【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林

文字の大きさ
3 / 181
第一章 銀狼は青に還りて

しおりを挟む
 蝉の鳴き声に、うだるような暑さ。

 手にした冷たい炭酸ジュースを口にして、清家太陽せいやたいようは一息吐いた。

「あっつ」

 日陰のベンチに座っても、冷たい炭酸ジュースを飲んでも、汗が引く様子は全くない。

 今年の夏も間違いなく猛暑だ。

 ベンチに背を預けて見上げた空は、ムカつく程の晴天だ。遠くに夏特有の入道雲が見えた。

 清家太陽は高校3年生の18歳だ。
 
 夏休みのこの時期、受験の追い込みの為に図書館へ行ってみたが、あいにく同じ受験生やクーラーを求めた町の人達で既に席が満杯だったのだ。

 仕方なく図書館の敷地内の木の下にあるベンチに座ってみたものの。全く涼めず途方に暮れていた。

 家で勉強する事も考えたが、クーラー代が気になる。太陽の月々の生活費はそう多くはない。出来れば日中だけでも、どこか涼しい場所を確保したいものだ。

 ペットボトルの蓋を閉めて、鞄にしまいながら、さてどうしようかと思案していると。

 どこからか呼ぶ声が聞こえた。

 周囲を見渡しても誰もいない。

 暑さのせいでおかしくなったのかもしれない。太陽はまた溜め息を吐くと、今度こそ移動する為に立ち上がった。

 ーひ…め…。

 また声が聞こえた。

 ひめ?

 ー姫よ。答えてください。

「姫?人違いだろ。てか、どこから聞こえて来てんだ?」

 辺りを見回しても人影はない。

 だが次の瞬間。その声はよりハッキリ聞こえた。

 ー見つけた。

 愉快そうな若い男の声だった。

 気持ち悪さにゾッとした瞬間。何者かに後ろから腕を掴まれた。

 振り返ると、ベンチの後ろの大木から人間の腕が生えて、太陽の腕を掴んでいた。ありえないその光景に、思わず太陽が叫び声を上げる。

 抵抗する間もなく引っ張られ、木にぶつかる!と目を閉じた瞬間。身体が浮遊する様な感覚があった。

 不思議に思い、恐る恐る目を開けると薄暗い空間の中、宙に浮いていた。

 違う。浮いてるのではなく、暗闇の中、深さもわからない状態で落下していた。

「うわぁぁぁ!」

 恐怖に叫んだ太陽を誰かが引き寄せ抱きしめて来た。

 ふわり、と陽だまりの様な匂いがした。
 
「やっと見つけましたよ。私の姫」

 暗闇の中でよく見えないが、囁いてくるその声と、抱きしめられた感触で男だとわかった。

 そのまま、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。

 驚き身体を強ばらせたまま、正面を見れば。

 薄暗い闇の中。美しく光る金色の片眼が太陽を見つめていた。もう片方には黒い眼帯。

 この至近距離。

 え?俺、今こいつにキスされてるの?

「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」

 ドンと思いきり相手を着き飛ばす。相手を押した力がそのまま自分に返ってきて、下降が早まった気がした。

「うわぁぁぁー!落ちるー!」
「姫!私の手を掴んで!」
「誰が掴むかよ!この変態!」

 このままだと死んじゃう!誰か助けて!

 思わず恐怖で目を閉じた瞬間。
 瞼の向こうに眩い光の放流を感じた。



◇◇◇



 ドサッと音がしたと同時に、身体を打ちつけた痛みが走った。
 そのまま勢い良くゴロゴロと転がって、やっと止まった。

「いったぁ…助かったのか?」

 恐る恐る目を開けると、太陽は土の上に転がっていた。

 周囲を見れば太陽の居る場所は少し開けた所だが、その周囲には細い木々や僅かな花が咲いている。

 森というよりは林の中の様だ。

 見上げた空はどんより雲がかかっていて、そのせいで周囲は薄暗かった。

「ここ、どこだ?」

 さっきまで町の図書館の敷地に居て。いきなり木の中に連れ込まれて落っこちて。気づいたら林の中だった。

 全く意味がわからない。

 とりあえず誰か人がいる所まで移動しよう。太陽は立ち上がると服の汚れを軽くはたいて歩き出した。

 空が雲で覆われてるから方角もわからない。だからまず林の中に入って、付近に看板か道がないか探す事にした。その時。

 グルルル

 犬が唸る様な低い音が聞こえた。

 どこから聞こえてくるのか周囲を見回すが、犬や動物の姿は見当たらない。

 またこのパターンかよ!嫌な予感がする。

 近くの木に背を預ける様にしつつ、周囲を警戒していた太陽の肩に、ポツンと水滴が落ちてきた。

「雨?」

 空を見上げる様に太陽が顔を上げると。

 黒と灰色に濁った眼を爛々らんらんと光らせた獣が、木の上から太陽を見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました

あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。 完結済みです。 7回BL大賞エントリーします。 表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。 そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。 男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。 それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。 悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。 献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。 愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。 一人称。 完結しました!

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...