なんかじゃない。
 ――平民と結ばれたって、何もおかしいことなんてないんだ。

 ……未練がましい?
 ……他の女を抱いておいて何を言うって?

 うるせぇ!
 娼婦はノーカンだ!
 俺はまだ、素人童貞なんだよ!

 思いのすべてを吐き出し、胸の中の絡まった糸がようやくほどけていく。
 そのとき――

 「いいんじゃないか、冒険者登録させてやっても」

 不意に、受付カウンターの奥から落ち着いた声が響いた。
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