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エミリアの嫉妬 4 計算高い女たち
しおりを挟む食堂から男たちに運び出されていくダイニングテーブルの成れの果てを見送りながら、イドナは惚れ惚れとため息をついた。
「ねえマチルダ……若旦那様はすてきだと思わない? ダイニングテーブルの新調だけじゃなくて、割れた床材と傷ついた天井の修理もすぐに手配してくださったわ。食器やそのほかの調度品も! しかもぜんぶ若旦那様の私財で! もしかして……結構お金持ち?」
イドナはワクワクした顔で同僚に訊ねる。
イドナは、王都近郊に住む商人の次女。
稼業はそう大きくないが、商売人の娘らしく計算高い性格で、常によい結婚相手を探してまわりに目を光らせていた。
本当は、このクロクストゥルムに来たのも、独身の親類男性が男爵位をたまわったと聞いたから。
男爵とはかなり歳の差があるが、貴族の後妻になるのも悪くないと思って、親に男爵邸に勤められるよう頼み込んでもらった。
イドナは愛らしい顔立ちに、豊満で女性らしい身体つき。色気にも自信があって、実家にいた頃はそれなりに男にはモテてきた。だから、お堅い元騎士など簡単に手玉に取れるだろう、これは裕福な生活を手に入れるチャンスだ、と、思っていた、のだが……。
しかし男爵アルフォンスは、彼女が近づく間もなく竜人族の女性を妻に迎えてしまった。
ならば愛人でも……と、画策したが。その後はグネルの鉄壁の守りによって、男爵には言いよる隙もない。
いや……正直なところ、グネルは強いし美しいし貫禄がものすごいしで。
とてもではないが、ここ数年婚活ばかりに勤しんでいたイドナでは太刀打ちできるような存在ではなかった。
彼女はとてもがっかりしたが、切り替えの早い彼女は新天地で裕福な商人でも捕まえるのも悪くないと絶賛婚活継続中。
現在も、クロクストゥルムに恋人がいるにはいるのだが……こんな田舎町では、捕まえられる金持ちもたかが知れている。
「……こんなことなら王都で勤め先を探した方がましだったかしらと思ったけど……若旦那様がお金持ちなら、狙ってみるのも悪くないと思わない?」
ねぇどう思う? と、話を向けると、そばで床をほうきで掃いていたマチルダがうふふと含み笑い。そのにんまり持ち上がった頬に、イドナは怪訝。
「なぁに? その顔はなんなの……?」
「ふふ、知りたい?」
作業の手を止めて訊ねると、マチルダは気取った顔で首を傾ける。
マチルダは長い黒髪に清楚な見た目の娘だが、その実イドナにも負けないくらいの肉食系。
彼女に比べるとイドナなど可愛い方で、彼女にはこの町にも、地元にも、複数人の恋人がいるらしい。
……が、マチルダに言わせると、『やぁね、すてきな結婚相手を吟味してるだけよ♡』と……いうことらしい。
ただ、彼女の日頃の言動から考えても、マチルダがここに勤めはじめた理由もイドナとそう変わらないことは明白だった。
イドナはわざと気を引こうとするような同僚のようすに少しムッとして、その腕を肘でつつく。
「ちょっと……もったいぶってないで教えなさいよ! なんなの? 何か知ってるわけ?」
「うふ」
イドナに急かされたマチルダは、いかにも楽しげに笑う。
「いいわ、教えたくないけど教えちゃう! 実はね……」
教えたくないと言いつつ、彼女はとても話したそうだった。ムズムズした口と、興奮したようなピンク色の頬を見て、どうやらよほど自慢したい情報らしいなとイドナは目を細める。
「わたしね、昨日奥様と旦那様がお話しなさっているのを聞いちゃったのよ!」
雇い主とその妻の会話を他に漏らそうとはおそれいる、と、イドナは思ったが、好奇心には勝てなかった。
マチルダはイドナの耳元に唇を寄せ小声でささやく。その内容を聞いたイデナは、耳を疑った。
思わずマチルダを凝視すると、彼女はイデナの驚きを見てとても嬉しそうだった。
「え……それ……本当に……? だって……旦那様は男爵なのよ? そんなことってある……?」
「信じられないわよね! でも、それが本当だったらすごいと思わない?」
それに、とマチルダ。
「わたしね、昨日町に買い出しに出されていたんだけど、そこで竜人族の殿方を見かけたのよ。その方は、すっごく素敵な方だったわ! あれ……若旦那様の人態だったんじゃないかしら……」
彼女たちは、他種族が大勢いた王都の近郊に実家があり、竜人族が、竜態、竜人態、人態を使い分けて生活していることを知っている。
さらにはこの邸に勤めてもうひと月にはなる彼女たちは、人態のグネルが、人並み外れて美しいことを悔しいほどに承知している。しかしそれゆえに、彼女の息子たるグンナールも、人の姿になればさぞ美しいだろうと噂していたのである。
「こんな田舎町よ? これまでだって、奥様以外の他種族はほとんど見たことない。鳥人族のニコラさんだって、町にいたらものすごく浮いちゃう町だもの」
そんな事情もあって、新領主のアルフォンスは、長くエミリアの世話を頼んでいたニコラは別として、男爵邸の家人も多くは領民たちに配慮し人族を選んでいた。
「そんな町の中に、偶然同じ時期に二人も竜人族の男性がくるってことがある? だって、ツノの色も同じだったわ。だからきっとあれは若旦那様で間違いないと思うの!」
「へぇ……」
キャッキャッとはしゃぐ同僚に、イドナも興味津々である。
「……すごくすてきだったって……いったいどのくらい?」
「すっごくよ! お顔は王都の役者よりも麗しくて、身長も高かったわ。人態になると翼と尾がなくなるじゃない? 均整のとれたお身体が際立って、とにかく、もう本当に、すっごくすてきだったわ……」
両手を組み合わせてうっとりため息を吐くマチルダに、イドナは半信半疑ながら意外な思い。
彼女と同じく、マチルダもどちらかというと『殿方は容姿よりも経済力♡』というタイプなのである。
そんなマチルダが、その街で見かけたという夫人の息子の人態をここまで褒めたたえるとは。
(……よっぽど容姿端麗ということ……?)
それが本当ならば、自分もぜひその姿を拝んでみたいし、男爵の愛人の座なんてものを狙っている場合ではないかもしれない。
先ほど食堂で、的確に采配を振るっていた竜人族の青年の姿を思い出しながら……イドナの顔には計算高い表情が浮かびあがる。
「……もしかしたら……わたしたちでも愛人くらいにはなれるかもしれないわね……?」
そのポツリとしたつぶやきに、マチルダがまたにんまりと怪しく笑った。
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