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【第一章】おなかいっぱい食べたいな
1. あんな未来は、お断り
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「ヒロインか、ヒドインか、悪役令嬢か。なにそれ、そんなのイヤ」
目が覚めて出たひとことめが、それだった。
「ああ、でも夢か。夢でよかった」
悪夢を見た。夢の中で、何度も命を落とした。大体、二十歳になる前に終わってしまった。どれも、ひどい最後だった。様々な人生があったけど、大きく分けるとヒロイン、ヒドイン、悪役令嬢の三種類ぐらい。
ヒロインと呼ばれたときは、王子様と運命的な出会いをし、奇跡の玉の輿に乗っていた。
ヒドインのときは、あらゆるイケメンにチヤホヤされ、逆ハーレムという境遇を得ていた。
悪役令嬢では、婚約者の浮気相手をいじめ、反撃をくらい、修道院に追放されていた。
「孤児のアタシに、あんな未来があるわけないよね」
まるで同意するように、お腹が盛大に鳴った。カエルみたいな音。
お腹を押さえると、ぺったんこだ。汗で顔に張りついた髪をかきあげる。
「アタシの手、こんなにちっちゃかったっけ」
夢の中ではキレイなお姉さんで、真っ白な手だった。目の前にある手は小さくて、骨が浮き上がっている。腕も、足も骨だらけ。孤児院の子は、みんなやせっぽっちだけど、これはヒドすぎるんじゃないかな。夢の中の自分と、今の自分が結びつかない。
のろのろと起き上がる。
「あれ、そういえば、みんなは?」
周りを見回しても、誰もいない。いつもは、大部屋でたくさんの子たちとベッドを並べて寝ていた。ここは、個室。窓から月明かりが差し込んでいるから、ロウソクがついてなくてもよく見える。ベッドと小さな机と椅子があるだけ。
「牢屋みたい」
夢の中で、こんな牢屋に入れられていたっけ。でも、ここは牢屋じゃないと思う。牢屋だったら、監視窓とか鉄格子があるはずだもん。ここは壁もドアも、普通だもん。大丈夫。
ドキドキする胸を押さえて、何度も深呼吸。ベッドから降りると、カサカサ
と乾いた音がする。
「何これ」
床に、たくさんの紙が落ちている。
「これって、新聞の号外?」
『世紀のヒロイン! 王子妃にサブリナ嬢が決定』お姫様みたいな美人の絵が載っている。
「え、どういうこと?」
号外を拾い集めて順番に見る。『王国に繁栄をもたらしたサブリナ嬢。聖女か魔女か、それが問題だ』『夜会での婚約破棄騒動。サブリナ嬢は悪役令嬢なのか』『王国史上最悪の汚職事件。司法の追及を受けるサブリナ嬢』『サブリナ、追放』『サブリナ、処刑』
華やかなお姫さまから、断頭台の前に立つ犯罪者へ。
「イヤー」
思わず叫んで号外を取り落とす。そのとき、ドアが開いた。女の子が入ってくる。エプロンで覆われたツギハギだらけのスカート、茶色の三つ編み、心配そうな顔。
「サブリナ、目が覚めたの? 水とスープを持ってきた。飲んで」
「エラ」
エラは孤児院のお姉さん。エラはいつもこっそり、キッチンから余りものを持ってきてくれる優しい人。エラが号外を踏んだ。まるで、見えてないみたい。エラの足に踏まれた、処刑前のアタシの絵から目が離せない。エラが首を傾げる。
「どうしたの?」
エラは下を向くけど、何も反応しない。やっぱり、見えてないんだ。不思議、なんで? アタシにしか見えないの?
「まだ熱があるのね、きっと」
エラが号外を踏みつけながら奥まで進み、机の上にお盆を置いた。
「ほら、座って食べて」
「うん、ありがと」
エラに支えられながら、水を少しずつ飲む。
「つめたくておいしい」
あっという間にコップが空になる。エラが水差しからついでくれた。
スープをスプーンですくってひとくち。あったかい。具も何も入ってないけど、塩気があって体にしみわたっていく。夢中でスプーンを動かす。
「こんなにおいしいスープ、はじめて」
「あはは、サブリナったら。でも、よかった。三日間も高熱でうなされてたよ。もう、ダメかと思ったけど。これなら大丈夫ね」
三日間も。どうりで体に力が入らなかったわけだ。
それにしても、三日? 夢の中でもっともっと長い時間を過ごしたように感じる。記憶もたしかにある。二十歳前後に人生が台無しになる経験を、何度も、何種類もたどってきた。
「体も拭かなきゃね」
エラは、水の入ったバケツを持ってきてくれた。布で体を拭いてくれる。バケツの水がすぐに汚くなった。
「髪も洗いたいけど、それはもうちょっと元気になってからの方がいいかな」
「エラ、ありがとう。いつか、エラに恩返しするからね」
「いやだ、サブリナ。そんなこと気にしなくていいよ。顔が赤いね。まだ熱があるかな?」
エラの手が額に当たる。この手の感じ、覚えてる。熱でもうろうとしてたとき、エラがこうして看病してくれたんだ。
「熱は下がったかな。大部屋に戻るのはまだ先だね。もう少し寝てなさい」
エラが持ってきてくれた新しい肌着に着替え、またベッドに入れられる。
「また夜に来るからね」
エラの足音が遠ざかってから、そっと起き上がって床に散らばった号外を集める。
「もしかしたら、これは神さまがくれたのかもしれない」
ボヤッと生きてたら、こんなひどい未来になっちゃうよって、教えてくれたんだ。きっとそう。
「どれも、アタシが望む未来じゃないわ。あんな未来は、イヤ、お断りよ」
でも、だったらどんな未来がいいのかな。神様が見せてくれた未来の断片から、気をつけて選べば、生き残れるのかな。
「死にたくない。長生きしたい。優しいおばあちゃんになって、幸せにほのぼの暮らしたいな」
追放と処刑台につながる未来は、絶対に避けなきゃいけない。
「絶体絶命のピンチになるまでは、贅沢できる未来だったよね」
夢の中では、大きなお屋敷に住んで、毎日ご馳走を食べてた。お姫さまみたいなドレスも着てた。信じられないくらい美人になってて、美形男子に囲まれてた。胸がキュンッとしたのも覚えてる。
「でも、かっこいい男子は危ないんだ」
特に、髪と目の色がカラフルな美形は危険。イケメンの周りには美人がいっぱいいる。身分が高くて力もある美人たち。敵に回したら大変なんだ。
「もう、恋はやめよう」
キュンッの後に、処刑台でヒヤッとなるんだもん。無理無理。
「おいしいもの、いっぱい食べたいなあー。どんな味なんだろう」
すっごく悔しいんだけど。夢の中でおいしいものをいっぱい食べたのに、味はちっともわからないの。恋に落ちた胸キュンはわかったのに、ご馳走の味がちっともわからない。神さま、ひどいや。
「さっきのスープよりおいしいのかなー。ああいうの、みんなと食べたいな」
エラや、孤児院のみんなと、おいしいねって食べられたらいいな。
「うーん、そうすると、まずあの人をなんとかしないと」
夢で知ったけど、孤児院には王家からきちんと食費の予算が出ているはずなんだ。でも、スープには具が入ってない。それは、あの人が使っちゃってるから。
「どうやってやっつけようかな」
うんうん考えていると、また熱が出てきたみたい。目をつぶる。ちょっとだけ寝よう。
まっくらな夜。青い鳥が飛んでる。一目散に向かった先は、小さな庭。あれ、ここは孤児院の裏庭だ。色んな果物がなってる。リンゴ、モモ、栗。具がないスープでお腹が減ってる孤児のみんなは、果物がなるのを楽しみにしてる。果物が実ったら、取り合い。戦争だ。
でも、誰も食べない木の実もあるんだよね。一回は食べてみるんだけど。すっごく苦いから吐き出しちゃう。とげとげの小さな木になる、ネズミも食べない赤い実。青い鳥がひとつぶ、くちばしに挟む。鳥は力強く羽ばたき、丘の上に立つおばあちゃんの手にとまる。
「サブリナ、覚えておくんだよ。トクシアの実は、体の中の悪いものを全部出してくれる」
「すりこぎで細かくなるまで潰して、真っ白になるまで天日で乾かし。それを水にとかしてのませればいいのね」
おばあちゃん、ありがとう。追放先で優しくしてくれた修道院のおばあちゃん。あのときは、そんなにひどい死に方じゃなかったな。だって、おばあちゃんが看取ってくれたもん。
目をつぶったまま、手の甲で涙をふく。
「おばあちゃん、アタシ、がんばってみるね」
***
真夜中の孤児院。敷地内にある小さな家で、中年の男が眠っている。男は、猛烈な腹痛に襲われ目が覚めた。外の厠によろめきながら向かう。
「ふうー、間に合った」
厠の外に出て空を見上げると、真ん丸の月が見おろしてきた。
「なんだよ、なんか文句あっか」
気分が悪くて、満月に悪態をついてしまう。月は何を言わず、ただ光っている。
「うっぷ」
今度は吐き気がして、また厠に戻る。上からも、下からも。交互に訪れる衝撃。月に見つめられながら、ひたすら出した。
「やべえ、死ぬのかも」
這うようにして部屋に戻ると、ベッドのそばの机に水差しが置いてあった。酔い覚ましの水だ。昨日の自分に感謝。水差しは半分になっているから、酔っぱらって帰って来た時にいくらか飲んだようだ。コップに水を注ぎ、一気に飲む。空っぽの体の隅々に水が届いていく。眠気が襲ってきて、ベッドに倒れ込んだ。
しばらくして、また気持ち悪くなり目を覚ます。厠とベッドの間を行ったり来たり。不思議なことに、水差しの水がなくなることはなかった。朝日がさしてきたとき、ささやきを聞いた気がした。
「スティーヴ、あなたは悪い人ではありません」
「おあ?」
「大事にしていた猫が亡くなってしまって、酒に溺れてしまっただけ」
「ううう」
「とはいえ、三年も酒浸りは長すぎます」
「あああ」
「孤児の食費を酒に回しているのはいけませんね」
「おお」
「酒をやめ、新しい猫を迎えなさい。逝ってしまったあの子は、それを咎めるような子ではなかったはず」
「ええ」
回らない頭、ぼんやりした視界。ピンク色の髪が見えた気がした。柔らかそうな毛は、いなくなったあの猫みたいだった。
***
ニコニコ顔のエラがスープを持ってきてくれた。
「じゃじゃーん。なんと、スープに具が入ったのよー」
「きゃー」
思わず手を叩く。
「料理長のスティーヴさんがね、急におかしくなってね。オレの給料はしばらくいらねえんで、全部食費に回す、だって。野良猫を拾って来てね、泣きながら撫でてるよ。どうしちゃったんだろ」
「変だね。どうしたんだろう。でも、具がいっぱい入ってるのはうれしいな」
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも。エラに教えてもらいながら、ひとつずつ噛みしめる。柔らかくてホロホロッと口の中で崩れる野菜。
「ああー、体にいいもの食べてるって感じがするー」
「よかった。お肉が入れられるといいんだけどね。予算がまだまだ足りないって料理長がぼやいてた」
「そっかあー」
固いパンを手で思いっきり引きちぎって、スープにひたす。あれえ、そういえば、夢の中で見たパンは、ふわっふわだったような。
「ねえ、エラ。パンって柔らかいの?」
