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その出会い 8 ゲレオンの奇襲作戦
しおりを挟むその後は祝宴も吹き飛ぶ騒ぎだった。
グンナールははじめ、両親を想うエミリアのためにも、宴が終わるまでこの件は伏せておこうと思っていた。
しかし、やはりグネルは侮れない。
継子にすでに相当な入れ込みようの母グネルに、エミリアの異変はすぐに気取られる。
グンナールが抱いて帰ったエミリアを見て、両親たちは当然驚き男爵邸は大わらわ。
エミリアが一向に目を覚まさないのを見たグネルはオロオロし、教会で彼女を見失ったニコラは責任を感じて卒倒。その後鳥人族の婦人は回復したものの、男爵邸はひっくりかえしたような騒ぎであった。
主役を欠き、男爵邸のわずかな使用人たちも全員駆り出され、手の回らなくなった宴は当然延期となるかに思われたが……。
そちらは、グンナールの機転によってどうにか事なきを得た。
その後は医師が呼ばれ、両親たちはエミリアにつきっきり。
グンナールは嫡男として両親の代わりに来客たちの対応に追われてしまったが、その祝宴も無事終わり、客たちも男爵邸をあとにして。夜もふけた頃、邸のなかはようやく落ち着きを取り戻していた。
男爵邸の居間では、グンナールによって急遽客対応に駆り出されたゲレオンが、大きな肘掛椅子に身を預けて天井を仰いでいる。お忍び用のローブを脱ぎ、宴用の金の刺繍があしらわれたローブを身に着け、身なりはかなり上等なのに、何せその魂の抜けたような顔がいただけない。
「……お疲れですか」
「……、……、……お前のせいでな……」
近づいてきた甥に、ゲレオンは恨めしそうに答え、身をよろよろと起こす。彼はグネルの兄とはいっても、かなり年齢差がある。見た目は人族の三十代程度に見えるが、彼の年齢は千に近い。
「容赦なくこき使いおって……なぜわたしがあやつらの為に身を粉にせねばならない……!?」
あやつら、とは、おそらくグネルたち夫妻のこと。
再婚を許したつもりはないと言いたげに恨み言を吐く叔父に、グンナールは厳しい。
「……何を仰せですか。ご自分のせいでしょう? それに、ゲレオン様は単に、母たちの代理で、客たちの前でふんぞり返って座っていただけではありませんか」
その間の客対応や使用人たちの監督はすべてグンナールが取り仕切ったのである。
いうなれば、ゲレオンは看板のようなものだった。彼は宴の会場の中央で、どっかり座っていただけである。
「客の数も普段に比べれば十分の一にも満たないでしょう。泣き言を言わないでください」
「……お前……今日はどうした!? やけにわたしに冷たいではないか⁉」
いつもなら温厚に慰めてくれるはずの甥の塩っけたっぷりの対応に、ゲレオンは戸惑いの表情。が、いまだ彼がエミリアを連れ去ったことを根に持っているグンナールは表情を変えない。
さらわれたと聞いたときは、死ぬほど心配したのである。そう簡単に、いつも通りというわけにはいかなかった。
「まあ……しかし、ゲレオン様が人手を出してくださったことには感謝したします。少々やりすぎな感は否めませんが」
「……」
グンナールは恭しく謝意を示したが、ゲレオンは何故か仏頂面。
……どうやらこのグネルの兄は、その“人手”である計画があったらしいのである。
『式になど行ってやるものか!』とケンカ別れしていた妹の祝宴に、結局やって来たグネルの兄。
グネルが頭を下げなければ、絶対に許してなどやりたくないと腹を立てていたものの……気になりすぎてたまらず妹の新天地へやってきてみれば……。
男爵領はあまりに小さい田舎。再婚式もささやかすぎて、彼は非常に愕然とした。
竜人族の由緒ある家門の娘の式がこんなに質素でいいわけない、これでは世間に侮られると憤慨した彼は。
妹にも断らず、奇襲的に人手を手配。宴に花を添えるべく魔術芸人や踊り子を連れてきて、贈り物も大量に用意した。
現在、クロクストゥルムの空には色とりどりの魔術芸の光が飛び交い、町はいつの間にか大量の花や飾り物で彩られて。沿道の建物や街灯には祝いの垂れ幕や旗がはためき、祭りのような出店まで出る始末。
なごやかで素朴な結婚式が一転。町を上げての祭り状態と化していた。
おそらくこれは男爵夫妻の『ささやかに』という希望には沿っていないが……。
しかし、思わぬトラブルで式の主役が不在となった現状では、これは渡りに船。おかげで来賓客たちは、十分に楽しめたようである。
