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しおりを挟むヘルムートから『グリゼルダ』という名を聞いても、グステルには一瞬ピンとは来なかった。
その名前は、ラーラの物語では登場しなかった名前である。
それでも公爵邸で過ごした幼少の日々の記憶を探ると、うっすら、そういえばそんな名前の叔母、父の妹に当たる婦人と会ったことがあったなと思い当たった。
浮かんだのは、神経の細かそうな婦人の顔。
(──ああ。私を見て、『小賢しい』と顔にしわを寄せていたあのお方か……)
小さな頃の話だが、小さいといっても中身はすっかり大人だったグステルは、一部の大人には生意気で可愛くないと評されていた。
しかしこれはある意味仕方のないことで。
グステルは、自分の生まれ変わりを知っても、あまり自分を外見年齢相応に見せようとはしなかった。
──まあ、一番の理由は単に面倒だったからだが、そりゃあ大人が子供の真似をしても、端々にボロが出る。
相手に子供扱いされて、つい反論してしまったり。
大人からすると、そんな彼女はとても扱いにくいところもあったのだろう。
そして煙たがられているうちに彼女もだんだん子供のフリなど面倒になった。
当時のグステルは、大人としての知識は持っているが、卓越した演技力などもちあわせておらず、うまく“子供”をやれなかった。
さらにグステルからすると、自分を煙たがる大人たちのほうこそ、『なんなの、“生意気”“生意気”って……本当はあなたたちのほうが年下なのに……』と。若干ムッとしていたところもあったわけだ。
(……でも……その叔母様が“グステル・メントライン”と一緒にいる……?)
あの頃自分を散々嫌っていた父の妹が、なぜ今、自分の名を騙る娘と一緒にいるのだろう。父が領地にいるのはわかるが……そこにはまず叔母より先に、母の名が上がっても良さそうなものだがとグステルは、ヘルムートに疑問を向ける。
「あの……叔母様が、ですか? 母ではなく?」
尋ねると、すぐに「はい」と頷いたヘルムートが、なぜか表情を曇らせる。
憂い顔の貴公子を不思議に思っていると、青年は沈んだ声で教えてくれる。
「その……どうやらあなたの母君は、もうずっと公爵領の別邸に住まわれているようでして……」
言いづらそうな青年は、どうやら心の中ではとてもハラハラしている様子。
グステルはすぐピンときた。
「あら……それはつまり……」
「はい。領民たちの話では、公爵と夫人は夫婦仲があまりよろしくないと……」
言葉を濁すヘルムートに、グステルは合点がいって心の中で苦笑。
なるほど、つまり今、父と母は別居中というわけだ。青年のこの心配そうな顔はそのためだったらしい。
自分に両親の不仲を報せるのが心苦しかったのだなと察して。そんな彼に、グステルは慰めるように優しく笑いかけた。
「大丈夫ですよヘルムート様。父と母の仲が冷え切っていたのは以前からですし、物語上でも関係は悪化する予定でした。それに私も、もう両親の喧嘩であたふたするような歳でも」
転生者グステルの実感年齢からすると、五十代の両親すら年下。
まあ若い夫婦(?)が何やってるんだ、しょうがないなぁという気持ちだ。
もちろんグステルだって、この世界の両親が仲良くしてくれれば、本当はそちらのほうが嬉しい。
けれども、父母は典型的な政略結婚だったはずで、しかも相手が父のような家族を顧みない夫ときては。
たとえ母が聖母のような人間でも夫婦仲を良好に保つことはとても難しいに決まっている。
なにせ、実の子供すら自分の権勢を広げる駒としかみなしていない男だ。母が我慢ならず屋敷を飛び出していてもなんら無理はない気がした。
そうグステルが呆れつつも納得し、さして気にしていない様子を見せると。彼女の反応を心配そうにうかがっていたヘルムートも多少ホッとしたような表情を見せる。
彼は、自分がこの話をしたら、グステルが両親の不仲に心を痛めるのではないかと心配していた。
だが、さすが転生をしたというだけあって、どうやら鷹揚に受け止めてくれたらしい。
大らかに構えこちらを気遣いすらする娘に、ヘルムートは、昔と同じく頼もしさを感じ、それがとても嬉しかった。
──が、青年はすぐに表情を引き締めて。彼はグステルに、ある申し出を切り出す。
「そこで、ステラ。私から一つ提案があるのですが……」
「?」
青年の改まった様子に、グステルは少しだけ不思議そうな顔をした。
「──え? 誰がきたといった?」
鏡台に向い、自慢の赤毛を念入りに整えていた夫人は、耳にイヤリングをつけようとして──手を止めた。
振り返ってその報せを持ってきた娘に問い返すと、使用人の娘はいささか頬を高調させて繰り返す。
「奥様! それがアーベライン家のエドガー様と、ハンナバルト家のヘルムート様なんです!」
「アーべライン家の令息と……ハンナバルト家の……ヘルムート……?」
返された名を聞いて、赤毛の婦人──メントライン家の奥方、アムバハイデ公爵夫人は、美しい眉の片方を怪訝に持ち上げた。
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