「うーん、そうね。焼きたてのパンは柔らかいって聞いたことあるよ。食べたことないけど。孤児院では、パン屋さんから古いパンをもらうんだよね。捨てるやつ」
「これも、捨てるやつ?」
「そうだよ」
「そっかー」
ふわふわの焼きたてパン。きっとおいしいんだろうな。スープにつけなくても、柔らかいんだろうな。捨てるやつは、スープにつけないと、口の中でつきささって、血の味がするんだ。
「うーん」
「どうしたの、難しい顔して」
「予算を上げるにはどうすればいいんだっけーと思って」
夢で見た気がするんだけど。ああ、そうだ。あの人があれだ。悪い人だ。諸悪の根源ってやつだ。料理長だけ治しても、意味ないんだった。
目が覚めて出たひとことめが、それだった。
「ああ、でも夢か。夢でよかった」
悪夢を見た。夢の中で、何度も命を落とした。大体、二十歳になる前に終わってしまった。どれも、ひどい最後だった。様々な人生があったけど、大きく分けるとヒロイン、ヒドイン、悪役令嬢の三種類ぐらい。
ヒロインと呼ばれたときは、王子様と運命的な出会いをし、奇跡の玉の輿に乗っていた。
ヒドインのときは、あらゆるイケメンにチヤホヤされ、逆ハーレムという境遇を得ていた。
悪役令嬢では、婚約者の浮気相手をいじめ、反撃をくらい、修道院に追放されていた。
「孤児のアタシに、あんな未来があるわけないよね」
まるで同意するように、お腹が盛大に鳴った。カエルみたいな音。
お腹を押さえると、ぺったんこだ。汗で顔に張りついた髪をかきあげる。
「アタシの手、こんなにちっちゃかったっけ」
夢の中ではキレイなお姉さんで、真っ白な手だった。目の前にある手は小さくて、骨が浮き上がっている。腕も、足も骨だらけ。孤児院の子は、みんなやせっぽっちだけど、これはヒドすぎるんじゃないかな。夢の中の自分と、今の自分が結びつかない。
のろのろと起き上がる。
「あれ、そういえば、みんなは?」
周りを見回しても、誰もいない。いつもは、大部屋でたくさんの子たちとベッドを並べて寝ていた。ここは、個室。窓から月明かりが差し込んでいるから、ロウソクがついてなくてもよく見える。ベッドと小さな机と椅子があるだけ。
「牢屋みたい」
夢の中で、こんな牢屋に入れられていたっけ。でも、ここは牢屋じゃないと思う。牢屋だったら、監視窓とか鉄格子があるはずだもん。ここは壁もドアも、普通だもん。大丈夫。
ドキドキする胸を押さえて、何度も深呼吸。ベッドから降りると、カサカサ
と乾いた音がする。
「何これ」
床に、たくさんの紙が落ちている。
「これって、新聞の号外?」
『世紀のヒロイン! 王子妃にサブリナ嬢が決定』お姫様みたいな美人の絵が載っている。
「え、どういうこと?」
号外を拾い集めて順番に見る。『王国に繁栄をもたらしたサブリナ嬢。聖女か魔女か、それが問題だ』『夜会での婚約破棄騒動。サブリナ嬢は悪役令嬢なのか』『王国史上最悪の汚職事件。司法の追及を受けるサブリナ嬢』『サブリナ、追放』『サブリナ、処刑』
華やかなお姫さまから、断頭台の前に立つ犯罪者へ。
「イヤー」
思わず叫んで号外を取り落とす。そのとき、ドアが開いた。女の子が入ってくる。エプロンで覆われたツギハギだらけのスカート、茶色の三つ編み、心配そうな顔。
「サブリナ、目が覚めたの? 水とスープを持ってきた。飲んで」
「エラ」
エラは孤児院のお姉さん。エラはいつもこっそり、キッチンから余りものを持ってきてくれる優しい人。エラが号外を踏んだ。まるで、見えてないみたい。エラの足に踏まれた、処刑前のアタシの絵から目が離せない。エラが首を傾げる。
「どうしたの?」
エラは下を向くけど、何も反応しない。やっぱり、見えてないんだ。不思議、なんで? アタシにしか見えないの?
