76 / 192
76
しおりを挟むこうして公爵の邸までの道中、ラーラのためにグステルから情報を引き出したいエドガーの思惑とは裏腹に。グステルは彼の馬車の中で、実にのんびり気楽に過ごさせてもらった。
エドガーはグステルの身辺を探るような話をそれとなくしてきたが、その辺り、グステルはさすが商売人。
青年の話にニコニコと応じつつも、相手の事情に踏み込みすぎず、踏み込ませすぎず。適度な距離を保ちつつ、うまく聞き役にまわり当たり障りのない話をした。
ゆえにエドガーはさぞ手応えがなかったに違いない。
彼がグステルのことで詳しく掴めたのは、彼女が猫を飼っていて、その猫がとても怒りん坊で食いしん坊で、天性のハンターだということくらい。
『……毎日ネズミやバッタなどの獲物を見せにくるので、ありがたいけど驚いてしまいますよね』
……なぁんてことをにっこり聞かされても、エドガーとしては何も収穫はない。
彼も、そうしてグステルが自分を煙に巻いているということはなんとなくわかっているようで。その不満はグステルにも伝わり、若干申し訳ないなとは思ったが。
彼女にとってエドガーの馬車に乗っているこの時間は、今回の長旅の中では実にありがたい休憩時間。
家を出てから母の別邸に訪れる前までの道中を思い出したグステルは、つい一人で苦笑い。
(……ヘルムート様の馬車ではこうはいかないものね……)
そんなこんなで次の休憩地。
一行の馬車は宿場に止まった。
宿場は森を切り拓いて作られたようで、周りは緑に囲まれていた。宿屋や小さな商店の並んだ表通りは客引きや旅行者で賑やか。
御者の手を借りて馬車を降りたグステルは、その場で深呼吸して背伸びをし、やれやれとため息。
馬車での旅は楽なようで、案外長時間の座りっぱなしがつらいもの。
グステルは、エドガーの馬車から少し離れた馬車の停車場に止まったヘルムートの馬車を見る。
(……ヘルムート様はお疲れにならなかったかしらね……)
なんて気持ちで馬車を眺め、そこから降りてくるだろう彼を待っていると……。
飴色の立派な扉が開かれて、そこからさっと飛び降りてきた者があった。
その者は、見ている彼女に飛びつくように駆け寄ってくる。
──が、それはヘルムートではなかった。
「ッステラさん!」
「っひ⁉︎」
急に全速力で迫ってきて、噛み付くように彼女を呼んだ人物に、グステルが驚いてギョッとする。その間に彼は「失礼します!」と叫ぶように言って、彼女の背をぐいぐいと押しどこかへ連れて行こうとする。
「⁉︎ ちょ、あの……ヴィムさ……」
どんどんエドガーの馬車から離れ、ヘルムートが出てくるだろう馬車からも遠ざかろうとする青年に、グステルはいったい何事だと唖然としている。
「いったいどういうつもりなんですか!」
そばの建物の影に引っ張り込まれた途端、逆に詰問されグステルが目を白黒させる。
ヴィムはキツく彼女を睨んでいる。
どうやら非常に怒っているらしい若者にグステルは戸惑うが……若者はちょっと涙目の瞳でこちらを圧してくるのだ。
「……あなたのお立場が、僕にはいまいちよく分かりませんが……一応シュロスメリッサの領民でいらっしゃるので、同じ庶民としてお話しさせていただきますが……」
恨みがましい表情でそう前置きされたグステルは、慌てて頷く。
「も、もちろん私は庶民です。なんですか? なんでもおっしゃってください」
この青年は、彼の主人のそばにいる自分を警戒している様子だったが、ヘルムートにはずっと忠実にしていて、自分にも文句を言ってきたことはなかった。いったい何があったのだろうと戸惑っていると、いつもはおずおずと気弱そうな彼は涙で訴える。
「あ、あ、あなたがエドガー様の馬車に乗ったりするから! ここまでの道中ヘルムート様が大変だったんですからね!」
涙ぐみながらブンブン腕を上下に振って憤慨しているヴィムに、グステルが──沈黙。
なんとなぁく察し、目がそよ……と、横に泳いだ。
「あー……た、大変、でしたか……」
言うと、途端にヴィムが突沸。飛びかかってくる寸前の猫のような青年に、グステルがちょっと後ろにのけぞった。
「お、落ち着いてくださいヴィムさん……」
「あ、当たり前でしょう⁉︎ ヘルムート様を袖にしておいて、エドガー様の馬車にさっさと乗り込むなんて! 知らないんですか⁉︎ エドガー様は、ヘルムート様のお友達とは信じられないくらいのとんでもない女性好きなんですよ⁉︎ 色んな人に言い寄っているのに、昔はラーラ様にも色目を使っていて──!」
……ヴィムの言葉の端々には、どこかエドガーに対するトゲが滲んでいるが、これはおそらくこの若者がラーラに淡い恋心を抱いているせいだろう。
グステルはなんとなくそう察したが、ともかく今は、ヘルムートのことである。
ヴィムは目を釣り上げて、ここまでの道中の主人の窮状を訴えた。
「ヘルムート様はあなたが心配で心配で、ずっと青ざめていらしていらしたんですよ⁉︎」
……何度も胃薬を飲もうとするのを止めるのが大変だったとか、ずっとエドガーの馬車を睨んでいて車内の空気が地獄のようだったとか。ハラハラしたヘルムートが何度も立ち上がり、何回も馬車の天井に頭をぶつけたとか。走行中にも関わらず、馬車を降りようとするのを止めるのに難儀したとか……。
次々聞かされる話に、グステルは神妙な顔でうなだれている。……いや、ヘルムートが気に病むかもしれないとは思ったが……そこまでだとは思わなかった。
エドガーの馬車の中でのんきに過ごしていたこともあって。ヴィムにくどくど言われているうちに、グステルは申し訳なさのあまりか、いつの間にか地面に正座してしまっていた。
しかしどこかその表情は複雑そうである。
「……お話はわかりました……ヴィムさんにもヘルムート様にも色々とご負担をかけたようで……でも、あの……こちらとしましても……ヘルムート様の馬車には乗れない事情がありまして……」
「事情⁉︎」
怒ったままそう返してくる青年に、グステルは正座のままきまりが悪そうに答える。
226
あなたにおすすめの小説
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!
夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。
挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。
だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……?
酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。
※小説家になろうでも投稿しています
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる