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エミリアの失態 2 竜人族のウロコ
しおりを挟む迷惑をかけてしまった竜人族の青年に、どうにかそれを償いたくて掲げていた両手。
そこに、ふっと何か軽い感触を感じて、エミリアはあらと顔を上げる。
それは、予想していた布の感触ではなく、とても小さなもの。
何故か触れた手のひらがとても温かい。
不思議に思って手のひらをのぞきこむと、そこには親指の爪ほどの何かが乗せられていた。
先は黒く、反対側は赤茶色。色彩が緩やかにグラデーションし、透き通ったカケラはつややかで、まるで宝石のよう。
薄いが、そのものが生きているかのように力強く見える、不思議なカケラだった。
エミリアは、その美しさに感嘆する。
(……ウロコ……?)
と、その瞬間のことだった。
エミリアが広げた手のひらのうえで、カケラの内部が鈍く輝いた。驚き、硬直する彼女の手の上で、それはドクドクと脈打ち……かと思うと、カケラの上に、大きな何かの紋様が、花開くように現れた。
空に描かれる盾の紋様のなかで、飛竜が大きく翼を広げる。のびやかに、嬉しそうに。
半透明の飛竜はエミリアと目が合うと、彼女に向かって『クルル……』と甘えるような声を出した。
その光景にエミリアがポカンとしているうちに、しかし紋様はすぐに消え、彼女の手のひらの上には、ウロコだけが残された。
エミリアは、唖然としたまま竜人族の青年を見上げた。
そこで青年はきれいな顔で微笑んでいる。彼女の手の上にそれがあることを、なんだかとても喜んでいるような目だった。
なぜ? これはなんですか? 今の竜の紋様はなんですか? そう聞きたかったエミリアの口が、思わずつぐまれる。
なんて嬉しそうな瞳だろうと思うと、なんだか訳もわからずエミリアも嬉しくなった。
「……お嬢さん、名前をお聞きしても?」
「⁉」
訊ねられて、一瞬彼の顔に見入っていたエミリアは、ハッと武人の顔に戻る。
(しまった……名乗っていもいなかった⁉ なんたる無礼……⁉)
汚物をぶっかけておきながら、名前すら名乗っていないことは礼儀に反するだろう。逃げも隠れもしたくない性質のエミリアはすっかり慌てる。
そもそも彼の服は、同じものを仕立てて返すにしても、金銭で償うとしても、身一つで宿屋を出てきてしまったエミリアには、それを今すぐ彼に渡すことはできない。
ということは、後日彼に届ける必要がある訳で、そのためには名乗っていなければお話にならない。
謎のウロコのことはひとまず置いておいて、エミリアは、懺悔の気持ちをこめて寝台の上に正座して彼を見つめた。
「わたくしめ、エミリアでございます!」
……このとき、彼女がとっさに家名を名乗らなかったのは、父に迷惑を掛けたくないと思ったため。
この件は、父とは関係がない。自分自身で償うべきものである、と、考えた結果、それはグンナールには伝えられなかった。
そしてグンナールのほうでも、彼女の名前が得られたことで十分満足し、それを訊ねることはしなかった。
「……エミリア嬢……」
グンナールが嬉しそうに繰り返す。
……しかしそこに返される返事は、やはり武将のような堅苦しい一声。
「は! さようでございます!」
威勢よく返事をすると、目の前の男性は愉快そうに微笑んだ。
このときエミリアは、あらためて彼の姿をまじまじと見た。あの少年と彼を眺めた時も吐き気が強いなか少年を諭すのに必死で、彼を評しはしたが、それについて深くは考えていなかった。
まずなんといってもかなりの高身長。
今は椅子に座っているからあまり目立たないが、脚も長く、体格もいい。たくましい身体は、明らかに何か武術をたしなんでいるし、鍛えてもいるのだろう。
もし、それらが竜人族がゆえに生まれつき備わっているものだとか言われたら、エミリアは妬ましさのあまり、ひがみ倒してしまう、なんてことを一瞬思った。
(はあ……なんという……羨ましい……)
騎士になりたかったエミリアにとって、彼の恵まれた体格は羨望の対象。自分がこんな力強く、しなやかに動きそうな手足をもっていたとしたら。きっと彼女は父の立派な跡継ぎになれただろう。
そう思うと、つい背中がしゅんと丸くなる。
生きているうちに、父にとって誇れる娘になりたい。これが、エミリアの一番の願いである。
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