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しおりを挟むこんな自分が耐えがたくて。今すぐ大人の顔を取り戻したいのに、グステルの全身の体温はさらに急上昇している。
彼女は次第に訳が分からなくなり思考がぐるぐる。目もぐるぐる。
そこへ追い打つようにヘルムートに切なげに名を囁かれたから堪らない。
「グステル様……」
「ヒィ、ちょ、た、たんま! それは反則技です!」
甘い声音にグステルが慄く。そしてさらに彼に距離を縮められそうな気配を察し。グステルは思わず両手を掲げて後ろにのけぞった。
──いや、本当にたんま願いたいのは、自分のこの動揺。
相手はいたって冷静という時に、自分だけおろおろしているというのは非常に悔しいし、情けない。
自分が相手より人生経験豊富と思っていた転生人間からすると余計である。
自分の火照った顔が彼の目前に晒されていると思うと──ちょっと気が遠くなるほど恥ずかしい。──いや、悔しい。
「……っ!」
……ここで、グステルはちょっと血迷った。
動揺のためか──自分のほうが絶対経験豊富だと変なプライドを奮い立ててしまったことが原因か。
自称経験豊富なシニア魂を搭載した乙女は、自分の頬に触れている青年をキッと睨み、彼の手を──ガシッと鷲づかむ。
その唐突な意趣返しに、ヘルムートが少し目を見張ったのを見て気を良くしたグステルは──顔は真っ赤で額には汗粒を滲ませたままではあったが──。
彼女は不敵(なつもり)に笑い、彼の手を両手で包んで自分のほうへ引き寄せた。そして自分より背の高い彼を見上げて、大人の余裕を見せるべくにこりと微笑んで見せ──…………
……た、ところではっとした。
(ほほほ、お姉様を手玉に取ろうったってそうは──……っあれ⁉︎ わ──私は何を張り合っているの⁉︎)
気がつくと。自分の奇行のせいで二人の距離は余計に近づいてしまっている。
もはやヘルムートの瞳は虹彩の細かな筋まではっきりと見える距離。自分が握りとった彼の手は自分の膝の上。
この失態には、自称“お姉さん”グステルも、さすがに気が遠くなりそうだった。
(──……しまった………………)
そんな彼女に引き寄せられた貴公子は驚いたように彼女を見下ろしている。その頬がうっすら上気していて。図らずも、その淡い色彩に胸が締め付けられた。
彼から目が離せない自分に、グステルは首筋がゾワゾワとざわめく。
……この空気は、まずい。
これまさに、雰囲気に流される三秒前の心地。
今にも動いて相手に近付いてしまいそうなのは、彼か、自分か。
そんなジリジリとした空気の中、間近で息をつめていた青年が僅かに身動きする。
「……グステル」
その囁きに、心臓は破裂しそうに高鳴って──……
その時だった。
グステルが硬直したように見上げるヘルムートの、その後ろで。スパッと大きく音がした。
店の木の扉が容赦なく開かれる音。
遠慮なく開いた戸口から、いきがいい声が店内に飛び込んでくる。
「──ステラいる⁉︎ なんかあんたの店の前でどっかの馬の骨が、なんたらいう令息を探してる、ん、だ、けど……あ? あんたまたきたの?」
声は店内に先客がいるのを見てとると、言葉に棘を纏った。その聴き慣れた声に──。ヘルムートの前にいたグステルは声無き悲鳴上げ、跳び上がるようにして椅子を立つ。
逃げるようにしてヘルムートのそばから離れた彼女の目に入ったのは、店の入り口に立つ、
「イ、イザベル様!」
「ステラ……?」
店に入ってきたのは高慢な顔の令嬢は、ヘルムートの陰から飛び出してきて、(ひぃぃ……!)という顔で壁面の壁に縋りついたグステルに、怪訝な顔。
……どうやら令嬢の視界には、はじめはヘルムートの大きな背中しか映っていなかったらしい。
そのむこう側から突然勢いよく姿を現したグステルに、イザベルは片眉を持ち上げる。
グステルの顔は真っ赤。まさに(助かった!)といいたげな表情。顔は汗だく。
その明らかなる動揺の面持ちに何かを察したイザベルのキツめの瞳が、さらにグッと釣り上がる。
「あ⁉︎ ちょっとあんた! ステラに何を……まさか……迫ってた⁉︎」
一気に激高した令嬢は、店内にズカズカと入ってきてヘルムートを押しのけ真っ向から睨む。
「この子に手を出さないでちょうだい! この子は私の専属のお針子よ! 横取りは許さないわ!」
「え……せ、せんぞ、く……?」
てっきり友の救出に来てくれたのかと思いきや。
令嬢にいつの間にやら専属のぬいぐるみ職人に任命されていたらしい……。
「ゆくゆくは私の嫁ぎ先にも連れて行くんだから! 勝手なことは許さないわよ!」
勝手な主張でヘルムートを睨みつけている令嬢の姿に──。グステルは、全身の力が抜ける思いであった……。
(あ、危なかった……)
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