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しおりを挟むグステルは、夫人が待つという応接間の前で案内係を呼び止めた。
少し扉を開けるのを待って欲しいと頼むと、ここにくるまでずっとヘルムートばかりを見ていた案内係の娘が不思議そうな顔をする。
どうやら案内係はグステルをヘルムートの使用人か何かだと思っているらしい。
やっとグステルを見た彼女は、「はあ……」と、答えながら一瞬あら? という表情になる。グステルの顔を見て、何か引っかりを覚えたようだが、不思議そうにしながらも彼女はそれが何か分かってはいないようだった。
立ち止まったグステルは、無言で応接間の飴色の二枚扉を見つめる。
そびえるようなこの扉をくぐれば、グステルはもう後戻りができない。
この先で母が待つと思うと、自然と緊張が身体に這い上がってきた。
と、そんな彼女に。一歩分後ろに立っていたヘルムートが声をかけてくる。
「……やはり私も付き添いましょうか……?」
ヘルムートの声はとても心配そうだった。
もしかしたら、夫人は娘をわからないかもしれない。
わかったとしても、公爵家の利益のために追い払われるかもしれない。
そうなった時、悲しむグステルを想像すると、この心配性の青年は胃が痛い。
思わず緊張した面持ちで拳をぎりぎりと握りしめていると。そんな青年にグステルが気がついた。
「あら? まあまあ……」
振り返ったグステルは、背後で思い詰めた顔をしている若者に眉尻を下げる。
「ヘルムート様ったら、なんだか私より緊張なさっているみたい。……大丈夫ですか?」
グステルが困った顔で青年の腕を慰めるようにさすると、逆に心配されてしまった彼は情けなさそうな顔をした。
ヘルムートは暗い表情でいう。
「……ステラ、やっぱり私も付き添います……心配すぎて泣きそうです……」
「あらー……」
悲痛な顔で見つめられたグステルは、思わず苦笑。笑うべき場面ではないかもしれないが、この立派な青年が青ざめてまで自分を心配している姿がなんともいじらしく愛しかった。
それでついまた子供を相手にするような気持ちになってしまう。
彼女は、青年の力一杯握られた拳を取って労るように両手で包む。と、青年の手のひらは、すぐに戸惑ったように開かれる。
ヘルムートの大きな手のひらは、ひんやりと冷たくなっていて。グステルは彼の緊張を感じ取り、なんだかとても温かい気持ちになる。
ずっと一人と一匹暮らしだったから。誰かが自分を心配してくれているということは、余計ありがたく身に染みた。
こんな状況になって、グステルだってもちろん緊張している。
けれども、ここはこんなに自分を心配してくれている彼と、その家族であるラーラのためにも踏ん張りどころである。
グステルは、一瞬だけ目を閉じて。気合いを入れるように口を真一文字に結び。それから目を開けてヘルムートをにっこりと見た。
「──大丈夫、心配しないでくださいヘルムート様」
その表情はとても大人びていて、スッと背筋を伸ばした姿は百合の花のように、凛と、堂々としていた。
微笑みかけられたヘルムートは、そんな彼女から深い落ち着きと強さを感じて、ほっとして……。──が。
グステルはケロリとしていう。
「おばさん前世で何度か壮絶な修羅場も経験しておりますから割と余裕です。相手は怒り狂った夫の不倫相手とかではないですし」
「……、……、……」
笑顔で平然と放たれた言葉に、ヘルムートが即座に黙する。
その沈黙の間にグステルは、一人在りし日の修羅場を懐かしみ、なんであれ、あれよりきっとマシだわと奮起した。だって母はきっと包丁持って自分を待ち構えていたりしないのだから。
グステルは思った。
苦しい記憶も、こうして役に立つ日も来るんだなぁと。そうしてのんきにしみじみしながら「では精一杯やってまいりますわ、ほほほ」と、心配しているだろうヘルムートに余裕を見せるつもりで、目の前のドアノブを回し、元気に引っ張ろうとして──。
ところがそこで、開きかけた扉がなぜかグッと何かに押し留められた。
「……ん……? あ、あら? ヘルムート様……?」
キョトンと斜め上を振り仰ぐと、いつの間にかそこににっこり笑ったヘルムートの顔。
扉を片手で押さえたヘルムートは、先ほどとは打って変わった暗黒の眼差しでグステルを見下ろしている。
「……ステラ……ぜひ、今のお話の詳細をあとでお聞かせくださいね……?」
……青ざめひきつった笑顔がとても怖かった。
その時、扉から入ってきた娘を見た公爵夫人は、ぽかんとした。
なにせ彼女は、今の今まで、使用人たちが騒いでいる王都からきたという貴公子二人を値踏みするつもりでそこにいたのだ。
それなのに、扉を押して入ってきたのは、麗しい青年たちなどではなく、ちょっと青ざめた娘が一人。
町民が身につけるようなワンピースを着て、げっそり入ってきた娘に、夫人は怪訝に瞳を数回瞬いた。
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