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61 ヴィムの諦観
しおりを挟む「…………」
夜明けごろ、ハンナバルト家の従者ヴィムは、主人を見ながら困惑していた。
ここはエドガーの屋敷の客間。彼らの背後の大きな机には、ヘルムートが調査中の人物に対する書類が山となっているのだが……。
その前で、マホガニー製の立派な椅子に座らされたヴィムは、向かい合う主人の長々とした語りに困っている。
現在、主人はある女性に夢中。
これまで、あれだけ情熱を傾けて世話してきていた妹をほったらかしにし、その女性のために奔走している。
調査員を雇い、ある貴族の身辺を調べているらしいが……正直、ヴィムにはこの事態が分からなかった。
とはいえと青年は複雑そうな顔。
この状況をヘルムートの父、侯爵が知れば、彼はある意味とても喜ぶかもしれない。
腹違いの妹にベッタリで、世間から『あそこの兄妹はおかしい』などと、やっかみも込みで影口を叩かれていた頃からすると、これは大いなる進歩。
ようやく見えた長男の妹離れの兆しと、侯爵はきっとほっとするに違いない。
ただ……。
間近で主人を観察しているヴィムからすると、ヘルムートのお相手はかなり不審。
その娘は、自分のことを王都で噂の悲劇の令嬢グステル・メントラインだという。……いや、彼女自身が、『その令嬢は自分だ!』と声高に主張しているのとは違う気もするが……不可解なことに、彼女は自身がグステル・メントラインという前提でヘルムートと話をしているのだ。
そしてその怪しい話を、ヘルムートも疑いもせず信じているようで……ヴィムとしては、そこがとても不安。
主人らの会話は、第三者の耳にはかなり不可解に聞こえる。
『前世』
『転生』
『物語上では……』
『ヒロイン』
『悪役令嬢予定者が……』
それらの会話を、従者としてひたすら黙って聞いていて、ヴィムは思った。
──悪役令嬢予定者ってなんだ……? 物語って……?
こんな変なことをいう娘を、本当に主人のそばに置いておいて大丈夫なのだろうかと、彼は心底心配した。
おまけに主人は、そんな不審な娘のために大変な金を使っている。
主人が、妹ラーラや弟たちのため以外でこんなに大金を使ったことはなく、ヴィムはハラハラしどおし。
ラーラがいった通り、主人は悪い女に騙されているんじゃないだろうかと思った。
けれども、それをヴィムがいうと、ヘルムートは恐ろしい顔で彼を睨む。そして過去に王宮で出会った小さな令嬢との思い出話を懇々と夜通し語られて、現在に至る。
ヴィムはもう……心底疲弊してしまった。
それなのに、そのヘルムートの令嬢語りはまだ続いているのだ……。
主人は、徹夜で語ったのになんでそんな話始めと同じテンションで続けられるんだとヴィムが呆れるくらい淡々と続ける。
「──ところでヴィム……そんなわけで俺は彼女に尽くしたくてたまらんわけだが……彼女はいまだに俺が持って行った贈り物を受け取ってくれない。あまり重荷にならぬようささやかなものを選ぶようにしてもみたが……瞳の輝きを見る限り、絶対に好みのものには間違いないが……それでも手をつけてくださらない……。……何か妙案はないか?」
「……、……ええと……」
いつの間にか、主人の語りは思い出話からお悩み相談に変わっている。
真剣に問われたヴィムは困ってしまった。ヘルムートは深々とため息をつく。
「はあ……これがラーラであったらなんでも受け取ってくれていたんだが……いや、比べるのは失礼かもしれないが……」
悩ましげな主人に、ヴィムは、ああ、と、眠気を堪えてうなずいた。今日は絶対休みをもらおうと思いながら。
「ラーラ様はちょっと……ヘルムート様からは贈り物されて当然というところがおありですからね……」
ラーラは見た目も愛らしく、人の懐にも入るのが上手いもので、よく男性から贈り物をされる。特に兄からは、昔から浴びるように物を贈られるのが当たり前すぎて、断った試しなどない。それどころか、次の贈り物をねだりすらする。つまり、贈り物をしたいほうからすると、ある意味楽な相手ではある。
欲しいものが明確で、不意の贈り物も必ず喜んで受け取ってくれる。
そういう従者の言葉に、ヘルムートの顔が苦渋に満ちる。
「俺は……甘やかされていたのか……⁉︎ 贈り物は受け取ってもらえて当たり前、喜んでもらえて当たり前だと思いすぎていたのか⁉︎」
「いや、あの……ヘルムート様……」
それもなんだか変な苦悩である。
しかしヘルムートは真剣に苦悩している。身を折って顔を歪め、心臓に片方の拳を当てて呻く。
「おごっていた……ああしかしっ、グステル嬢に喜んでもらいたい! 俺が贈ったものを使って欲しい! 身につけて欲しいし食べて欲しい!」
「………………」
願望に悶え、両手で顔を覆って嘆きはじめた青年には──それが真剣な嘆きであるとわかるだけに。ヴィムはひたすら呆れるばかりである……。
(ヘルムート様って……こんなだったっけ……)
巷では、シスコンでも麗しき貴公子として名高いヘルムートである。
妹を大事にしすぎて変な目で見られることもあるが、特に若い娘たちからは、『あんなに大事にしてくれる兄がいるなんて羨ましい』『私も妹になりたい』などと羨望の眼差しを集めている。
しかしこうなってみると、それはヘルムートがラーラを相手にしている場合はいつもどこかに余裕を見せていたからなのだとヴィムは察した。
ラーラに近寄る男がいかに憎くても、彼はいつも冷静で……まあ、それは冷酷といってもいいのだが……。つまり、こんなふうに相手の反応を気にして取り乱したりしない。
「どうしたらいい……贈り物を断られるたびに、日増したまらなくなっていく……彼女のために調査もしているが、そちらを放り出してでもなんとか彼女に受け取ってもらえる……彼女の関心を買える品物を探したいという愚かな気持ちに追い詰められていく……!」
「……(なるほどなぁ……これが家族愛と恋愛の違いか……)」
ヴィム、諦観のまなざし。
──ただ、従者はとりあえず、あのぬいぐるみ屋の店主は意外にガードが硬いんだな……と思った。
それはつまり、彼女は金品目当てでヘルムートに近づいたのではないということ。これにはヴィムも少し安心した。が。
そんな従者の心配も知らず、顔を上げたヘルムートは虚空を睨む。もはや、主人はヴィムがそばで聞いていることなど忘れているのだろう……。
「このような有様では、彼女への助力にも支障をきたす……かくなる上は……」
いって主人は、思い詰めたような顔つきで、瞳に怪しい光を灯す。
ヴィムは、色々諦めつつため息。
この、人より遅れて恋愛期の来た青年が、今後どうなることやらとても心配ではあるが……。どうやらこれはヴィムも色々諦めて見守るしか……。ラーラからくる嵐のような催促──『お兄様はいったいどうなっているの⁉︎』『早く屋敷にお帰りいただいて!』というお手紙攻撃を、なんとかかわす他なさそうである……。
とてもではないが……今、そんな妹からの帰宅を哀願する手紙すら放置している主人を、彼が動かせようはずがなかった。
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