「まだ熱があるのね、きっと」
エラが号外を踏みつけながら奥まで進み、机の上にお盆を置いた。
「ほら、座って食べて」
「うん、ありがと」
エラに支えられながら、水を少しずつ飲む。
「つめたくておいしい」
あっという間にコップが空になる。エラが水差しからついでくれた。
スープをスプーンですくってひとくち。あったかい。具も何も入ってないけど、塩気があって体にしみわたっていく。夢中でスプーンを動かす。
「こんなにおいしいスープ、はじめて」
「あはは、サブリナったら。でも、よかった。三日間も高熱でうなされてたよ。もう、ダメかと思ったけど。これなら大丈夫ね」
三日間も。どうりで体に力が入らなかったわけだ。
それにしても、三日? 夢の中でもっともっと長い時間を過ごしたように感じる。記憶もたしかにある。二十歳前後に人生が台無しになる経験を、何度も、何種類もたどってきた。
「体も拭かなきゃね」
エラは、水の入ったバケツを持ってきてくれた。布で体を拭いてくれる。バケツの水がすぐに汚くなった。
「髪も洗いたいけど、それはもうちょっと元気になってからの方がいいかな」
「エラ、ありがとう。いつか、エラに恩返しするからね」
「いやだ、サブリナ。そんなこと気にしなくていいよ。顔が赤いね。まだ熱があるかな?」
エラの手が額に当たる。この手の感じ、覚えてる。熱でもうろうとしてたとき、エラがこうして看病してくれたんだ。
「熱は下がったかな。大部屋に戻るのはまだ先だね。もう少し寝てなさい」
エラが持ってきてくれた新しい肌着に着替え、またベッドに入れられる。
「また夜に来るからね」
エラの足音が遠ざかってから、そっと起き上がって床に散らばった号外を集める。
「もしかしたら、これは神さまがくれたのかもしれない」
ボヤッと生きてたら、こんなひどい未来になっちゃうよって、教えてくれたんだ。きっとそう。
「どれも、アタシが望む未来じゃないわ。あんな未来は、イヤ、お断りよ」
でも、だったらどんな未来がいいのかな。神様が見せてくれた未来の断片から、気をつけて選べば、生き残れるのかな。
「死にたくない。長生きしたい。優しいおばあちゃんになって、幸せにほのぼの暮らしたいな」
追放と処刑台につながる未来は、絶対に避けなきゃいけない。
「絶体絶命のピンチになるまでは、贅沢できる未来だったよね」
夢の中では、大きなお屋敷に住んで、毎日ご馳走を食べてた。お姫さまみたいなドレスも着てた。信じられないくらい美人になってて、美形男子に囲まれてた。胸がキュンッとしたのも覚えてる。
「でも、かっこいい男子は危ないんだ」
特に、髪と目の色がカラフルな美形は危険。イケメンの周りには美人がいっぱいいる。身分が高くて力もある美人たち。敵に回したら大変なんだ。
「もう、恋はやめよう」
キュンッの後に、処刑台でヒヤッとなるんだもん。無理無理。
「おいしいもの、いっぱい食べたいなあー。どんな味なんだろう」
すっごく悔しいんだけど。夢の中でおいしいものをいっぱい食べたのに、味はちっともわからないの。恋に落ちた胸キュンはわかったのに、ご馳走の味がちっともわからない。神さま、ひどいや。
「さっきのスープよりおいしいのかなー。ああいうの、みんなと食べたいな」
エラや、孤児院のみんなと、おいしいねって食べられたらいいな。
「うーん、そうすると、まずあの人をなんとかしないと」
夢で知ったけど、孤児院には王家からきちんと食費の予算が出ているはずなんだ。でも、スープには具が入ってない。それは、あの人が使っちゃってるから。
「どうやってやっつけようかな」
うんうん考えていると、また熱が出てきたみたい。目をつぶる。ちょっとだけ寝よう。
まっくらな夜。青い鳥が飛んでる。一目散に向かった先は、小さな庭。あれ、ここは孤児院の裏庭だ。色んな果物がなってる。リンゴ、モモ、栗。具がないスープでお腹が減ってる孤児のみんなは、果物がなるのを楽しみにしてる。果物が実ったら、取り合い。戦争だ。
でも、誰も食べない木の実もあるんだよね。一回は食べてみるんだけど。すっごく苦いから吐き出しちゃう。とげとげの小さな木になる、ネズミも食べない赤い実。青い鳥がひとつぶ、くちばしに挟む。鳥は力強く羽ばたき、丘の上に立つおばあちゃんの手にとまる。
「サブリナ、覚えておくんだよ。トクシアの実は、体の中の悪いものを全部出してくれる」
