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カフェ・シャスタでの出来事
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その後、私は久しぶりに、ルナソルが入学式準備の後に来ると言っていたカフェに来ていた。
ちなみに、カフェの名前はシャスタという。
「それにしても、本当に久しぶり。私たちが好きだった品はまだあるかしら?」
そうつぶやきながら店内をぐるっと見渡すと、昔と変わらない景色が私の視覚を奪う。
「いらっしゃいませ」
店員さんがそう一声私にかけ、空いている席へと案内してくれる。
「ご注文が決まり次第、お呼びください」
そう言い残し、店員さんは新たに来たお客さんの接待へと向かう。
メニューを見ながらどれにしようかと悩んでいると、とある一つのメニューに目が留まる。
――レモンのタルト
それは、レイナが好きだったもので、ここに来るたびに注文していたメニューだ。
「――すみません」
私はイチゴが好きで、レイナが頼んでいたレモンのタルトは一度だって食べたことがなかった。
今さらな気もするが、私はレイナが美味しいと感じたものを、私も食して、同じ気持ちになりたい。――たとえ気持ち悪いと思われても。
「おまたせしました。ご注文をどうぞ」
「レモンタルトと……紅茶を一つずつ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
懐かしい余韻に浸りながら、私は注文の品が来るのを待つ。
その間も、私の頭は忙しなく動き、今後の予定を考える。
まず、ルナソルへの復讐だが、私には考えがある。なのでいったんは後回しだ。
やはり、攻略対象とは全員かかわっておきたい。見た感じ、ソフィアは逆ハーレムルートを目指しているようだから、私の復讐の相手は攻略対象全員とソフィア。あと、可能なのであれば、レイナが断罪されたあの日、舞踏会の会場にいた全ての公子・公女。それと、ソフィアに心酔しきっているこの国の民。
色々な人を敵に回すことになるが、私はかまわない。むしろ、かまってられない。
どうすれば彼らを絶望に落とせるだろうか。絶望に落とした後、どのようにして彼らに復讐するべきだろうか。
考えたって、分からない。それでも、彼らには長く苦しんでもらう。それに、レイナの悪声を是正しなければ……
「――お待たせしました。ご注文の、レモンタルトと紅茶でございます」
鼻をくすぐる、紅茶のにおい。見るだけでキュンとなる鮮やかなレモン。そして何より、店員さんに声をかけられたことにより、私は現実に引き返される。
「それでは、ごゆっくり」
にっこり笑いながらそう言い残す店員さんに、私は店員さんの方を見ながら「ありがとうございます」と伝え、届いた品に目を戻す。
「美味しそう……」
私はそうつぶやきながら、タルトをフォークで一口サイズに切り分け、パクリと口に運ぶ。
すると、口いっぱいにレモンの甘酸っぱさが口に広がり、タルトのさくりとした触感と、レモンの果肉がいいアクセントになり、とっても美味しい。
美味しい……のだけど。
「レイナ……」
レイナとの思い出が頭に駆け抜ける。その思い出は、とっても大切で、楽しかった思い出ばかり。でも、その思い出がそれ以上増えることはないと思うと、あまりにも苦くて、辛くて。
私は、目ににじんだ涙を流さないように、必死にタルトを口に運ぶ。
「レイナ……レイナ……」
そうつぶやいたって、呼びかけたって、レイナは返事をしてくれない。私に笑いかけてくれない。
どうして、私はモブなんだ。私がディファンなら、ソフィアなら。レイナを救えたかもしれないのに。どうして私はレイナが辛い時にそばにいなかったんだ。レイナのそばにいれば、私はレイナを救えたかもしれないのに。
レイナのそばにいるべき時にそばにいれなかった自分が忌々しい。無条件にソフィアに心酔し、レイナの悪評を広める国の民が憎たらしい。レイナを無情にも見捨てたあいつらが厭わしい。この世界全てが憎々しい。
「――ソフィアさん、ここが僕の行きつけの場所です」
私が負の感情を抱いていると、シャスタの入り口から、ルナソルの声が聞こえてくる。
一瞬気が付かれるかと、内心焦ったが、元々がモブのおかげで私はあまり存在感がないため、気が付かれなかった(たぶん)。
「ソ、ソフィア様!?いったい、どうしてこちらに……」
先ほど私に接待してくれた店員さんが、ソフィアに喜びと困惑が入り混じった声でそう話しかけた。
「ルナソル君の案内で。ルナソル君に話を初めて聞いた時から、行ってみたいなぁ、と思っていたのですが、レイナ様もよくこちらにいらしていたようでして。ほら、皆さんもご存じの通り、私はレイナ様にいじめられていたので……私は別にいいのですが、お店の方に迷惑をかけてしまう気がして……だから、今日はこのお店に来られて本当に良かったです」
