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しおりを挟む一通りの互いの事情を話し、憤慨したり、慰めたりしたあと。グステルは不意に苦笑して母を見た。
「……でもびっくりしました、顔を見るなり怒鳴られたので」
グステルが言っているのは、彼女が応接間に足を踏み入れた瞬間のことだ。
この応接間に入室したとき、確かに母はすぐに彼女のことをグステルと判別した。しかし、だからといってすぐさま母に歓迎されたわけではなかった。
母はグステルを見てハッとしたような顔をしたが、それはとてもとても怪訝そうな表情だった。
『グステル……? あなた……どうしてここに⁉︎ あれだけ私を頑固に避けて傷つけておいて……今更なんの用なの⁉︎』
いきなり厳しい言葉を向けられたグステルは驚き、そして戸惑った。
まずは名乗りもしないうちから自分を『グステル』と呼んだ彼女に驚き、そして、次に母の言葉の意味が分からず戸惑ったわけだ。
急に怒った母は、まるで警戒し威嚇してくる猫のようだった。
そんな彼女をなだめ、なんとか話を聞いて、ようやくグステルにも偽物の“グステル・メントライン”に拒まれているという母の事情がわかった。
母は、王都にいるという自分の身代わりの娘にも会ったことはなく、その娘が偽物とも知らなかったらしい。
ならば母の最初の警戒も頷ける。
これまで頑なに母との面会を拒んでいたはずの娘が、報せもなくいきなり会いにきて。しかも敵対関係の家の息子を連れている。
ヘルムートは背も高く、整った顔立ちのせいで一見人を寄せ付けないようなところがある。
中身は心配性のお兄様だが、見方によっては、そのジリジリとした心配顔は威圧感があり、グステルの背後から母に圧をかけているようにも見えたかもしれない。母が身構えてしまったのも無理はない。
グステルは、チラリとヘルムートを見た。
彼女達の向かいに真っ直ぐ座り、母娘の会話を無言で見守っている青年は、まだ苦悶に耐えるような顔をしている。
ぐっと眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締めた表情はぱっと見には変化がないようにも見える、が。よく見ると、その青紫色の瞳はずっとハラハラジリジリ、ウルルル……と、非常に忙しそうだった。
そんな青年に気がついてしまい、グステルは困ったなぁと思った。
そういう小さな彼の変化を、わざわざ見つけに行こうとする自分がどこかにいるのだ。
つい見てしまう……というのは、つまりそれだけ自分は彼が気になってしまっているということ。
(……行き掛かり上、彼には力を貸してもらったけれど……このまま情がうつってもいいものか……)
もちろん協力してもらっておいて、恩も返さないような非情なことはするつもりはないが……。
この物語世界においての神が、敵同士と定めた自分たちが接近するのはいろいろと不都合が引き起こされそうで怖い。
(……物語を壊す存在として、突然天雷に打たれて世界から抹消される……とか……ないでしょうね……?)
つい恐ろしくなって怯えたように身をすくめて天井を見ていると。
娘と会話が途切れたことに、夫人が不思議そうな顔をする。と、その時不意に彼女は、自分と同じように突然黙り込んだ娘を心配そうに見つめている青年に気がついた。
夫人はヘルムートをジロジロと観察し、グステルに問う。
「……それで……グステル……?」
「あ、はい、なんでしょうかお母様」
問いかけにハッとして母を見ると、夫人はなぜかヘルムートを食い入るように見ている。
「? どうかなさいましたか……?」
彼が何か? と、グステルが尋ねようとした時、母は言った。
「──つまり、彼はあなたの婚約者なの?」
だから私のところに紹介しに連れてきたの? と、いう母のその一言で……場は、凍った……。
「……、……、……」
「? グステル?」
……いや、どうやら凍ったのはグステルだけであった。
なんという変わり身の速さであろうか。夫人の言葉を聞いたヘルムートは、あれだけウルウルしていたにも関わらず、急にシャキッとした顔をして、すかさず夫人に晴れやかな笑みを向けた。
「はいそうです、義母上様」
「ふおぁ⁉︎」
キッパリした青年の応答にギョッとするグステルをよそに。母は嬉しそうに両手を合わせニコニコとヘルムートを見ている。
