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エミリアの嫉妬 9 願望の爆発
しおりを挟む聞き捨てならない言葉があった。
『逢瀬』
今、エミリアは、確かにそう言った。
その言葉を聞いて。エミリアの『義兄に好かれに来た』宣言に悶絶と苦悩を繰り返していた男は、やっと、自分が彼女から誤解されていることに気がついた。
彼の両隣には、彼を挟み込み、動きを封じるように座る女性陣。
グンナールとしては、立ち去りたいが、これから母が世話になる相手を無下にもできず、ここにとどまったにすぎないが……。
客観的に見ると、自分が二人をはべらせているようにも見えなくもない。
つまり、今自分はエミリアに、ふたりの女性を相手に愛の語らいでもやっていたと思われている。
「!?」
それを察した瞬間、ウロコに覆われたグンナールの顔が愕然とする。
「? グンナール様……?」
と、彼の異変に気がついたのか、女中たちに熱心に語り掛けていたエミリアが、不思議そうに彼を見た。
ちょっとだけ目を瞠ったミントグリーンの三白眼。その澄んだ色は、自分が勘違いをしているなんてことは、これっぽっちも気づいていないというふう。
……いや、もちろんその三白眼の奥には、義兄に対する熱愛がみっちり詰まっている。
義兄に気に入られたい。
義理の妹として認められたい。
そのためには義兄の喜ぶことをしなくては。
エミリアの中には、そういった気持ちが満ち満ちている。
──が、残念なことに。
“義兄の恋人”を前に、騎士道という理想でぬり固められた彼女の表情には、それが現れない。
騎士を目指すものとして、冷静さ第一。嫉妬厳禁の、精神で“義兄の恋人たちを”敬おうとする娘の瞳は敬意に満ちている。
しかしだからこそ、そこに彼女の平静さしか確認できなかったグンナールは胸が痛む。
たった今、やはりエミリアは自分にとって特別なのだと再認識した矢先である。
誤解をされているだけでも苦しいのに、それをなんでもないことのように受け止められると、やはりつらいものがあった。
グンナールはとても悠長に構えておられず。思わず自分をキョトンと見ているエミリアに手が伸びた。
「エミリア、違う!」
「え……?」
エミリアは、突然のことに瞳をパチパチと瞬いた。
さきほどまでは、少しも自分を見てくれなかった義兄が急に慌てて彼女の両肩をつかんでいた。
まるで説得しようというように、顔をのぞきこまれたエミリアは少しびっくりした。
気がつくと義兄が彼女のすぐそばにいる。とっさに身をすくめた彼女の瞳を、身長差もあって上からのぞきこむように近づいてきたダークレッドの瞳。ぐっと迫って来た義兄の顔に、エミリアはとまどう。
「グ、グンナール様? わたし……何か間違っておりましたか……?」
義兄の声は、どことなく悲痛さを感じさせた。
これには、エミリアの顔には不安がのぞく。
彼女には、竜人態のウロコに覆われた義兄の表情を読み解くのはまだまだ難しい。
でもどことなく、それは苦しげに見えて。エミリアは、どうやら自分が何か失言をしてしまったらしいと察する。
彼女は苦しげに自分を見つめてくる義兄の顔を見つめ返し、慌てて懇願。
「グンナール様! わたしに間違いがあったのなら、どうぞご指導ください!」
「……その者たちは、わたしとはなんら関係がない」
「? 関係が、ない……?」
きっぱりと断じるような言葉に、エミリアは一瞬戸惑ったような表情。困惑のまなざしがイドナとマチルダを見る。
「……ええと、それはつまり……彼女たちは、グンナール様のお相手では……?」
「ない」
これまたきっぱりとした断言であった。と、グンナールに拒絶されたかたちの二人は、グネルを恐れ恐々としていた表情に、とたん不満をにじませた。
てっきり義兄のハーレムの一員だと思っていた二人が、義兄を恨めしげに見ているのを見て。エミリアはいっそう怪訝である。
(なんだか……不穏な……?)
「エミリア」
「あ……はい……」
どうにも場に修羅場臭を感じて戸惑うエミリアに、グンナールはそれよりもと呼びかける。
まるで、よそ見をするなと言っているかのようだった。
エミリアは、改めて身を正し、背筋を伸ばして義兄の顔を見た。
義兄はまだエミリアの肩をつかんだままであったが、その手はするりとすべり彼女の両手へ。大きな手に、温かく手を包まれたエミリアは、きょとんとグンナールの顔を見上げる。
「……エミリア。わたしには、恋人はいない」
「……はい」
噛んで含めるように伝えられ。エミリアはまだとまどっていたけれど、義兄の真剣なまなざしに押されるように頷いた。その表情は、まるで叱られた子犬のような表情。なんだかよく分からないが、悪いことをしてしまったんだな……と、落ち込むような表情はすっかりこわばってしまっている。
(……グンナール様には、恋人は、いない)
自分の早とちりが恥ずかしいが、なんだかホッとするような気持ちもあって。エミリアは、どんな表情をしていいか分からない。……ので、とりあえず言った。
「つまり──今はまだ、義理の妹たるわたくしが、お義兄様を独占しても許される、と、いうことですね?」
「う、ま、まあ……そう、だな……」
まだ少し“騎士道”の残ったエミリアの表情は凛々しい。
キリリとした顔で、どうでしょうかと訊ねてくるエミリアの三白眼は上目遣いでグンナールに向けられた。しかしそれは媚びというより、熱望のあまりか、睨んでいるといったほうが相応しい。
気合の入った目で凝視されたグンナールは、その押しの強さに思わず頷く。
彼女に独占などと言われると、どうしても胸がドキドキしてしまう。気恥ずかしくて、つい苦虫を噛み潰したような顔になってしまうが……。
頷くグンナールを見たエミリアは嬉々とした。
義兄に取られていた手を、がっしりと握り返し、三白眼をめいっぱい見開いて前のめり。
「!?」
「では! わたくしめも、お姉様たちのようにお隣にはべってお話してもよろしいのでしょうか⁉ は! もしかして……(パールみたいに)お膝に乗せてもらえるということでございますか⁉」
「膝!?」
「(パールみたいに)膝枕でひなたぼっこして……あとはお買い物にも一緒に行って! お腹がすいたらご飯を一緒に食べるんですね!?」
「!?」
つい嬉しくなったエミリアは……まだ、義理の兄妹というものの距離感がいまいちわかっていないエミリは。先ほど邸の中から見た義兄とパールの仲睦まじい(?)光景に嫉妬して生まれた願望を、そのまま本人に向かってぶちまけた。
「嬉しいですグンナール様!」
「う……」
エミリアは輝かんばかりの笑顔。顔は額までピンク色に紅潮し、全身から喜びがあふれ出ているかのようだった。……これにはグンナールも……『いや……エミリア……何か距離感がまちがっていないか⁉』とも言えず。
うろたえて、ひたすら呆然とする彼に。歓喜していたエミリアは、ふいにテレ……という表情。はにかむ顔は、彼を絶対の味方だと全幅の信頼を寄せる顔だった。
その表情のまま、エミリアはグンナールから手を離すと、えいっと。ニコニコしたまま。照れ照れしたまま、目の前で目を瞠っている義兄の、地面に突いているほうの片膝に、己の頬を落とした。
とたん、破裂するように輝いたエミリアの笑顔。
己の膝の上で、うわー! と、嬉しそうに歓声をあげられたグンナールは……気が、遠くなった……。
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