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しおりを挟む──事情を話して欲しいと言われて。
グステルは正直困ってしまった。
「事情と言われましても……」
グステルには話せる事情がない。
将来の獄死が嫌だから、あなたたちと知り合いになりたくはないし、実家にも帰りたくないだなんて。
ここが小説の中の世界で、自分たちはそこで天敵とも言える間柄だなんて言って、誰が信じるだろうか。
けれどもこのまま彼がここにくることを容認していては、いつグステルは物語の本流へ引き戻されるかもわからない。
天敵である彼に、正体を掴まれたままなのは怖かった。
(うーん、どうしたら……)
応えを待つヘルムートを前に、グステルは頭を悩ませた。
自分を哀れな令嬢と固く信じる彼は、こちらを真摯な眼差しで見つめている。
グステルは、彼のことが怖い。
しかしそれは、彼自身が怖いのではなく、彼と自分とにまとわりつく運命が怖いのだ。
彼自身だけのことをいうなら、きっと彼は妹想いないいお兄ちゃんなのであろうし……今、彼が自分に見せてくれる優しさや寛容さを目の当たりにしてしまうと……。
彼の求めることをまったく無視して追い出すというのも、なんだか心が痛むところ。
(でも……話せることなんか……)
そう頭を悩ませて。と、ここでグステルはある考えにハッとする。
(ん? でも……待って……? いっそ打ち明けてみたらどうかしら……)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
……──これがいわゆる、魔がさしたというやつである。のちのグステルは大いに後悔する事になる。
しかしともかく。この時のグステルは、自分の言葉を待っている青年の顔を見つめながら考えた。
このままでは話は平行線のまま、きっと彼は明日もそのまた次の日もここへやって来る。
それを無視して、一介の商売人とやり過ごすこともできるが、それではきっといずれ噂が立つだろう。
彼は侯爵家の嫡男。そんな男が商店街のすみにある店に通い詰めていれば、いずれ人々の興味を引くことは目に見えていた。
ましてやそこで、彼が自分のことを“グステル・メントライン”などと呼べば、その大貴族の家名に心当たりがあるものはきっといる。
そうなるくらいなら、いっそ、すべてを打ち明けてみるか。
(私は転生者で、未来のことを知っていて、私が実家に戻ると妹さんに危害を加えますよと……いえ、そんなつもりはまったくないけれど。そんなこと言ったらこのシスコンのお兄様には警戒されて何かされてしまうかしら……)
物語上での自分と彼の険悪さを考えると、その予想には肝が縮むが……。
しかし、今、自分の視線を受け止めてくれているヘルムートの表情は、あくまでも穏やかだった。
こんな目をする人なら、と、グステルは思ってしまう。
(案外……懇切丁寧に蚊帳の外で平和に生きて行きたい私の気持ちを説明すれば、そっとしておいてくれるかもしれないわね……)
今腰を据えて会話した感触では、なんとなく彼の優しい人間性が垣間見えた。
彼は、自分のことを本当に誘拐された令嬢で、幼い頃の記憶がないと思っているらしい。
きっとその同情心は本心だ。
そもそも物語の構図からいっても、悪役令嬢たる自分の敵で、ヒロイン側の彼の性質は善であるはず。
もしかしたら同情を誘えば理解してもらえるかもと期待した。
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