「さすが聖女様……自身のことではなく店の方を心配するなんて」
「やはり聖女様はお優しい」
「聖女様は見た目の麗しさだけではなく、精神も美しい」
悲劇のヒロインを演じるソフィアも、それに騙されてソフィアをもてはやす周りの人々も気持ち悪い。
「それに、この喫茶にいらっしゃる方は皆さんお優しいとルナソル君に聞いていたので、皆さんとご縁ができて、私、とっても嬉しいです」
そう言って、にっこりとシャスタにいる者全員に笑いかける。
顔だけは良いソフィア。彼女の笑みは彼女に心酔している者にとっては一撃必殺並みの威力があるのであろう。
「それでは、私はこれからルナソル君と二人でお茶をするので、皆さんとはこれで」
そう言って、ソフィアは隣にいたルナソルと腕を組む。
余裕そうなソフィアとは対照的に、ルナソルは慌てふためくが、ソフィアはそんなルナソルを見て、ふふっと鼻で笑う。
私は、そんな二人を睨みつけるようにして見ていると、私の視線に気が付いたソフィアが私の方を向き、憎たらしい笑みを浮かべた。
ソフィアの考えは私にはわからない。わかりたくもない。けれど、あの表情は、相手にまったく興味を示していないときの表情。おそらく、モブである私には、ソフィアはノーマークである。
ソフィアはおそらく、私がレイナと仲が良いことを知らない。私もその他大勢と同じく、自身に心酔していると思っているのではないだろうか。
あくまでこれは私の考察だが、私の考察通りであれば、何かと都合がいい。
私をなめたことを後悔させてやる。
私はそう思いながら、タルトを口に運ぶ。
すると、なんだか先ほどよりもタルトが甘ったるく感じ、慌てて紅茶を口に含み、口に残ったタルトの残骸を、ゴクリと喉に押し込む。
「それにしても、久しぶりね、ルナソル君」
何なんだ?せっかく、ソフィアとルナソルの会話を盗み聞こうと思ったのに。私の知らない情報があれば、少しでも知りたかったのに。頭が回らない。体が熱い。
「はい、ソフィアさんたちが卒業した後、僕もソフィアさんも忙しかったようですし。何より、レイナさんが死んだことについての処理が大変でしたから」
駄目だ。意識が保てない。どうして?
途切れそうになる意識を気合でつなぎ止め、私は急いでタルトと紅茶を口に押し込み、代金を支払い、店から出る。
「それにしても、よかったですね、レイナさんが死んで。これで、僕も貴女も安心して、これからの生活を送れます」
店に出る前、そんなことを言うルナソルに声が聞こえ、私は憎しみを抱きながら、店の近くの道端に倒れこんだ。
ちなみに、カフェの名前はシャスタという。
「それにしても、本当に久しぶり。私たちが好きだった品はまだあるかしら?」
そうつぶやきながら店内をぐるっと見渡すと、昔と変わらない景色が私の視覚を奪う。
「いらっしゃいませ」
店員さんがそう一声私にかけ、空いている席へと案内してくれる。
「ご注文が決まり次第、お呼びください」
そう言い残し、店員さんは新たに来たお客さんの接待へと向かう。
メニューを見ながらどれにしようかと悩んでいると、とある一つのメニューに目が留まる。
――レモンのタルト
それは、レイナが好きだったもので、ここに来るたびに注文していたメニューだ。
「――すみません」
私はイチゴが好きで、レイナが頼んでいたレモンのタルトは一度だって食べたことがなかった。
今さらな気もするが、私はレイナが美味しいと感じたものを、私も食して、同じ気持ちになりたい。――たとえ気持ち悪いと思われても。
「おまたせしました。ご注文をどうぞ」
「レモンタルトと……紅茶を一つずつ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
懐かしい余韻に浸りながら、私は注文の品が来るのを待つ。
その間も、私の頭は忙しなく動き、今後の予定を考える。
まず、ルナソルへの復讐だが、私には考えがある。なのでいったんは後回しだ。
やはり、攻略対象とは全員かかわっておきたい。見た感じ、ソフィアは逆ハーレムルートを目指しているようだから、私の復讐の相手は攻略対象全員とソフィア。あと、可能なのであれば、レイナが断罪されたあの日、舞踏会の会場にいた全ての公子・公女。それと、ソフィアに心酔しきっているこの国の民。
色々な人を敵に回すことになるが、私はかまわない。むしろ、かまってられない。
どうすれば彼らを絶望に落とせるだろうか。絶望に落とした後、どのようにして彼らに復讐するべきだろうか。
考えたって、分からない。それでも、彼らには長く苦しんでもらう。それに、レイナの悪声を是正しなければ……
「――お待たせしました。ご注文の、レモンタルトと紅茶でございます」
鼻をくすぐる、紅茶のにおい。見るだけでキュンとなる鮮やかなレモン。そして何より、店員さんに声をかけられたことにより、私は現実に引き返される。
「それでは、ごゆっくり」