「まあやっぱり! そうだと思ったの! だって彼はずっとあなたを熱心に見つめているんだもの! ええと、それで彼は……侯爵家の方だったわね? こうしてみるとなかなかの好青年ね、使用人達が騒ぐのも無理ないわぁ。まあ、家格が少しうちより下だけれど、そういう結婚はもうたくさん。私だってたくさん求婚者はいたの、でもね、家格を重要視して結婚相手を選んだ挙句が、あの傲慢夫よ! やっぱり夫婦は相性が一番大事よ!」
「ちょ、お母様あの……」
早口で捲し立てる母の言葉には、どうやら夫に対する不満が大いに含まれいて。その勢いにグステルは母の口を止められない。
「それで? ハンナバルト家のお坊ちゃん、あなたはグステルを幸せにする自信はあるのかしら⁉︎」
「あの、やめ、お母さ……」
「もちろんです。私は彼女に惚れ抜いておりますから、誰よりもお嬢様に尽くす所存です」
「…………」
またもやキッパリ答えたヘルムートの言葉に、グステルが恥ずかしさのあまり両手で顔面を覆う。
これが二人だけの時に言われたのならば、まだいいのだが……第三者に……しかも母親にそれを面と向かって告げられるというのは、かなりの複雑な恥ずかしさがあった。
(ぅ……な、なんだこの恥ずかしさは……⁉︎ 永らく忘れていたような……この、小っ恥ずかしさは⁉︎)
精神年齢が還暦越えでも、どうやらやはり肉体年齢に精神が引っ張られている部分もあるのだろうか。まるで思春期の頃に戻ってしまったかのような痛烈な恥ずかしさに、グステルが悶えている。
あまりの羞恥に、思わず手のひらの隙間から、ヘルムートを睨んでみたが……。どうやらあまり効果はなさそうだった。それどころか、彼はグステルの視線に気がついても、にっこり微笑むばかりで。
「──私はずっとお嬢様をお慕いしてきました。心変わりも絶対にいたしません。なんせ一途ですから」
堂々言い切った青年に、グステルは沈黙。
母親の前での臆面無い告白に、恥ずかしいやら、呆れるやら。なんとも複雑で返す言葉に困り、顔が熱くて思わず苦虫を噛み潰したように呻く。
……ゆえにこの時……。
ヘルムートが意味ありげに言った『ずっと』という言葉の意味に、グステルが気がつくことはなかった。
気がつくには……ちょっと羞恥ダメージが大きすぎた。
「あ、の……お二人とも……」
「そうね、まあ夫は優しくて尽くしてくれる人が一番かもしれないわね。でもだったら、さっさと娘の偽物を追い出して、グステルの身分を取り戻さないと。婿よ、大丈夫よ安心して。グステルは私がしっかりと公爵家の娘として送り出しますからね」
「光栄です」
ヘルムートは、母が共闘を申し出るように差し出した手を恭しく取り、にこりと微笑んでいる……。
その様子は、さながら貴婦人とその騎士のようだが……。
「………………」
グステルは……ひたすら先走る母と、それに乗っかろうとしているヘルムートを見て──はぁあああ……と、深呼吸。
思春期な自分をなんとか心の中から追い出して、還暦過ぎ精神を取り戻し、盛り上がり続ける二人の前ににゅっと手を差し入れた。
「ヘイ、そこの坊ちゃん、ちょっとステイステイ」
……ちょっと変なテンションなのは、羞恥ダメージのせいだと思っていただきたい。
目を据わらせたグステルは、ヘルムートの顔を両手でがっしりつかみ、今にも結婚式の日取りがどうとかいいそうな青年を母のほうから引き剥がし、自分のほうに向けさせた。
青紫の瞳を冷淡な目で刺すと、さすがにヘルムートは黙り込む。グステルの目はなんだかとても血走っている。
「ヘルムート様……? あのですね? 私たちがどうしてここにきたのかお忘れですか?」
自分たちは、ラーラと王太子の仲を引き裂こうとしている父に会う手段を得るためにここにきたはず。関係ない外堀を埋めてる場合かと、グステルはヘルムートは嗜める。が……しかし青年やはりにこりと笑う。
「それはそうですが、チャンスは掴みませんと」
「チャンスって……」
「妹の恋も大事ですが、私のほうの想いはどうやらあなたのいう“物語”外のもののようですから」
成就のためには手段を選んでいられません、と、堂々のたまう青年に。グステルは呆れ果てて言葉もない。
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