【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林

文字の大きさ
5 / 181
第一章 銀狼は青に還りて

しおりを挟む
 パチパチ パチッ

 乾燥した木の音がした。

 沈み込んでいた意識が浮上して目を覚ますと、見覚えのない木の天井が見えた。

 横を見ると、簡素な暖炉に焚き火が燃えている。それが部屋を暖かくしていた。

 おかしい。今は真夏の筈なのに。空気が乾燥して少し肌寒い気がする。ぼんやりする頭でそんな事を考えた。

 太陽はTシャツとデニムという真夏の軽装だった。薄着の太陽を寒さから守る様に、タオルケットがかけられていた。

「あぁ起きたかい?」

 暖炉の側で何か作業をしていた緑頭の男が、太陽に気づいて声をかけて来た。

 起きようとする太陽を、そのままでいいからもう少し休んでて、と優しく気遣ってくれる。

 身体がまだ少しだるい気がしたので、その言葉に甘えさせてもらった。

 男は近づいて来ると、太陽のおでこに手をやり熱は無いねと安心した様に笑った。

 先程は緊迫した状況だったせいで余裕が無かったが、今は落ち着いた状態で自分を助けてくれた相手を見る事ができた。
 
 やけに顔立ちの綺麗な若い男性だった。年の頃は20代前半に見える。全体的に優しい雰囲気を纏った人物だった。

 肩を越える長めの髪は濃いめの緑色。そして太陽に向けられた優しそうな瞳は薄めの黄緑色だった。

 薄暗い部屋の中、焚き火の灯りが揺らめいて、その瞳が美しく煌めいて見えた。

「綺麗…」
「え?」
「え?あ!俺、何言って…すみません!」

 自分の発した言葉が信じられず慌てた太陽の様子に、男は思わず吹き出した。

「ふふっ。ありがとう。褒めてくれて嬉しいよ」
「いや、だって、男の人に女みたいに綺麗って!」
「そうかい?貴重な女性みたいに綺麗って言われて僕は嬉しいよ」
「え?貴重?」
「ん?どうしたんだい?」

 何だかさっきから、男との会話に疑問を感じる。まるでお互いの常識がすれ違ってる様なー。

「あの、変な事を聞きますけど。ここって日本ですよね?」
「ニホン?それがどこかは知らないけど…ここは世界の東側の大陸の中の東の森の東の村近くの山小屋だよ」
「……」

 東の大陸の東の森の東の村。
 何だかよくわからない。

「あの、国の名前とか村の名前とかは無いんですか?」
「ハッハッ。君、面白い事言うね。魔王が君臨して国や地名を名乗る事を禁止されてしまっただろ?」
「魔王」
「そうだよ。君だって子供の頃に御伽噺や絵本で聞いただろう?光の聖女と光の勇者がいなくなってしまったからね。今は魔王の機嫌1つで根絶やしにされてしまう。だから国や町、村を名乗る者はいないよ」
「光の…」

 どうしよう。目の前の男は嘘をついている様には見えない。

 それは逆に自分が全く異なる世界に来てしまったのだと証明している様だった。

 やっぱり…。あの木の中に引っ張り込まれたのも。知らない場所に来たのも。あの獣も。

 夢じゃなかったんだ。

 信じられない現実に、太陽の背中を冷や汗が流れ落ちた。

「お腹でも空いた?何か食べるかい?」
「あの…」

 離れて行こうとした男の手を慌てて掴んだ。

 ん?と男が足を止めて太陽を振り返った。

 どうしよう、何て言おう。

 正直に自分はこの世界の人間じゃないと言ったら頭がおかしいと思われてしまうかもしれない。

 でもこのままやり過ごしても、この世界は常識が違い過ぎてすぐボロが出るだろう。

「あの、俺、さっき襲われた時に頭を打ったみたいで。何も覚えてなくて…」
「えぇ!?君大丈夫かい?」

 獣に襲われた所を助けてもらった恩人に嘘を吐くのは胸が痛んだが、ここは記憶喪失を装う事にした。

 持っていたリュックもいつの間にか無くしてしまって、本当に身一つだ。このままこの人に見捨てられたら、どうしていいか分からない。申し訳ない気持ちのまま、身体は大丈夫です、と答えた。

 人の良さそうな緑頭の彼は慌てた様子で太陽の顔を覗き込んできた。黄緑の瞳が心配そうに揺れている。

「もしかして自分の名前もわからないのかい?」
「あ、それは…覚えてます。名前は清家太陽せいやたいようです」
「セーヤか。いい名前だね。僕はルース。ルースでいいよ」

 もしかしてファーストネームが先なのかな?と思ったがそのままにした。多分太陽よりはその方が呼びやすいだろうと思ったからだ。

「ルースさん、俺にこの世界の常識を教えてくれませんか?全然覚えてなくて」

 太陽の言葉に、ルースは一瞬キョトンとした後、破顔した。

「お安い御用だよ。じゃあちょっと早いけど、夕食をとってから話そうか」
「はい。ありがとうございます」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました

あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。 完結済みです。 7回BL大賞エントリーします。 表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。 そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。 男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。 それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。 悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。 献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。 愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。 一人称。 完結しました!

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...