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しおりを挟む思わず、青年を凝視して一歩後退る。
しかし狭い店内では、すぐに作業台に腰があたって。それ以上はその客から距離を取れなかった。
“ラーラ・ハンナバルト”
それは、この小説世界のヒロインの名前だった。
グステルは転生者。
転生する前は、四十代も半ば。死んだ理由は、おそらく交通事故だったと思う。
けれども正直彼女はその時のことをあまり覚えていない。
覚えているのは、直前には道を歩いていたこと。いきなり横から衝撃を受けたこと。
……でもそれだけ。
激しい痛みに翻弄されているうち、ぷっつりと意識がなくなって。
そして気がつくと、もう彼女はそれまでとはまったく別の場所に生まれていた。
彼女が新たに生を受けたこの世界は、彼女がそれまで生きてきた場所とはまるで違う世界だった。
(どこか西洋風だな……)と、思ったのは、赤子の頃から彼女に死ぬ前の記憶がほぼすべてあったから。
この事態にグステルはもちろん驚いた。
死ぬ前の彼女の考えでは、死んだら人は無に帰るのだと思っていた。
あまり神様とか奇跡とか魂とかを信じるタイプではなくて。
だからその先に再びこんなステージが与えられていようとは、信じがたかった。
だがある意味彼女は現実主義者で。
戸惑いもあったが。まあ、こうなってしまったからには仕方ない。今ある人生を生きるだけだと割り切った。
不覚にも、人生の何もかもを放り出して命を落としてしまった。
その後悔と悲しみを今世では繰り返したくない。
どうやら記憶や知識はそのままのようだから、この人生ではそれを駆使し今後は慎重に天寿をまっとうしようと、赤子グステルは心に誓う。
(……ぜひ、次は暖かいお布団の上で大往生……)
いきなり死んでしまったグステルにとっては、真剣な望みであった。
……ところがだ。
そんな彼女の、幼少期。
グステルにある重大な気づきの時が訪れる。
七歳ごろのことだ。
自分が新しく生まれたこの世界が、自分が死ぬ前の人生で、少女期に読んだ物語の中の世界なのだと気がついた。
物語のタイトルは覚えていない。
だが、主役の名前はかろうじて覚えていた。
その名が、ラーラ・ハンナバルト。
彼女は侯爵家の令嬢で。少し抜けていて、善良で。誰のことをも和ませる魅力を持っている、そんな素敵なお嬢さんだ。
ただ、彼女は侯爵の正妻の娘ではなく、庶子という身分。
父親に冷遇され、ライバル令嬢には馬鹿にされて。彼女は物語のなかで、さまざまな苦労を重ねる。
しかしそんな困難にもラーラは健気に立ち向かっていく。
彼女の紡ぐ物語には、それを読んだ前世のグステルも、ハラハラドキドキ、時にウルウルして夢中になったものだった。
小説では、そんな不遇な令嬢ラーラが、王太子に見染められて妃になるまでの物語が描かれていた。
その物語中で、“ハンナバルト”の家名を名乗る青年は、ただ一人。
ラーラの兄、ヘルムート・ハンナバルトである。
途端、グステルの顔色がさー……と白くなっていった。
頭の中で、思い切り頭を抱える。
(…………、ああぁ……お、思い出したっっっ!)
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