にっこり笑いながらそう言い残す店員さんに、私は店員さんの方を見ながら「ありがとうございます」と伝え、届いた品に目を戻す。
「美味しそう……」
私はそうつぶやきながら、タルトをフォークで一口サイズに切り分け、パクリと口に運ぶ。
すると、口いっぱいにレモンの甘酸っぱさが口に広がり、タルトのさくりとした触感と、レモンの果肉がいいアクセントになり、とっても美味しい。
美味しい……のだけど。
「レイナ……」
レイナとの思い出が頭に駆け抜ける。その思い出は、とっても大切で、楽しかった思い出ばかり。でも、その思い出がそれ以上増えることはないと思うと、あまりにも苦くて、辛くて。
私は、目ににじんだ涙を流さないように、必死にタルトを口に運ぶ。
「レイナ……レイナ……」
そうつぶやいたって、呼びかけたって、レイナは返事をしてくれない。私に笑いかけてくれない。
どうして、私はモブなんだ。私がディファンなら、ソフィアなら。レイナを救えたかもしれないのに。どうして私はレイナが辛い時にそばにいなかったんだ。レイナのそばにいれば、私はレイナを救えたかもしれないのに。
レイナのそばにいるべき時にそばにいれなかった自分が忌々しい。無条件にソフィアに心酔し、レイナの悪評を広める国の民が憎たらしい。レイナを無情にも見捨てたあいつらが厭わしい。この世界全てが憎々しい。
「――ソフィアさん、ここが僕の行きつけの場所です」
私が負の感情を抱いていると、シャスタの入り口から、ルナソルの声が聞こえてくる。
一瞬気が付かれるかと、内心焦ったが、元々がモブのおかげで私はあまり存在感がないため、気が付かれなかった(たぶん)。
「ソ、ソフィア様!?いったい、どうしてこちらに……」
先ほど私に接待してくれた店員さんが、ソフィアに喜びと困惑が入り混じった声でそう話しかけた。
「ルナソル君の案内で。ルナソル君に話を初めて聞いた時から、行ってみたいなぁ、と思っていたのですが、レイナ様もよくこちらにいらしていたようでして。ほら、皆さんもご存じの通り、私はレイナ様にいじめられていたので……私は別にいいのですが、お店の方に迷惑をかけてしまう気がして……だから、今日はこのお店に来られて本当に良かったです」
「さすが聖女様……自身のことではなく店の方を心配するなんて」
「やはり聖女様はお優しい」
「聖女様は見た目の麗しさだけではなく、精神も美しい」
悲劇のヒロインを演じるソフィアも、それに騙されてソフィアをもてはやす周りの人々も気持ち悪い。
「それに、この喫茶にいらっしゃる方は皆さんお優しいとルナソル君に聞いていたので、皆さんとご縁ができて、私、とっても嬉しいです」
そう言って、にっこりとシャスタにいる者全員に笑いかける。
顔だけは良いソフィア。彼女の笑みは彼女に心酔している者にとっては一撃必殺並みの威力があるのであろう。
「それでは、私はこれからルナソル君と二人でお茶をするので、皆さんとはこれで」
そう言って、ソフィアは隣にいたルナソルと腕を組む。
余裕そうなソフィアとは対照的に、ルナソルは慌てふためくが、ソフィアはそんなルナソルを見て、ふふっと鼻で笑う。
私は、そんな二人を睨みつけるようにして見ていると、私の視線に気が付いたソフィアが私の方を向き、憎たらしい笑みを浮かべた。
ソフィアの考えは私にはわからない。わかりたくもない。けれど、あの表情は、相手にまったく興味を示していないときの表情。おそらく、モブである私には、ソフィアはノーマークである。
ソフィアはおそらく、私がレイナと仲が良いことを知らない。私もその他大勢と同じく、自身に心酔していると思っているのではないだろうか。
あくまでこれは私の考察だが、私の考察通りであれば、何かと都合がいい。
私をなめたことを後悔させてやる。
私はそう思いながら、タルトを口に運ぶ。
すると、なんだか先ほどよりもタルトが甘ったるく感じ、慌てて紅茶を口に含み、口に残ったタルトの残骸を、ゴクリと喉に押し込む。
「それにしても、久しぶりね、ルナソル君」
何なんだ?せっかく、ソフィアとルナソルの会話を盗み聞こうと思ったのに。私の知らない情報があれば、少しでも知りたかったのに。頭が回らない。体が熱い。
「はい、ソフィアさんたちが卒業した後、僕もソフィアさんも忙しかったようですし。何より、レイナさんが死んだことについての処理が大変でしたから」
駄目だ。意識が保てない。どうして?
途切れそうになる意識を気合でつなぎ止め、私は急いでタルトと紅茶を口に押し込み、代金を支払い、店から出る。
「それにしても、よかったですね、レイナさんが死んで。これで、僕も貴女も安心して、これからの生活を送れます」
店に出る前、そんなことを言うルナソルに声が聞こえ、私は憎しみを抱きながら、店の近くの道端に倒れこんだ。
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