ゆえにグンナールは、心の中ではまだ怒ってはいるものの、彼に頭を下げるのである。
エミリアやニコラが倒れたことで大騒ぎになった男爵邸では、対応に追われ皆が客対応どころではなかった。
人手はとても足りず。しかしゲレオンが同族の付き人たちを大量に連れてきていたため、それを借り受けることで、宴はなんとか回った。──が、彼は付け加えるのを忘れない。
「……まあ、そもそもはゲレオン様がエミリアを連れ去ったことで起こったことですがね」
そのチクチクとした指摘に、ゲレオンは仏頂面。しかしそのいかめしい表情は、グンナールの次の質問で脆く崩れ去る。青年は、後ろを振り返り、叔父に訊ねた。
「それで……母はまだ来ませんか?」
「…………っ! っっっ来ぬ! くそ、グネルめ!」
ゲレオンはわっと嘆く。
彼が不機嫌……というか、大いに落胆しているのは、あんなにも妹のために再婚式を華やかに彩ったというのに、当のグネルがちっともそのことを喜んでくれなかったためである。
現在グネルはエミリアの看病に付きっ切り。
ケンカ別れしていた兄がやってきたことは一応グンナールが伝えたが……エミリアの不調に気が立っていた彼女には『今はそれどころじゃないのよ!』……と、火をふきそうな鬼顔で一蹴された。
おそらくあれは、エミリアが目を覚まさねば、他のことは何も手につかないやつであろう。
妹に無下にされた竜人族の男は、がっくりと項垂れて失意の最中。
「……あいつはいつもこうだ! こっちは心配ばかりしているというのに! わたしがどれだけ心を砕いても、それを顧みようとはしない! こんな辺鄙な町で人族の男と勝手に再婚するなど……! あああ腹が立つ!」
「……」
美しい顔を歪めて怒り出した叔父の表情を見てグンナールはため息。母の怒った顔にそっくりなのである。しかし言わずにはいられない。
「……母の意識がエミリアに向いていて幸いなのですよ? もし、ゲレオン様がエミリアをさらった当人だと母に知られたら、必ず激怒します。お願いですからケンカはクロクストゥルムから遠く離れた場所でなさってください。迷惑ですから」
そのきっぱりとした物言いには、部屋の隅に控えていたゲレオンの連れたちがギョッとしているようだったが、グンナールはあえて気がつかないふりをした。
彼は本気でそれを案じているのである。
今回エミリアが魔力切れで倒れた件は、叔父が関わっていたことはグネルには伏せてある。
彼の言葉通り、彼女がもし叔父の関与を知れば、大乱闘は確実に始まる。
竜人族同士の本気のケンカは、人族たちにとっては災害級の代物である。
そもそもグネルとゲレオンは、いまだグネルの再婚の件でもめたまま。
一族の中でも群を抜いて苛烈な彼女と、その同じ血を持つ兄が、こんな防備も薄い田舎町でケンカになれば、甚大な被害が出る。
そこでグンナールは、本件をエミリアの父アルフォンスにのみ報告。そのうえで、彼にも叔父のことは黙っていてもらうよう頼み込んだ。
娘を心配する継父にそれを要求することはとても心苦しかったが、彼はたいへん人間ができた男で。エミリアがただの魔力切れであったこと、叔父に悪気がないこと。そもそもの二人の諍いが、どうやらエミリアが叔父を『ニワトリ強盗』と勘違いしたことが原因であったことが分かっていたこともあって。アルフォンスもそれを了承するに至った。
そうして母には『エミリアの魔力が暴走した』とだけを説明し、ことはとりあえず落着した形。
あとはエミリアが回復すれば、母も落ち着くだろうと思われた。
なんにせよ、ゲレオンとて別に妹とケンカをしたいわけではない。自分たちの兄妹ゲンカが、人族たちには大いに脅威ということは彼も重々承知している。
しぶしぶと、いじいじと不満そうにしつつも、どうにか今は妹らへの不満を呑み込んだらしい男は。ふいに目を怪訝に細め、グンナールを不審げに睨む。
「……ところで……お前はなぜ、ずっとそやつを抱いている? ……あと、そやつはなぜずっとわたしを見ている……?」
気味が悪いのだが……と、不可解そうなゲレオンの視線の先には、グンナールの腕のなかから乗り出すようにして彼を凝視している雄鶏が。
そのつぶらな瞳から放たれる視線が熱心過ぎて、ゲレオンは警戒感も露わである。
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