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“ハイトラーの悪役令嬢”の、やさぐれ 3
しおりを挟む床の上に転んだままだったエミリアは、自分に降り注いでくる敵意に背筋が凍る。
並んだ顔は、どれも冷たく彼女を威圧していた。
そしてその囲いの向こうでは、ミンディが唖然とするエミリアのドレスを指さして、それも本当は自分が着るはずのものを奪われたのだと主張した。
その訴えに、エミリアは頭が真っ白に。
彼女が今着ているミントグリーンのドレスは、確かに友が自分に『着てちょうだい』と贈ってくれたものだった。
『……お父様が怪我をなさったからって、いつまでも沈んでいては駄目よ。貴方のためにドレスを作らせたの。ぜひこれを着て一緒に宴を楽しみましょう? ドミニクだって惚れ直すはずよ!』
その日の友の屈託のない笑顔を思い出すと、エミリアはやはり呆然としてしまうのだ。
すべて、何かの間違いではないかと思ってしまう。
しかし、戸惑っているうちに、まわりにいたヨシュアを含む男子生徒たちは騒ぎ始める。
攻撃的な目をした十数人の生徒たちに、まるで閉じ込められるように包囲され、『姉にドレスを返せ!』『盗人!』と、裾を乱暴に引っ張られたときは……エミリアは、恐怖のあまり身が凍った。
誰も彼もが、彼女を責める目をしていた。
並んだ顔のなかには、これまで自分に親切にしてくれた学友もいて、それが更にエミリアを動揺させた。
そもそも、今、自分を激しく糾弾している二人は、彼女の婚約者と親友。
この学園で一番の味方であるはずだった。
その付き合いは、一朝一夕のものではない。
愛を請われて戸惑った記憶も、尽くされた記憶も、共に楽しく過ごした記憶も確かにあるはずなのに……。
そんな彼らにこうして憎しみの目を向けられている現実は、とても受け入れがたかった。
けれども呆然とする彼女の前で、彼らはよどみなくその演目を続ける。
ドミニクは、床に突き飛ばされたエミリアになど、目もくれない。
そうして彼女はなんだか分からないうちに、『彼が証人だ』『これが証だ』とやられてしまい、結果、数分後にはすっかり学園の一の悪女ということになっていた。
あまりに淀みなく進行した断罪劇に、エミリアは立ち上がることも忘れ、呆然。
そんな彼女に、ドミニクはためらいなく婚約破棄を宣言。
つづけて、彼がかたわらの娘に熱烈に愛を誓うと──その瞬間、周りでエミリアを睨んでいた人垣が、ワッと歓喜に湧いた。
誰もがドミニクたちが書いた筋書きを痛快と喜んでいた。
その光景を、悪役という立場で眺めるエミリアには言葉もない。
ミントグリーンの瞳には、騒々しく勝利を勝ち得たと騒ぐ生徒たちの向こう側で、しっかりと見つめ合う己の婚約者と親友の姿。ふたりが互いを運命の恋人と言わんばかりに、ドラマチックに抱き合うのが見えた。
満足げな二人。酔いしれた顔が──とても気持ち悪かった。
(……なんなの……これは……)
と、そのときドミニクの肩に甘えるように頭をのせたミンディが、ふいにエミリアを見た。
涙にぬれた瞳と目が合った刹那、くふっと笑ったその表情を見て──。この瞬間、呆然としていたエミリアは、自分が婚約者と友に謀られたのだということを、はっきりと悟った。
愕然とした彼女の身を絶望が襲い、エミリアは床のうえで震える──が。
同時に、大きな憤りも感じた。
彼らは、エミリアの主張になどまったく耳をかそうともせずに、圧倒的な数の力で彼女を封じ、一方的な主張と勢いだけで悪者と決めつけていた。
おそらくそれは、ドミニクとミンディの入念な準備、根回しあってのことなのだろう。
それは彼女を囲んだミンディたちの仲間の存在からもよくわかる。彼らは明らかに、エミリアの反論を阻んでいた。
(──卑怯な……)
エミリアは床の上で拳を握って怒りに震えた。青ざめた顔に並ぶミントグリーンの瞳が、ドミニクたちを刺すように睨んでいる。
(……婚約破棄がしたいのならば、正々堂々申し入れればよいものを……こんな幼稚な策を巡らせるとは……)
ここまでは、戸惑いで封じ込められていたエミリアの感情が、この瞬間激流のように流れ出た。
──するとその拍子に、ダンスホールの中に異変が起こる。
突然ホール内に響いた大きな破裂音。
頭上でいくつものガラスが弾け飛ぶようなその音に、居合わせた誰もが驚き、頭を抱えて床にしゃがみこんだ。
怯えと悲鳴の広がるダンスホールの中で。強い憤りと失望に激したエミリアは、一人、ゆっくりと立ち上がる。
その目には炎が揺らめいていた。
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