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22 困った令息 ②
しおりを挟むそんな彼が、頭がはち切れそうなほどに哀れんでいたのは、もちろんグステルのこと。
(っ気の毒すぎる……! 幼い頃にさらわれた挙句、自分が高貴な身分であるということも知らず、両親の顔すら忘れ、このようなところでたった一人きりでおられたなど……! なんてことだ……お、俺は……あんな気の毒なお嬢様に怪我をさせてしまったのか……⁉︎)
鼻から胸元までを赤く染め、手の甲に三本の痛々しい傷を負いながらも『大丈夫大丈夫』と笑って繰り返していた姿を思い出すと胸が痛い。
彼女のあの怪我は、彼が店を訪れなければできなかったもの。──そう思うと罪悪感に苛まれる。
うっと顔を歪めプルプルしている貴公子を、通りかかった人々はいったい何事だという顔で通り過ぎていく。
しかし当のヘルムートは、グステルの前では平静を装った反動か、感情の波に呑まれとても周囲のざわめきには気がつきそうにない。
「へ、ヘルムート様、お、落ち着いてください」
従者がなだめようと声をかけると、ヘルムートがやっと青ざめた顔で彼を見る。
その眼差しがいつになく必死で、切なげで。ヴィムは若干驚いた。
ずっと彼に付いている彼でも、主人のこんな顔は久しぶりに見た。
ヘルムートはその情の脆さを、姉弟たちを溺愛することで覆い隠している。
こんなに絆されやすい彼でも、さすがに身内のほうが大事。その愛情に集中することで、あまり他に気を取られないように気をつけているのだ。
そんな兄たる彼は、ここ最近は特に年頃の妹に対して心配事が尽きないらしく、ここ数年はずっと彼女を案じるあまりキリキリした顔ばかりしていて。それはヘルムートの脆さを隠してはくれているが……。
逆に、冷淡で妹を溺愛する変な令息というイメージが付いてしまっているのが従者のヴィムとしては気になるところだった。
しかし……。
今主人が見せている青紫の瞳は、昨今ヴィムが彼のそばで見てきた“弱者に対する憐れみ”とは何がが違う。
何か……主人の重大な想いが覗いているような気がして、青年は戸惑いを覚えた。
そんな従者にヘルムートは言う。
「ヴィム……あの方はもしや誘拐されたときに相当ひどい扱いをされたんじゃないか⁉︎ それが原因で記憶を失っておられるのでは⁉︎」
いきなり両腕を掴まれた従者はギョッとして。
たった今主人と合流したヴィムからすると、話が見えないにも程がある。
「え、え……? いったいなんのことですか……? 誘拐って……」
物騒な話に困惑するが、
「……う……こ、九つの少女が……なんという苦労を……」
「!」
言ったきり、両手で顔を覆ってまた黙り込んでしまった主人。大きな手で覆った向こうから、くぐもった唸り声が聞こえはじめ……。
この緊急事態に、従者は跳び上がった。
「ヘルムート様! ヘルムート様! こんなところで泣いてはまた旦那様にどやされます! お、俺は報告義務があって旦那様にはヘルムート様に起こったことを言わなくちゃいけないんですよ⁉︎ ですから絶対に泣かないでください!」
実は、この青年従者のヴィムは、昔ヘルムートが往来で拾ってきた子供。
家では立場が非常に弱く、ヘルムートのそばに仕えるためには、彼の父、侯爵の命令には絶対に逆らえない。
彼が必死で止めたこともあってか、ヘルムートは涙を堪え。が、身はまだワナワナしていて。
そんな主人に、なぜこのぬいぐるみ屋にきたのかという事情を聞いた青年は驚きに目を見開く。
「え……あのメントライン家ですか……?」
ヴィムは唖然としてぬいぐるみ屋のほうを見た。
かの公爵家の令嬢の悲劇は王都では知らぬ者がいない話である。
しかし、と、従者の青年は首を大きく振って主人に訴えた。
「何言ってるんですか……? ヘルムート様……違いますよ! だって……その御令嬢ならば、数年前に公爵家にお戻りになったじゃありませんか!」
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