「すりこぎで細かくなるまで潰して、真っ白になるまで天日で乾かし。それを水にとかしてのませればいいのね」
おばあちゃん、ありがとう。追放先で優しくしてくれた修道院のおばあちゃん。あのときは、そんなにひどい死に方じゃなかったな。だって、おばあちゃんが看取ってくれたもん。
目をつぶったまま、手の甲で涙をふく。
「おばあちゃん、アタシ、がんばってみるね」
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真夜中の孤児院。敷地内にある小さな家で、中年の男が眠っている。男は、猛烈な腹痛に襲われ目が覚めた。外の厠によろめきながら向かう。
「ふうー、間に合った」
厠の外に出て空を見上げると、真ん丸の月が見おろしてきた。
「なんだよ、なんか文句あっか」
気分が悪くて、満月に悪態をついてしまう。月は何を言わず、ただ光っている。
「うっぷ」
今度は吐き気がして、また厠に戻る。上からも、下からも。交互に訪れる衝撃。月に見つめられながら、ひたすら出した。
「やべえ、死ぬのかも」
這うようにして部屋に戻ると、ベッドのそばの机に水差しが置いてあった。酔い覚ましの水だ。昨日の自分に感謝。水差しは半分になっているから、酔っぱらって帰って来た時にいくらか飲んだようだ。コップに水を注ぎ、一気に飲む。空っぽの体の隅々に水が届いていく。眠気が襲ってきて、ベッドに倒れ込んだ。
しばらくして、また気持ち悪くなり目を覚ます。厠とベッドの間を行ったり来たり。不思議なことに、水差しの水がなくなることはなかった。朝日がさしてきたとき、ささやきを聞いた気がした。
「スティーヴ、あなたは悪い人ではありません」
「おあ?」
「大事にしていた猫が亡くなってしまって、酒に溺れてしまっただけ」
「ううう」
「とはいえ、三年も酒浸りは長すぎます」
「あああ」
「孤児の食費を酒に回しているのはいけませんね」
「おお」
「酒をやめ、新しい猫を迎えなさい。逝ってしまったあの子は、それを咎めるような子ではなかったはず」
「ええ」
回らない頭、ぼんやりした視界。ピンク色の髪が見えた気がした。柔らかそうな毛は、いなくなったあの猫みたいだった。
***
ニコニコ顔のエラがスープを持ってきてくれた。
「じゃじゃーん。なんと、スープに具が入ったのよー」
「きゃー」
思わず手を叩く。
「料理長のスティーヴさんがね、急におかしくなってね。オレの給料はしばらくいらねえんで、全部食費に回す、だって。野良猫を拾って来てね、泣きながら撫でてるよ。どうしちゃったんだろ」
「変だね。どうしたんだろう。でも、具がいっぱい入ってるのはうれしいな」
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも。エラに教えてもらいながら、ひとつずつ噛みしめる。柔らかくてホロホロッと口の中で崩れる野菜。
「ああー、体にいいもの食べてるって感じがするー」
「よかった。お肉が入れられるといいんだけどね。予算がまだまだ足りないって料理長がぼやいてた」
「そっかあー」
固いパンを手で思いっきり引きちぎって、スープにひたす。あれえ、そういえば、夢の中で見たパンは、ふわっふわだったような。
「ねえ、エラ。パンって柔らかいの?」
「うーん、そうね。焼きたてのパンは柔らかいって聞いたことあるよ。食べたことないけど。孤児院では、パン屋さんから古いパンをもらうんだよね。捨てるやつ」
「これも、捨てるやつ?」
「そうだよ」
「そっかー」
ふわふわの焼きたてパン。きっとおいしいんだろうな。スープにつけなくても、柔らかいんだろうな。捨てるやつは、スープにつけないと、口の中でつきささって、血の味がするんだ。
「うーん」
「どうしたの、難しい顔して」
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『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
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だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
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