【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

第一章 銀狼は青に還りて

２

　近くの木に背を預ける様にしつつ、周囲を警戒していた太陽の肩に、ポツンと水滴が落ちてきた。

「雨？」

　空を見上げる様に太陽が顔を上げると。

　黒と灰色に濁った眼を爛々らんらんと光らせた獣が木の上から太陽を見下ろしていた。

　ソレの大きな口からだらしなくこぼれた涎よだれが、また１つ太陽の肩に落ちて来た。

「うわぁぁぁ！化け物！」

　慌てて太陽がその場から逃げ出す。木の上からグルルルと獣の声がした。

　すぐ真後ろで、ソレが木から飛び降りた音がした。

　追いつかれる！焦りと恐怖で足がもつれる。あ、と思った時には土の上に派手に転んでいた。

　倒れた太陽の背後から影が差す。

　恐る恐る振り返ると、太陽の上に大きなその獣が四つ足で覆い被さっていた。

　犬より遥かに大きい。どちらかというと狼に近い獣。

　全身薄汚れた灰色の獣が濁った目で太陽を見ていた。

　空いた口には尖った鋭い牙。相変わらず開いた口からは涎が垂れている。

　ソレは今にも餌を食べようとするかの様に、大きな口を更に開けた。

　食われる！

　死を覚悟した瞬間。大きな声がした。

「伏せて！」

　パンパンと立て続けの破裂音に眩しい光がチラついた。

　グオオオ！

　獣が苦しむ声がして、どこかに走り去って行く気配がした。

　何が起こったか分からず、倒れこんだまま周りを見回すと、近くの木の側から男が出てきた。

「君、大丈夫？怪我はない？」

　見た事もない珍しい緑色の髪と黄緑の目をした男だった。背に弓矢を背負って簡素な服の上から、胸当てなどの防具をつけている。

「だ…大丈夫です。助けてくれて…ありがとうございました」
「怪我がないなら何より。でもこの東の森は既に森神も狂ってしまったから立ち入り禁止だよ。何しに来たんだい？」
「そ、それは。気づいたらここに…」

　何でこんな所にいるのか太陽自身もわからない。それをうまく説明できる気もしない。

　危うく獣に食べられそうになって、助かった安堵感と。

　東の森とか、森神とか、さっきの灰色の獣とか、目の前の男の緑の髪と目が本物なのかとか。気になる事も沢山あって。

　太陽はキャパオーバーして、そのまま気を失った。